血の契り
身内の結婚式体験してなかったら、書けなかったな、これ……。
「おぉ……」
俺は感嘆の声を漏らし、彼女の姿を上から下までまじまじと見詰める。
「え、えへへ……どうっすか、ご主人?」
「俺の貧弱な語彙のせいで、月並みなことしか言えないが……すげー綺麗だ。もうなんか……とにかく綺麗だ」
民族衣装のようなドレスを着込み、手作りのものらしいアクセサリーで飾り付けた、リュー。
彼女の身に着けているものは、全てロシエラさんが持って来てくれたもので、昔からずっと使われて来た花嫁衣裳であるらしい。
しっかりとした化粧をしており、彼女のきめ細やかで健康的な色をした肌が際立ち、唇に薄く引いた紅に自然と視線が吸い込まれる。
リューはそれなりに身なりに気を遣う方ではあるものの、ずっとダンジョンの中にいるため、そこまで本格的な化粧をする、なんてことはないのだが……化粧一つで、こんなにも印象が変わるとは。
「うわぁ、リューおねえちゃん、お姫様みたい!」
いつもよりフォーマルな服装に身を包んだイルーナもまた、感嘆の声色でそう言葉を溢す。
「あぁ、本当にな……よし、俺魔王だし、やっぱり姫は攫わないとな。ぐわははは、姫は俺が貰ったー!」
「あっ、ご、ご主人……」
「おにーさん、化粧と衣装が崩れちゃうから、今は触っちゃダメだよ。そういうのは終わった後でね」
「あ、はい」
冷静にネルに窘められ、リューの腰に回した両腕を解く。
「くっ……迸るこの感情を、今は心の内に抑え込むしかないのか……仕方あるまい、後のために、今は我慢するとしよう」
「フフ、良かったわね、リュー。これだけ愛してくれる旦那さんに出会えて」
「あの、ご主人。ホント恥ずかしいんで、母さまがいるところではちょっと抑えてもらえると嬉しいんすけど……」
「無理だ。諦めろ」
「えぇ……」
ニコニコと微笑ましそうな表情をするロシエラさんの横で、恥ずかしそうな表情を浮かべるリュー。
「うむ、もう無理じゃな、リュー。お主もようわかっておるじゃろうが、こうなったら今のこの阿呆は、誰にも止められんぞ。大人しく付き合うことじゃ」
「も、もう……ご主人はいつでもご主人って感じっすねぇ……」
「フハハハ、そうだ、俺は魔王だからな!」
「ご主人、それは魔王がどうのというより、ただのご主人の性格っす」
「此奴、とりあえず何でも魔王と言っておけばいいと思ってるからの」
「おにーさん、そういう節あるよねぇ……」
否定はしないよ。
「フフフ、皆さん、本当に仲が良いのねぇ」
俺達の様子に、ロシエラさんは愉快そうに笑い声を溢す。
――と、そんな感じでワイワイやっていると、俺達のところにレイラが顔を覗かせる。
「皆さん、式場の準備の方が終わりましたので、そろそろ始めたいとベルギルスさんが仰ってましたよー」
「了解。そんじゃ、行こうか、リュー」
「は、はいっす!」
* * *
――草原エリアにある、いつもの旅館。
式場は、その隣に立てた。
まあ、式場と言っても、教会のような建物ではなく、俺が用意したのは壁と天井を完全に取っ払った畳の床と、その上に人数分の座布団と棚だけだ。
周囲に木々と花を添え、木漏れ日が差し込み厳かに感じられるよう調整はかなり頑張ったので、それなりに見れるものにはなったのではないだろうか。
用意した棚には、ギロル氏族の彼らが持って来てくれた幾つかの木彫りの像――ウォーウルフの先祖に見立てた像が置かれ、それと対面する形で俺達が座り、その後ろに皆が座っている。
――どうやら、ギロル氏族は先祖というものをとても大事にしているようだ。
先祖が命を紡いでくれたおかげで今の自分達がある、という宗教観が、彼らの根本にはあるらしい。
いわゆる、祖霊信仰というものだ。
彼らがウチのリルを前にして、大分面白い感じになってしまうのにも、そこに理由がある。
先祖であり、始祖であるとされるフェンリルは、彼らにとってまさしく神そのものであり、平伏して敬うべき対象なのだ。
故に、彼らの行う結婚式も先祖へと報告をするために行うもので、かなり本格的な儀式となっている。
流れとしては、まず彼らが用意したこの像群へ先祖達に降りて来てもらうところから始まる。
勿論本当に降霊する訳ではないが、そうしてやって来てもらった先祖達に新たな血族が加わることを報告し、この血を途絶えさせぬよう次へと繋げることを誓う。
だから代わりに、新たな血族を見守ってくれと、そういう契りを先祖達と結ぶための儀式なのだそうだ。
「――新たな血を育む者達よ。盃を」
前世で言えば宮司や禰宜に近いような格好に身を包んだ、式の進行役であるリューの親父さんが、俺とリューに盃と小刀を渡す。
俺は、それで自身の親指を軽く斬ると、流れ出る血を酒の注がれている盃に垂らす。
「う……え、えい!」
隣では、リューが一瞬躊躇った様子を見せてから、勢い良く親指に刃を滑らし――。
「あっ、い、痛っ……!」
「――って、ば、バカ、気合い入れ過ぎだ!」
勢い余って深く斬り過ぎてしまったらしく、ドバドバと多量の血を流すリューを見て、俺は慌ててアイテムボックスから上級ポーションを取り出すと、彼女の親指に振り掛ける。
数瞬して、すぐに再生が始まり、その傷が完全に修復する。
「フゥ、ビビった……全く、お前それ、めっちゃ血入っちゃってるじゃねーか」
「うぅ、申し訳ないっす……」
この儀式は、次に相手の血が混じった盃を受け取り、それを飲むのだが……リューが気合い入れ過ぎたせいで、俺が飲む方の盃が真っ赤っ赤である。
本来は、一滴混ぜるだけでいいそうなんだが……。
「も、もう一回やるっすから……父さま、新しい杯をお願いするっす」
「あ、あぁ」
大事な場で失敗してしまい、割と落ち込んだ様子でそう言うリューを――だが、俺は止める。
「いや、それでいいよ」
「え、でも――」
これ以上彼女が何か言う前に、その盃を勝手に受け取り、グイと一気に飲み干す。
アルコールで喉が熱くなる感覚に、口の中に充満する濃い血の味。
普通なら顔を顰めてしまいそうなところだが、しかし不思議なもので、嫌な感じが全くしない。
これがリューの血であると、わかっているからだろうか。
「おう、お前の血、美味いな」
「そ、そんなイルーナちゃんみたいなことを言われても……」
俺はニヤリと笑みを浮かべ、言葉を続ける。
「リュー、これくらいは別に、失敗でも何でもない。だから、そんな顔すんな。ほら、お前も早く飲めって」
「……はいっす。ご主人、ありがとうっす」
気を取り直してくれたらしく、リューは小さく笑みを浮かべると、俺が渡した盃を両手に持ち、口を付ける。
「ん……ご主人の血も美味しいっす。……いや、ホントに美味しいっすね。イルーナちゃんが一番好きって言うのもわかるっす」
「お、おう、そうか。なら良かったよ」
なんか、みんな美味しいって言うよな、俺の血。以前シィやネルが飲んだ時もそう言ってたし。
血が美味いというのは、喜んでいいのかどうか、微妙に悩むところである。
と、俺達の様子を見て、一つコクリと頷いたリューの親父さんは、儀式の続きを始める。
「血は混じった。其に流る血に違わず、番として共に道を歩むことをここに契れ。さすれば、祖なる父母は行方に幸多くを授けるであろう」
彼の次に、俺とリューは事前に教わった言葉を続ける。
「我が身、祖なる父母の血に違うことなく、妻と共にこの道を進むこと、ここに誓う」
「我が身、祖なる父母の血に違うことなく、夫と共にこの道を進むこと、ここに誓う」
「誓約は為された。新たな血族に、多くの幸と実りがあらんことを」
最後に、親父さんは先祖の像達へ感謝の言葉と共に深くお辞儀をし、彼に倣って俺達を含めたこの式に参加している全員が同じように頭を下げた。
「――さ、これで式は終わりだ。参加していただいた皆様方に、心からの感謝を」
「リューおねえちゃん、おめでとー!」
「オめでとー!」
「……ん。とてもめでたい」
真っ先に声をあげた幼女達に続いて、ウチの大人組やギロル氏族の彼らが俺達に祝福の言葉を掛ける。
そんな中、俺は、嬉しそうに「ありがとうっす……みんな……」と答えていたリューの名を呼ぶ。
「リュー」
「は、はい、ご主人」
「これで、家族だな」
すると彼女は、目の端にジワリと涙を浮かべ――。
「――はい!」
――満開の花のような、本当に綺麗な笑顔を浮かべたのだった。




