気配というもの
前回の超ざっくりあらすじ:リルがかっこよくなった。
――リルの変化を見た後、草原エリアへと場所を移し。
「それじゃあ、よく聞け、お主ら! 儂が今から、気配の抑え方を伝授してやろう」
「おー」
「クゥ」
えっへんと胸を張るレフィに、俺はパチパチと拍手し、リルもまた尻尾でパチパチと拍手する。
気配に関する、レフィ講座の開始である。
気配の抑え方については、相当強くなったリルも必要な技術なので、一緒に受けることにしたのだ。
ちなみに、一応DPカタログで、スキルスクロールも見てみたのだが、それっぽいスキルはなかった。
やはりこれは、魔力操作の一環なのだろう。
「まず、最初に。儂の普段は、常に魔力を変質させておる状態じゃ。と言うても、もうこれが常態化しておるから、特に意識しておらずとも、たとえ寝ていても、制御が外れることはない。慣れじゃな、慣れ。お主らも、この段階にまでなれば何も気にする必要はなくなるじゃろうし、魔力操作に関しても向上しておるじゃろう」
「お前は、どれくらい掛かって慣れたんだ?」
「んー……覚えておらんな。お主と出会うまで、儂には暇な時間が数多あったからの。自然とそういうことも出来るようになった、というのが正直なところじゃ。長命種は大体そんなものじゃろう」
「……俺、覚えられるか不安になってきたんだが」
微妙に不安になる俺に、レフィは笑う。
「カカ、簡単ではないことは確かじゃな。そこはお主の努力次第じゃのう。まあ、ここのところ出ずっぱりじゃったろう? 練習がてら、しばし我が家でゆっくりしておれば良い」
「お、何だ、俺がいなくて寂しかったのか?」
「うむ。もっとお主と共にいる時間が欲しい」
「……お、おう、そうか。あー、その……じゃあ、そうするよ」
……コイツ、随分と正直に言うようになりやがって。
……何か喫緊で用事がある訳でもないし、コイツの言う通り、しばらくウチでのんびりするか。
「そして、気配を抑えるというが、厳密に言うと、これは抑えておる訳じゃない。紛らわせる、という言葉の方が近いじゃろう」
「紛らわせるか。やっぱりそうなんだな」
エンからイルーナ達とのかくれんぼの話を聞いて、もしかすると、と思ったが……その予想で当たりだったようだ。
そうして、レフィは説明を始める。
これは、魔力を変質させ、空気中の魔力――『魔素』に紛らわせる技だという。
自身の魔力を、周囲の魔素と近しいものに変え、気取らせなくする訳だ。
……なるほどな。
レフィは、自身の魔力を他人に貸すという離れ技をすることが出来るが、これはそれと同じ系統の技術か。
あとコイツ、魔法の威力は大雑把で調整出来ないクセに、意外とそういう細かい操作は出来て、よくわからんヤツだな。
「……何じゃ、その顔は」
「いや、嫁さんの高等テクニックがすごいなぁって思って」
「そうか。本心は?」
「嫁さんが超可愛いなって思ってました」
「まだ言うか。言葉が軽いぞ、ユキ。本心を言え、本心を」
「レフィさん愛してるぜ! もう好きで好きでどうしようもなんねぇわ」
「…………」
「うおー! ウチの嫁さんが愛おし過ぎてヤバいぜ! 俺は、超幸せだー!」
「……きょ、今日は随分と押してくるではないか。ふ、フン、まあ良いわ、もう」
頬を赤く染めながら、プイ、と俺から視線を逸らすレフィ。
よっしゃあ、これからこれで行こう。
「……オホン、話を戻すぞ。実際のところ、儂も気配の全てを消すことが出来ておる訳ではない。これは別に、お主の使う『隠密』の術ではないからの。お主らはもう慣れ切っておるようじゃが、外に出れば儂がただのヒト種ではないと、簡単に気付かれてしまうのは、お主もよく知っておるじゃろう?」
「確かにな」
俺達には違いがわかり難いが、この状態のレフィであっても、魔物どもは普通に近くから逃げていくし、少し感覚の鋭いヒト種ならば、ウチの嫁さんが只者ではないことを一目で見抜くことが出来る。
だが、ダダ漏れの今の俺よりは、気配を薄められているのだろう。
まあ、コイツの場合はその気になればもっと気配を薄め、魔物どもから警戒されないラインにまで落とすことが出来るようだが、恐らくその状態は彼女にとって自然ではなく、意識的に操作をやらなければならない状態なのだと思われる。
「それと、ユキ、以前に殺気の話をしたな。生物は魔力を感じ取る器官を持っており、そしてこの魔力は、意思によって変化する。殺意や闘気、そういうものが魔力によって外へと溢れ出す訳じゃ」
「あぁ、そうだな」
「これは、それと似たものじゃの。ちなみに、殺意や戦意、そういうものが外へと出るのならば、逆にそうではない感情、慈しみや愛などといった感情も外に出る。……お主のところに、皆が集うのも、多分それが理由の一つじゃぞ?」
「へ?」
マヌケな声を漏らす俺に、レフィは微笑みを浮かべ、言葉を続ける。
「お主の魔力は、心地が良い。儂らに対する、お主の思いが魔力と共に滲んでおるからじゃろうの。儂も、お主と共におると、どれだけ心安らぐことか」
「……な、何だ、さっきの仕返しか?」
「さあ、どうかの~?」
「…………」
……本当に、いつもより素直というか、なんか、可愛い感じだ。
甘えたい、気分なのだろうか。
……茶化すんじゃなく、マジでしばらく一緒にいようか。
その、妊娠を契機に情緒に変化が、というのは、聞く話だしな。
コイツの不安を取り除くのは、夫である俺の仕事だろう。
ちなみにリルは、この間何も言わず、ただ生暖かい目を俺達に送るのみである。
おう、リル、なんか言ってもいいんだぜ。
――そんなこんなを話した後、具体的にどうするかの話へと移行していく。
「実演してやろう。見ておれ」
レフィがそう言うと同時、見ている目の前で、スゥ、とその存在感が薄くなったかのような、周囲に溶け込んだかのような、そんな変化が起こる。
「おぉ……すげぇ」
今まで、レフィ同伴の狩りで何度かこの状態を見たことがあるが、改めて注視してみると、相当だなこれは。
「さ、ユキ、リル、やってみよ。要領は、少しずつ儂が教え込んでやる――」
* * *
それからしばらく、魔力操作の訓練の日々が始まる。
飯食ってる時も、何か作ってる時も、筋トレしてる時も、幼女達と遊んでいる時も、例外なく魔力操作をし続け、それが緩んでいたらレフィが容赦なくパシンと俺の頭を叩く。
そんな日々を送っていたおかげだろうか。
何となく、どうすればいいのか、ということは感じられるようになってきたように思う。
自身の魔力が鋭敏に感じられ、多少なりとも質の変化がやれるようになってきたのだ。
そうしてだんだん慣れ始め、「うむ、多少気配がマシになって来ておるな」とレフィから聞いた辺りで、一つ思い付いたことがあった。
今、俺は相当強くなり、俺の相棒であるリルもまた強くなった。
ここからもっと練度が上がっていけば、レフィがやったように、見えているのに見えない、というレベルまで気配を誤魔化し、そして『隠密』スキルを併用することで、透明人間にまでなれるかもしれない。
ならば――ここらで一度、挑戦してみてもいいかもしれない。
まともに侵入したことのない、魔境の森の、西エリア奥地へ。
ちょっと上手く書けなかったんで、あとで書き直すかも。