閑話:野球盤
続きが書き終わらなかったので、一旦閑話。
――ダンジョンにて。
「む、これは……!」
DPカタログを何とはなしに見ていた俺は、ソレを発見する。
前世関連のものなので、ちょっと高いが……見た瞬間に、欲しくなってしまった。
ならば、躊躇などしないのが魔王である!
が、どれくらいのDPを使用したかは、嫁さんらには内緒にしとこう!
だって、全然実用品じゃないからね!
* *
「レフィー! 勝負しようぜ、勝負!」
「む、良いぞ。今日もまた、お主の負け犬の歴史に、新たな一ぺーじを加えてやるとしよう」
「いいことを教えてやろう、レフィシオス君。そうやってよく吠えるのは、弱者の証なのさ。強者は、黙して語らず、だ」
「ほう、言うではないか。では、お主と儂、いったいどちらが強者として相応しいか、決めねばならんな!」
いつもの如くゴロゴロしていたレフィは、起き上がって、俺のところまで寄って来る。
お前、ホントそういうところ可愛いよな。
「いいだろう! その勝敗は――コイツで決めるぞ!」
ババン、と俺がレフィに見せたのは――野球盤。
男ならば、恐らく誰しも一度は遊んだことがあるであろう、アレである。
「む、何じゃ、その珍妙な板は?」
「これはな、野球盤ってゲームだ。前に、お前と野球したことがあるだろ? あれをボードゲームで再現したものだ」
「ふむ? やきゅーは覚えておるが、それならば、普通に外でそっちをやれば良いのではないか?」
「いや、それは死人が出るので」
主に死ぬのは俺だ。
コイツとやるスポーツは超人スポーツになるので、死にたくなければ、バドミントンとか、卓球とか、軽い球でやるものに限る。
バレーボールとかでギリギリだな。
サッカーボールだと、仮にレフィのキックしたものを、一般人が顔面に食らおうものなら、首が飛ぶ。俺も、意識が保てるか微妙なところだ。
ちなみに野球の硬球だと、簡単に死にます。はい。
「オホン、まあ今日は外に出る気分じゃないから、コイツで遊ぼう。お前、バッター側――そっち側座れ。俺が投手で、こっち側な。ルールは、俺がここからボールを放つから、それを打ち返すっていう、野球と同じモンだ。んで、ここの表示に……あー、わかり辛いだろうから、ちょっと待て。書き直す」
レフィは野球盤に書かれた日本語が読めないので、俺はペンを取り出し、上書きしてこちらの言語に書き直す。
将棋の駒とかは、ウチの住人はもう完全に覚えているのだが、それらは『文字』じゃなく『記号』として覚えられてるからな。
日本語がわかる訳ではないのである。
「ふむ……そこのは、ろーま字、じゃったか? 前世のお主のところの文字は、ほんに数多あるのう」
「これは、龍族の文字とヒト種の文字が違うのと同じようなもんだ。前世だと、このローマ字使ってる文化圏が世界的に強くてな。だから、どこの国もローマ字は普通に読めるんだ」
「ほう? 確か、にほん語は三種類あるじゃろう? つまり、それらも別々の文化圏で使われておるのか?」
「いや、それは日本だけだが」
「……そうか。ようわからんとこじゃな」
まあ、漢字圏は日本だけではない訳だが、そこまで詳しく説明しなくてもいいだろう。面倒なので。
そんな雑談を交えつつ、野球盤のルールを教えた後、俺達は野球盤を挟んで相対する。
「じゃあ、行くぞ! 我が投球を見るがよい! 食らえ、火の玉ストレート!」
「ぬっ!」
何の捻りもないストレートで発射された球を、レフィはカン、と打ち返し――が、盤上を転がった球が入ったところは、アウト表示だった。
一アウトである。
「ぬぅ、アウトか。上手く弾き返したと思うたのじゃが」
「そこは、半ば運ゲーだな。こんな感じで、交代してやっていくんだ。じゃ、次行くぞー」
そうして無難に一回は進んでいったが、両者得点はなく終了。
俺も、特に打つことはしなかった。
「ふむ、大体理解した。これは、どちらが狙ったところに、球を飛ばせるか、という勝負なのじゃな」
「そうか、理解したか」
「……何じゃ、その胡散臭い笑みは」
「さて、次行こうか、次」
俺は答えず、ただニヤリと笑みを浮かべてそう促す。
一回が終了したので、次は二回表。
再びピッチャーは俺、バッターはレフィだ。
――勝負は、ここから。
ゲームに慣らしてやるため、とても優しい俺は、一回は何もしなかったが……レフィはまだまだ、このゲームを理解していない。
ククク、ここから、野球盤の本当の厭らしさを味わわせてやるぜ……!
「じゃあ、二回表だ。――行くぞ! カーブボールだ!」
「ぬっ!?」
放ったボールは、ギュイン、と打者の手前でカーブし、バットは空振り。
野球盤をやったことがある人なら知っているであろう、磁石の操作で変化するアレである。
「な、何じゃ今のは!」
「これはな、カーブボールだ! 投手の握りによってボールは千差万別に変化する……そう、俺は、七色に変化する、黄金の右腕を持つ男なのさ……」
「持つ男なのさ、じゃないわ! 握りも関係ないし! さ、先に説明せんか、そういうものは!」
「いやいや、何を言うのかね。最初にカーブボールと宣言して、こうして実演し、手の内を親切に教えてやったではないか。はー、理不尽な難癖を付けられると、嫌になっちゃうなー」
「ぐっ、た、確かに宣言しておったが……!」
ちなみに、何も理不尽じゃない、正当な抗議だと俺も思う。
「フ、フン、いいじゃろう、お主の手の内は理解した! 次で打つ!」
「その意気や良し! 我がライバルに相応しい! 是非ともこのカーブボールを打ち破ってみせよ――と思わせて消える魔球!」
「ぬわぁ!?」
カコン、と打者の手前の部分が下に窪み、ボールがその中へと消えていく。
今度もまた、バットは空振りに終わる。
「か、かーぶぼーるではないではないか!?」
「フフフ、七色に変化すると言っただろう? これはな、消える魔球だ! ボールは虚空に消え、打者は幻惑され、ただ空しくバットの空振る音が響き渡るのさ……」
「虚空というか、物理的に消えただけじゃろうが!」
「何を言っているのかわからんな! 次、三球目だ! フン! と思わせてフン!」
「ぬわぁ!?」
俺は、投球モーションに一回フェイント入れ、それに見事引っ掛かったレフィはバットを振ってしまい、その後にボールが通過する。
これ、ピッチャー側の仕掛けを動かすと、設置されているピッチャー人形の手が同時に動くので、ただの直球でも、かなりのフェイントになるのである。
やられる方はかなりイラっとする。
やる方はメッチャ楽しい。
そう、それが、野球盤なのだ!
「そ、それは確か、実際の野球ではぼーく、という奴じゃないのか!?」
「これは現実じゃなくボードゲームなので、ボーク判定はないんですー。残念でしたー。――さあ、どんどん行くぞ!」
そのままレフィは、俺に翻弄され続け、三者凡退で終了。
バットに掠らせることも出来ず、得点無しである。
「…………」
「おっ、レフィさんのピキりゲージが、一つ上がっていますねぇ。悪いな、レフィ。俺はお前の喜怒哀楽、全てを愛していてな。だから、ついそれを見たくなってしまうんだ……」
「そのような歪んだ愛情はいらぬわ、阿呆!」
ちなみに、ビキりゲージが十溜まると、大怪獣レフィが誕生する。
そして、魔王と大怪獣によるガチンコファイトが勃発するのだ。
大体魔王の敗北で終了なのだが、それでも俺は、コイツが悔しがって、怒るサマが見たいんだ……!
「フフフ、次、二回裏だ。お前の投球だぜ? だが、このゲームを熟知している俺に、果たして変化球が通用するかな?」
実際のところ、仕掛けを知っていたところでどうこうなるものではないが、レフィを焦らせるためのブラフである。
焦ろ、焦ろ……それがお前の首を絞めるのだ……!
「……そうか。そういうことをしてくるのであれば、儂にも考えがある。お主が七色ならば、儂は百色の変化じゃ! 儂を怒らせたこと、後悔するが良い! 食らえ、我が百色ぼーる!」
「はっ、百色――何ッ!?」
その瞬間だった。
放たれた球が、突然クイッ、と停止する。
タイミング良く振ったはずのバットは空振り、そこで再度ボールが動き出し、ストライク。
……今の停止は、この野球盤には存在しない機能である。
まず間違いなく、レフィが魔法で何かしたのだろう。
「おまっ、それは反則だろ!?」
「反則ぅ? 何を言うておるのかわからぬのぉ~。このげーむに、そのような反則が存在するのならば、かーぶぼーるも、消える魔球も、全て反則じゃろう?」
「ぐっ……! ……ま、まあ、俺は心が広いからな! お前の反則紛いの投球も、見逃してやろうではないか!」
「やれやれ、恩着せがましい奴じゃ。心の広さで言えば儂の方が広いじゃろうが、可哀想なお主のためにそこは否定しないでおいてやろうかのう。――じゃが、勝負はここからじゃ!」
そうしてレフィは、次のボールを発射する。
何が来るかと身構え、魔王の超視力で注視していた俺だが……ボールに動きはない。
若干怪訝には思いつつも、ならばとタイミングを見計らってバットを振り――が、当たる寸前でポンとボールが跳ね、バットを避ける。
当然空振り、ストライクだ。
「待て待て待て、それは流石にずるくねぇか!?」
「何を言う、消える魔球があるのならば、跳ねる魔球があってもおかしくないじゃろう?」
「それを言い出したらお前、マジで何でもアリじゃねぇか!?」
「ほーう? 何も知らぬ儂に、色々しておったくせに、儂の方が何かしたら狡いと? それは、道理が通らぬのではないかのう?」
顔を引き攣らせて声を荒らげる俺に対し、道理は我に有り、と言いたげな様子で、勝気な笑みを浮かべるレフィ。
「……レフィ! どうやらお前には、教えなければならないことがあるようだな! いいか、野球は、変化球が多ければ偉いのではなく、全ては使いようだ! つまり、頭脳だ! 浅はかなお前に、野球の奥深さを味わわせてやろうではないか!」
「はん、言いよるわ! 口を開けば変化がどうの、頭脳がどうの! 全ては力よ、圧倒的なる力こそが、相手をねじ伏せるんじゃ! お主の浅はかな知恵など、赤子の手を捻るが如く、粉砕してやろうではないか!」
その後、案の定俺達の戦いは白熱し、終わることはなく。
ギャアギャアと騒ぎ続け、一触即発となりながらも勝敗は付かず、外部勢力による「夕ご飯ですよー」という声で休戦に至り、戦いは終了する。
我々の日常である。
調べて知ったんだが、今の野球盤って上下にも跳ねて変化するんだな……いや、打てんだろ、それは。