再度のローガルド帝国
ちょい遅れてすまん。
「――では、我々はこれで帰らせていただく。ただ、例のアルフィーロの街に、我々ギロル氏族が度々向かうことになっている。何か伝言があれば、そちらに伝えてくれれば我々まで届くだろう」
「わかった、そちらさんも何かあったら一言残しといてくれ。時折様子を見に行かせてもらうよ。というか、時間が出来た時に、今度は俺達が里を訪問させてもらってもいいか?」
リューの親父さん――正式に義父となった彼と、言葉を交わす。
俺の隣では、リューが彼女の母親や他のギロル氏族の皆と別れの挨拶を行っている。
やはり母親との別れが寂しいらしく、リューがギュッと抱き着いている。
里にいた時も、恐らく相当仲が良かったのだろう。
すげー良い母さんだもんな、ロシエラさん。
いつの間にか、レフィとも仲良くなっていたようだし。
「あぁ、無論だ。これだけ素晴らしいもてなしをしてもらったのだ、我々も気合を入れて歓待させていただこう。――後は、そうだ、子供が生まれた時も、一報いただけるとありがたい」
「ん、あ、あぁ……わかった」
ニヤリと笑みを浮かべるリューの親父さんに、俺はポリポリと頬を掻きながらそう答える。
……何にも言えなくなるから、そういう冗談は勘弁してほしいもんだ。
と、彼はふと表情を真面目なものに戻すと、真っ直ぐに俺の目を覗き込む。
「魔王」
「あぁ」
再会した時の葛藤の見えた表情とは違い、強い思いが秘められた、厳格な父親の風格を感じさせる顔付き。
「――娘を、任せたぞ」
ス、と彼は、こちらに右手を差し出す。
重く、ズシリと胸に来る、簡単な思いでは触れることさえ出来ない手だが――。
「……あぁ!」
――俺は、その親の手を固く握り、力強く握手を交わしたのだった。
* * *
ギィ、と扉を開く。
魔境の森の見慣れた風景から一転し、見慣れない、ひっそりとした建物裏に出る。
上を見上げると、俺の視界に映るのは――城。
ローガルド帝国の帝都に存在する、帝城である。
「さて……どこに行けばいいもんか」
リューの件が一段落したので、魔界王との約束通りローガルド帝国までやって来たが……このまま、城の中に行っても大丈夫だろうか?
ここにいる全員が俺の顔を知っている、なんて思う程自惚れてはいないし、アポなしのまま行こうものなら、不審者とか侵入者とかと間違えられて面倒にならないだろうか。
……いや、あの魔界王のことだし、その辺りはしっかりしているか。
魔族の兵士に声を掛ければ、とりあえず何とかなりそうな気がする。
そんなことを考えながら、とりあえず城の正面門に向かって歩いていると、暇そうに警備している魔族っぽい兵士を発見する。
「おーい、ちょっといいか?」
「ん……? ――! ゆ、ユキ殿でいらっしゃいますね。魔界王様からお話は伺っております、担当の者を呼んでまいりますので、少々お待ちいただけますでしょうか」
「ん、わかった」
やはり、どうやら魔界王が話を通しておいたらしい。
最初に「誰だコイツ」といった顔をしていた彼は、すぐにこちらが何者かに思い至ったようで、そう言って駆け足でこの場を去って行った。
俺の顔立ちの特徴でも伝えられていたのだろうか。
言われた通り、その場で数分程待っていると、その兵士が誰かを伴って戻って来る。
「魔王殿ですね。お待ちしておりましたよぉ」
「あれ、アンタ……ルノーギルか。身体は大丈夫なのか?」
魔族の兵士が連れて来たのは、魔界王の部下の一人、ルノーギルだった。
前の戦争では、皇帝シェンドラを捕えるという大金星をあげたものの、確かその時に相当な深手を負い、二度と魔力を練ることが出来なくなったと聞いているが……。
「ご心配ありがとうございます。ま、深手は負いましたが、肉体から魔力が消失しただけのこと。魔法が使えないのは不便ではありますが、五体さえ残っていれば何でも出来るので問題ありません。魔力がないというのは、暗部である身としてはそれはそれでやりやすいですしねぇ。生き残れただけで万々歳ですよ」
……なるほど。
感知系スキルは、そのほとんどが相手の持つ魔力を基に感知している。
そうである以上、当然ながら、魔力を有さないものは感知が行えない。
実際俺も、魔力眼では彼が見えておらず、マップ機能でも味方を示す青点、もしくは敵を示す赤点が付いていない。
魔力眼だと、彼のいる部分だけぽっかりと人型の穴が空いているので、ここに何かがいるということはわかるのだが、これならもう肉眼で視認した方が早いだろう。
すごいな、気配なんかも暗部の者である以上限りなく薄れさせることが可能だろうし、これでルノーギルは、ほぼ透明人間みたいなものになった訳だ。
ただ、それを問題ないと言い切ってしまえるのは、彼の強さだろう。
腕がもげても、身体が軽くなって動きやすくなるから便利、なんてことは普通言えない。
「そういう訳なので、ローガルド帝国が安定するまでは、このままこちらでお仕事することになりましてねぇ。戦争の余波で、色んなところの間諜やら犯罪組織が這入り込んでしまっていますし」
「……もうそんなことになってんのか」
「えぇ、裏社会の者にとって、この混乱は好機も好機ですから。ここで下手に犯罪組織などをのさばらせようものなら、一般市民の反感も増してしまいますしねぇ。大衆というものの力を甘く見てはいけないという、魔界王様の指示です。勝者である我々は、『正義』でなければならないと」
……以前までの体制は悪いもので、自分達の体制は良いものだから勝ったのだという、わかりやすい勧善懲悪の形に落とし込むための、印象付けか。
人心掌握のための枠造り、という訳だ。
多種族国家にするという、人間しかいなかったこの国の価値観を丸ごと破壊しようしているのだし、そういうところから徹底することで、『生まれ変わった』という意識を強化しようとしているのだろう。
急激な体制の変化には、必ず軋轢や反感が生まれるものだが、魔界王もその辺りは承知しているようだ。
こういうことの処理に失敗すると、革命運動やテロが頻発したり、新たな戦争の種火になってしまうものだ。
そして、得てしてその結末は、悲惨なものになることが多い。
前世で、散々そういう歴史を繰り返していることを、俺は知っている。
――俺は、この国の統治に興味もなければ、国政なんて七面倒くさそうなものには毛程も触りたくないし、そもそもこの国自体どうでもいい。
どうでもいいが、しかし別に、わざわざメチャクチャにしたい訳でもない。
俺は破壊と殺戮に快感を覚える性格破綻者じゃないので、平和に進むんだったらその方が良いに決まっている。
この国に漂う人間至上主義的な価値観をぶっ壊すことは、譲れない一線として強要すればいいが……それ以外は、それなりに妥協しても良いと思うのだ。
……素人の俺よりは、よっぽど色々と考えているだろうが、少し、魔界王と話してみるか。
「全く……何で俺が、こんなことで頭を悩ませなくちゃならないんだかな」
皇帝シェンドラめ。
面倒なものを押し付けてくれたものだ。
「? 何か仰りましたか?」
「いや、何でもない。それより、魔界王のところまで案内を頼んだ。俺、あんまり長居するつもりもないからさ」
「えぇ、畏まりました。こちらに付いて来てくださいねぇ」




