羊角の一族の里へ《3》
「――いやー、あのお嬢さん方、可愛いもんだなぁ」
「あぁ、他種族の子供ってのは初めて見たが、やっぱ種族が違ったとしても、子供は子供なんだってのがよくわかったよ。……あー、レイスのお嬢さん方には流石に驚いたが」
飛行船の乗組員の彼らは、仕事をしながら、珍しい客人に関しての会話を交わしていた。
「あれだけ可愛らしいレイスを見たのは、この飛行船の奴らくらいだろうよ。……いや、だが、レイスって魔物は、ヒト種が死に、けど恨みで死に切れない時に生まれるものだろ? あの子らにも、そういう痛ましい生前があんのか……?」
「あ、それは違うらしいぞ。あの魔族の旦那が言ってたんだが、あの子らは生まれた時からレイスって種族で、だから恨みも何もないんだとよ。見た目通りの幼女らしい」
「……よくわかんねーな、他種族」
「違いない」
彼らは互いに顔を見合わせ、一つ苦笑を溢す。
「それにしても、面白いこともあったもんだ。ついこの前までは人間と魔族ってのはバチバチにやり合ってたはずなのに、今じゃあ完全な協調路線で、こうして同じ船にまで乗ってるんだからよ」
「本当にな。全ては政治なんだっつーことをよく理解したよ。ま、おかげでこの船に、可愛らしいお嬢さん方も、美しい奥様方も乗ってくれて、旅に華やかさが出て嬉しいモンだがな」
同僚のニヤけ面に、もう一人の乗組員はジト目を送って言葉を続ける。
「……そりゃ同意だが、お前、間違っても変な気を起こすんじゃないぞ。魔族の旦那、すげー気さくな感じだが、あれでもローガルド帝国の現皇帝って話だからな。ウチの船長が仲良くしてる以上、悪い人じゃあねぇことだけは確かだろうが、下手なことをすると一族郎党処刑ってのもあり得るぞ」
「わ、わかってるさ! 俺だってそんな、剣山の上で綱渡りするような命知らずな真似はしねーっての。ただ、あのお嬢さん方にまた、『けいれー!』ってしてほしいくらいで……」
「……まあ、確かにあれはめったくそ可愛いがな。我が家の悪ガキどもに、あの純真さを見習ってほしいもんだ」
「あー、お前ん家の兄弟はやんちゃ盛りだもんなぁ。つっても、息子ってなぁそんなもんだろ。……ハァ、俺も早いところ、嫁さんが欲しいぜ」
「おう、いい機会だし、どうせなら他種族の嫁さんを貰ったらどうだ? 顔が怖ぇって言われ続けたお前を気に入ってくれる良い子も、他種族ならいるかもしんねーぜ?」
「……考えておく」
そんな言葉を最後に、彼らは仕事に集中し始めた。
――数年後、強面で今までロクに恋人も出来なかった船乗りの彼は、無事に獣人族の嫁さんを貰ったとか、何とか。
* * *
空の旅は、何も問題なく続いた。
早々にダウンしてしまったリューだったが、介抱している内にだんだんと飛行船の環境に慣れてきたようで、途中からは外の景色を楽しむ余裕も出たようだ。
まあ、その間も付きっ切りで看病することをせがまれ、ずっと一緒にいたのだが。
リューは、あれだ。
以前は一つ遠慮があった感じだが、結婚の儀というしっかりとした形で関係を結んでから、よく甘えてくれるようになった。
男冥利に尽きる感じで、もう、最高ですね。
道中で何か危険があったら、俺達で排除するという約束だったが、特に何も出て来ず、すでにこの船は魔界の領域内に入っていた。
どうも飛行船の巨体を怖がり、魔物達の方が逃げて行ったようだ。
野生生物ってのは、確かに見慣れないものを怖がるものだし、以前のように襲われていたのが珍しいケースだったのだろう。
好戦的なワイバーン辺りならちょっかい掛けに来てもおかしくはないだろうが、魔境の森ならともかく、亜龍とも呼ばれるヤツらはそんなどこにでもいる訳じゃないしな。
「とりあえずアレだね。船を降りたら、まずお風呂に入りたい」
「あー……そうだな。快適には過ごせたが、風呂ばっかりはなぁ……」
風呂大好きっ子であるネルの言葉に、俺も同意する。
身体を拭いたりくらいはしていたが、確かに風呂に入りたくはある。
レイラの里には温泉があるとのことなので、まずそこに直行したいところである。
「シィも、そろそろシンチンタイシャしたーい!」
シンチン……あ、新陳代謝か。
「シィ、色がちょっと褪せて来ちゃってるもんねー。大変!」
「そうなの! だから、はやくおみずのところニいきたくて」
色褪せてる……色褪せてる、のか?
正直、普段と変わらない気がするのだが……。
「え、えーっと……シィ、そんなに違うか……?」
「あー! おにいちゃんひどーい! 違うよ、いつもとは全然!」
「……ん。光沢がない」
イルーナとエンの言葉の後に、レイス娘達が揃ってコクコクと頷く。
「そうだよ、よくみて、あるじ! いつもとはコータクがちがうでしょ!」
ぷくぅ、と頬を膨らませ、俺の服を引っ張るシィ。可愛い。
そう言われると……確かにそんな気もするな。光の反射が少し弱い、か?
そうか……シィはやっぱり、水場で新陳代謝してたのか。
「あ、あぁ、すまん。ほら、いつもと変わらない、綺麗な水色をしてるからさ。わからなくてよ」
「そーお? エヘヘ、ならゆるしてあげる!」
途端にニコニコ顔になるシィの頭を、ポンポンと撫でて誤魔化しつつウチの大人組の方を見ると、苦笑して首を横に振る。
どうやら彼女らも、あんまり違いがわからないらしい。
……ただ、この子らがこれだけ言う以上、いつもとは確かな差があるんだろうな。きっと。
「えー、オホン……わかった。じゃあレイラの一族の里に着いたら、まずは風呂に行こう。レイラ、案内任せた」
「はい、畏まりましたー」
コクリと頷くレイラ。
「それで、風呂に入って一泊したら、俺とネルは船長さん達と一緒に魔界王都まで行くから、その間こっちのことは頼むぞ、レフィ」
「うむ、任せよ」
ネルは魔界王に面会する予定があるとのことだったが、それに俺も付いていくことにした。
一応、ヤツの支配領域である魔界に来たんだし、俺も外では立場のある者になったので、挨拶くらいはしておこうと思ったのだ。
「おにいちゃんもネルおねえちゃんも、すぐ来てね! 待ってるから! みんな一緒じゃないと、心から楽しめないもん!」
「フフ、うん、大丈夫だよ。多分、数日しないでそっちに行くと思うから。その間も、楽しんで待ってて、イルーナちゃん」
可愛いことを言ってくれるイルーナに、ニコッと微笑むネル。
そうして彼女らと今後の日程の軽い打ち合わせを行っていると、コンコンと部屋がノックされる。
俺が返事をして扉を開くと、その向こうに立っていたのは、船長。
彼は一礼すると、言った。
「皆さん、残り一時間程で目的地に到着します。下船のご準備を」
明日、5月10日「魔王になったので、ダンジョン造って人外娘とほのぼのする」8巻発売します!
あのね、今巻ね、ネルの水着姿が収録されてて、それがもう、やべぇべぇべぇなのよ。マジで。
イラストレイターさんを、作者は神と密かに崇め奉ってます。
是非、みんなにも見てほしく……(ボソリ)。
どうぞよろしく!




