帰宅前に《2》
いや、待ってくれ。
まだ書くよ笑?
「ユキ君、どうしたんだい? 何か、用があるとのことだったけれど……」
謁見の間にて、不思議そうな顔をする魔界王。
ハロリアのおかげで、俺はその日の内に魔界王との面談が出来ていた。
「悪いな、今度は完全にこっちの事情だ。ちょっと、魔界王に相談したいことがあって」
「ふむ? 君が相談事か、珍しいね。聞かせてくれるかい」
「実は、嫁さんが妊娠したんだ」
俺の言葉に、彼は驚いたような顔をした後、ニコニコと笑みを浮かべる。
「! それはおめでとうだね。君は複数人お嫁さんがいたと思うけれど、どのお嫁さんだい?」
「覇龍の嫁さんだ。――相談事っつーのは、これだ。他種族同士においての妊娠っつーのは、難しいって話を羊角の一族の里で聞いたんだ」
彼は俺の言いたいことを理解したようで、いつもの笑みを引っ込め、真面目な顔になる。
「……そうだね。一般的に言って、同種族同士の子供よりも死産の確率が高くなる。ましてや魔王と覇龍の子供となると、正直どんなことになるのか、想像は全く付かないね」
「あぁ、だから魔界王と話がしたかったんだ。アンタなら、腕の良い医者も多分知ってるだろ? それを紹介してほしいと思ってさ。勿論、その分何かしらの働きはしよう」
「君には色々と借りがあるし、特にそういうのがなくても紹介するけど……」
「いや、これは気持ちの問題だ。俺は嫁さんの問題が他の全てのことよりも重いと思っている。だから、それと釣り合いを取ろうと思ったら、多少の貸し程度じゃあダメだ。……というか、アンタに貸しがあるとも俺は思ってないしな」
俺の言葉に、彼は微笑ましそうに笑う。
「フフ、わかった。それじゃあ一つ、お仕事をお願いしようかな。……ちょうど良く、困った問題もあることだし」
「問題?」
魔界王は、真剣な顔で頷く。
「うん、君の勇者の奥さんが僕に挨拶に来たのも、実はその関係だったりするんだ。――他種族同士の同盟にね、ちょっと厄介な問題が出て来てる」
「……どこかの種族同士が、険悪になってたりすんのか?」
それに問題が出て来るであろう可能性は、彼らは重々理解していたはずだし、その対策も打っていると聞いていたが……それでも、やっぱり多少そういうのが出て来てしまうのか。
「いや、そこまでではないんだ。全体的には上手くやれてて、交流も穏やかに進んでる。ただ……『人間至上主義』的価値観が、ここのところ急激に人間達の間で醸成されているって報告が、アーリシア王国のレイド国王から入ってね」
……なるほど、そういう感じか。
「まあ、元々戦争し合ってた間柄だから、最初から全てが上手くいく訳じゃない、なんて思ってたんだけど……その動きの中に、組織的なものが見えるんだ」
「ただの反発じゃないってことか?」
「うん、自然発生したものじゃなくて、誰かが煽ってる。他種族が手を繋ぐよりも、喧嘩していた方がいいと思っている勢力がね。君の住む魔境の森は、彼の国と近かったよね? 出来れば、手を貸してあげてほしいんだ」
「わかった、そういうことなら協力しよう。詳細はあっちの王に聞けばいいか?」
「そうだね、レイド国王に聞いてもらった方が早いかな。僕も数人、応援は送るつもりだから、何かあれば君と協力して事に当たるよう言っておくよ。――それで、君の奥さんの出産は、いつくらいになりそうなんだい?」
魔界王の言葉に、俺は首を横に振る。
「それが、正直わからないんだ。アイツ、龍族でありながら魔法でヒト種の姿になってっからな。龍族として考えると、出産まで二年くらい掛かるそうなんだが、身体的にはヒト種と同じものになっているから、どっちを基準にすればいいかわからなくてさ」
「あー……そっか。わかった、とりあえずじゃあ、僕の方で医者は見繕っておくよ。――よし、君の子供が生まれたら、ウチでパーティでも開こうか。王達も呼んで、盛大に祝ってあげるよ」
ニヤニヤと、楽しそうに笑みを浮かべる魔界王に、俺は苦笑を溢す。
「気持ちは嬉しいが、盛大にはよしてくれ。ウチの嫁さんが嫌がりそうだ。……んじゃあ、俺の子供が生まれたら、お前のことは知り合いのおじさんとして紹介してやろう」
「ハハハ、おじさんか。うん、いいね、悪くない! いやぁ、僕も何だか、君達の子供がとっても楽しみになってきたよ! ユキ君、この後急ぎの用事はあるのかい?」
「いや、特にはないが」
「よし! なら、今日の公務はこれでやめ! ユキ君、お酒飲もう、お酒」
パンと手を合わせ、彼は座っていた玉座を立ち上がる。
「お、おう、俺はいいが、アンタはそれでいいのか?」
特に何日後に帰ると言った訳ではないので、時間に余裕はあるが……。
「ユキ君、いいかい? 僕はこの国の王様なんだ。つまり、一番偉いのが僕なのさ! そうである以上、好きな時に好きなようにお酒を飲んでも、誰も僕を止めることは出来ないんだよ」
「いや、まあ、アンタがいいんなら、いいんだけどよ」
魔界王、アンタそういうキャラだったか?
俺が苦笑していると、魔界王は次に外へ向かって声を張り上げる。
「ルノーギル!」
「ハッ、ここに」
すぐにこの場に現れたのは、俺も知っている魔界王の部下の一人。
近衛隠密兵、ルノーギル。
「お、ルノーギル? アンタ、ローガルド帝国から帰って来てたのか?」
ローガルド帝国にて、ゴタゴタの処理をしていたはずだが、向こうが一段落でもしたのだろうか。
「魔王殿、お久しぶり、という程ではないですが、お元気そうで何よりですよぉ。えぇ、一時的にですがねぇ。向こうの情勢が落ち着いたので、一度こちらに戻って来まして。――それで、魔界王様、どうされましたか?」
「うん、今からお酒を飲むから、君も参加してね。拒否権はないよ!」
「おや、魔界王様がそう仰るのは珍しいですねぇ。フフ、わかりました、私も参加させていただきますよぉ」
「魔界王、それ、パワハラだぞ」
そうして俺達は、魔界王に連れられ、謁見の間を後にした。
* * *
深夜。
「ただいまー」
「おかえり――って、何じゃお主、酒臭いぞ」
ダンジョン帰還装置で帰ってきた俺を、顰め面のレフィが出迎える。
すでに夜遅いため、皆寝静まっている。
レフィも横になっていたようだが、人の気配で起きたようだ。
「流れでな、魔界王のところでちょっと飲んできた」
「その様子では、ちょっとではなかろう。お主が酔うとなると、相当じゃぞ」
「ん、あぁ……そんな気もする」
ふわふわした頭のまま、回りにくい舌でそう答える。
とても楽しい酒盛りだった。
普段感情の読めない魔界王が感情をさらけ出し、意外と酒が弱かったらしいルノーギルが酔っぱらっている様子に笑い、それぞれがするどうしようもない話でも笑う。
魔界王御用達の店だっただけあって、料理も酒も、非常に美味かった。
レイラの料理と、どっこいどっこいと言えば、その美味さもわかるだろう。
魔界に関する話も面白かったし、こっちのダンジョンに関する話もそれなりに楽しんでくれていたと思う。
ちなみに、ローガルド帝国皇帝シェンドラ、あらためシェンもまた魔界王は誘ったようなのだが、彼は「いや、悪いのだが、私はもうそういう贅沢は、二度とせんと決めたのだ」と言って断ったらしい。
どうやら、彼なりの償いであるらしい。
まあ、彼の命令でローガルド帝国の兵士達が死んでいったことは確かだ。
戦争を起こした張本人として、その責を一生背負っていくつもりなのだろう。
くだらない酔っ払いどもが、酔っぱらっただけの一日だったが……多分俺は、今日を一生覚えていることだろう。
そんな俺の様子に、我が嫁さんは腰に手をやり、ため息を吐く。
「全く、用事があると言うて、帰って来たらこれか……とりあえず、お主は風呂に――って、こ、こら」
「レフィ……」
俺は彼女に抱き着くと、そのまま敷かれていた布団に横になる。
「お前は最高の女、いや女房……いや、抱き枕だ……」
「最終的に抱き枕になっておるし。……ハァ、この様子じゃあ、もう駄目そうじゃのう」
「ダメじゃない……俺は、お前がいてくれれば、何でも出来るんだ」
「はいはい、わかったわかった。儂が共にいてやるから、今日はもう休め」
胸に掻き抱かれ、ゆっくりと頭を撫でられている内に、俺の意識はだんだんと遠くなっていく――。
へい、発売日が近付いてきたので、いつものように宣伝するぜ!
『魔王になったので、ダンジョン造って人外娘とほのぼのする』、9巻が明日9月10日に発売します!
今回も、神による最高のイラストに加え、新たなにほのぼの話を大量追加してますので、どうぞよろしく!
ちなみに、今作品のこと、略称を『まおほの』に決めたんで、これからそれで呼んでくれ。