王達との約束
――戦争がこちらの勝利で終わり、とりあえず一時の休息をと、皆が順々に休息を取り始めた頃。
俺は仮設テントの中で、ドワーフ王にエンの本体である大太刀を見せていた。
「ふぅむ……これをお前さんが?」
まるで宝石でも扱うかのような丁寧な手捌きで、エンの刀身の隅々まで視線を滑らすドワーフ王。
あ、ドワーフ王に本体を見せてあげてもいいかは、先にちゃんとエンに聞きました。
「あぁ。『武器錬成』のスキルでな。大太刀っていう種類の剣なんだ。最高の剣だろ?」
「うむ……こうして見ているだけでも、その秘められた力の強大さを無理やり理解させられる出来じゃぜ。どこまでも重く、どこまでも鋭く、それでいて均等に魔力の行き渡った、素晴らしい一品じゃ。まあ、只人が振るうにゃあ、ちと重量があり過ぎて無理じゃがのう」
「……むぅ。エン、重くない」
と、ドワーフ王の物言いに、擬人化しているエンがむくれた声を漏らす。
「ハハ、そうじゃな。失礼した、お嬢ちゃん。――そして、この子がこの剣に宿っている魂と。ドワーフの歴史も長いが……これだけ特殊な剣を見るのは儂も含め数人しかおらぬだろうよ。良いものを見せてくれたこと、感謝するぞ」
満足そうな表情のドワーフ王から大太刀を受け取ると、彼はその分厚い顎鬚を擦りながら言葉を続ける。
「『武器錬成』か……それが使える者は多いが、その魔法は強固な武器の完成像と限りない魔力が必要となる。極めればどんな究極の武器をも刹那に生み出すことが出来ると聞くが、鍛冶を生業とする歴代ドワーフの中でも、その域に達した者は初代ドワーフ王しかおらん」
彼曰く、初代ドワーフ王は武器錬成スキルを操り、一日で数百もの武具を造り上げ、後の世に神器として残っているようなシロモノも数多く生み出したらしい。
ふむ……神器か。
エンの可愛さは神器級なので、俺も一つは神器を生み出したと言えるだろうが、正直今後の一生で、エン以上の武器を作り出せる気はしない。
俺に、その気が無くなっているからである。
彼女を生み出せたことで、心底から満足してしまったのだ、俺は。
今回の戦争で、神槍が無かったら相当ヤバかったことは確かだが、神槍レベルの武器がさらに欲しいかと言うと全くそんな風には思えないしな。
アレも、出来ることなら海に沈めたいし。
「実際、儂らが『武器錬成』を発動させても、出来上がるのは良くて名剣止まり。鍛冶の腕が良い者程良いものを造る傾向にゃああるが、魔力が足りんせいか、結局炉で造った武器の方が出来が良いことが多くてな。恐らく、初代ドワーフ王に最も近付いた鍛冶師はお前さんじゃぜ。本当に、大したもんじゃ」
そんな大袈裟な、と思ったが……そうか、よくよく考えてみたら、このスキルはそれなりに魔力を消費するんだった。
俺は結構な頻度で使用しているので、これが大層なモンだとは思っていなかったが、それは魔王の肉体が持つ豊富な魔力のおかげで、気にしないで済んでいるだけなのだろう。
魔力が無ければ何度も発動させることが出来ず、故に鍛錬を積むのも難しく、スキルレベルも上がり難くなる。
そう簡単に良いものが作れないというのも、納得か。
「うむ……暇がある時でいい、お前さん、ドワーフの里に遊びに来んか。歓待するぜ?」
「お、それはいいな。時間が出来たら、是非とも遊びに行かせてもらうよ」
ドワーフの里か……楽しそうだ。
俺の返事に、ドワーフ王は「うむ」と一つ頷き――と、こちらに寄って来た獣王が口を挟む。
「おっと、それならウチの里にも遊びに来るといい、魔王。ドワーフの里と我が国は近い、決して退屈はさせんぞ」
「ハハ、ありがたいね。是非そっちにも――あっ」
「む……? どうした?」
突如声をあげる俺に、怪訝そうな顔をする獣王。
獣人の国で思い出したが……そう言えばそろそろ、リューの親族が再び来るという一年になるんじゃないか?
しまったな、戦争で頭から抜けていたが、それに関して何にも準備出来てねぇ。指輪くらいだ。
すでに、魔境の森に来てしまっている可能性もある。
ウチのヤツらなら、その場合でも上手いこと対処してくれると思うが……。
「獣王、ギロル氏族って知ってるか? ウォーウルフ族の」
「む? あぁ、無論だ。若い男が族長の一族だな。すでに帰らせたが、この戦争にも幾人か来ていたぞ」
あ、マジか。
それなら挨拶でもしておくべきだったな。
大分悔やまれる。
「俺、そこの族長の娘さんを娶るんだ。その関係で、そろそろウチに来ることになっててさ」
「ほう……? そうか、あそこと身内になるのか。ふむ……では、これからギロル氏族は扱き使って、出世させてやるとしよう」
何だか今、彼らの今後が決定付けられた気がしたが、聞かなかったことにしよう。
「そういう訳だから、帰るよ。こんな何も片付いていないタイミングで悪いが……」
戦争には勝ったが、当然ながら勝っただけじゃ終わらない。
ローガルド帝国側との本格的な戦後交渉はこれからだし、この王達もしばらくはこの国に残ることになるという。
魔界王に関して言うと、そういう約束なのでぶっちゃけ全然気にならないが、この王達は人が良いので、後片付けを押し付けるのが申し訳ない気分なのだ。
「ガッハッハッ、そんなこと、何も気にせんでよい。お前さんは功労者じゃて、先に帰ったところで誰も文句は言わぬさ」
「うむ、後始末くらいは我らがせんと、面目が立たんからな」
「そう言ってくれると助かる――っと、お師匠さん!」
次に俺は、近くにいたレイラの師匠であるエルドガリア女史を呼ぶ。
「ん、何だい?」
「お師匠さん、ウチ来ないか? レイラも喜ぶだろうし」
「ふむ、ありがたいお誘いだけどね。悪いがアタシは一旦帰るとするよ。老骨に長丁場は応える」
む……それもそうか。
ウチの温泉で疲れを癒してもらいたいところだが、無理強いは良くないしな。
「わかった、ならこっちの用事が終わったら、レイラに聞いてお師匠さん達の里に遊びに行かせてもらうよ」
「あぁ、いつでもいい。待っとるよ」
行くところがいっぱいあって、これからしばらく、忙しくなりそうだな。
ただ、悪くない忙しさだ。
色々と楽しみである。
「ん、ユキ君帰るのか」
と、そう話していると、何かしらの指示を出し終えたらしく、魔界王フィナルがこちらにやって来る。
「君は、好きな時にこの国に来られるんだったよね?」
「あぁ、ダンジョンの力でな」
扉は、すでに帝城の一角に設置した。
我がペット達の中で最も身体のデカい、オロチも通れるような大扉である。
いつものように念を入れ、繋がる先は魔境の森のみになっているものの、これでもう毎日行き来が可能だ。
「そんな簡単に空間魔法が使えるとは、魔王とは恐ろしいものであるのう……いや、これからは『魔帝』と呼んだ方が良いか? この国の次代の皇帝であるしな」
フィナルと共にいたエルフ女王が、ニヤリと笑ってそう言う。
「ダンジョンは成長すると、色々出来るようになるんだ。あー、あと魔帝は呼ばれても反応出来ないだろうから、普通に魔王って呼んでくれ」
カッコいいが、多分自分のことだと気付かないだろうし。
魔王と呼ばれるのが、意外と気に入っているのもあるな。
「それで……それがどうかしたのか、フィナル?」
「うん、君の方の用事が終わったら、一度こっちに顔を見せてほしいんだ。急がなくてもいいけど、なるべく早い内に来てくれるとありがたいかも」
「? わかった」
まあ、それくらいはしようか。
元々、様子見には来るつもりだったしな。
「じゃ、行くよ。後は頼む。――お前ら、行くぞ」
彼らと別れの言葉を交わした俺は、活躍を見ていたらしく兵士達に可愛がられていたペット達を連れ、眠気が限界に達して大太刀に戻ったエンを肩に担ぎ、帝城へと向かう。
そして、敷地の一角に佇む大扉を開き、ローガルド帝国を後にした。
* * *
「――それじゃあな、お前ら。今回は助かったぜ。また、何かあったら頼むよ」
ペット達を労った後、俺は翼を出現させて夜の空を飛び、いつもの洞窟に辿り着くと、一番奥に設置されている扉を真・玉座の間へと繋げる。
「ただいま」
すでに夜も深いので、皆を起こさないよう小声でそう言い、完全に寝入っているエンを部屋の傍らに立て掛け――と、人の気配に気が付いたらしく、のそりと布団の一つが起き上がる。
レフィである。
「ん……ユキ、エン、戻ったのか。おかえり」
「ただいま。すまん、起こしちまったか」
「良い、それくらい気にするな。ふむ、怪我は……魔力の流れが乱れておるの。えりくさーを乱用したんじゃろ? 全く、また無茶しおったのか」
俺の状態を、一目見ただけで理解したらしい。
ちょっと責めるような目で、そんなことを言ってくるレフィ。
「ハハ……お前には隠しごとが出来ないな。大変だったよ。昔精霊王が倒したっていう冥王屍龍を、敵が蘇らせてさ」
「む……冥王屍龍を? あれは、大地すら滅す劫火で爺がしかと焼き尽くしたはずじゃが……」
大地すら滅す劫火ね。
詳しくは聞かないでおこう。
「あぁ、だから完全体じゃあなかった。頭部と胴体の骨だけ冥王屍龍の骨で、それ以外を魔物の骨って感じで蘇らせてたんだ。多分、精霊王が戦った時よりは相当弱体化してたと思うんだが、それでも酷い目にあったわ」
主に神槍のせいでな。
動きがトロかったから、結局ヤツからの攻撃は一撃も食らわなかったし。
「あと、そうそう、国を貰ってきた」
「……国?」
「おう。敵だったローガルド帝国の皇帝になった。まあ、名目だけだから統治とかは全部任せちゃったんだけどさ」
「あー……何がどうなればそういう結果になるのか、ほとほと理解出来んが、まあお主がそう言うのならばそうなんじゃろうな。つまり儂らは皇家となった訳か?」
「そういうことだ。どうよ、これで俺も、木端魔王からちょっとは出世したって言えるんじゃねーか?」
「甚だ想定外の方向への出世じゃがな」
呆れたような笑いを溢すレフィ。
こうして彼女と話しているだけで、俺の心がどんどん休まっていくのを感じる。
精神が、解れていく。
「レフィ」
「ん」
「お前といると、心が休まるよ」
「カカ……お帰りのちゅーでもしてやろうか?」
「お、是非頼む」
「……冗談で言ったんじゃがの。まあ良い、では、膝を突くんじゃ」
「ん? あぁ」
言われた通り、俺は両膝を突く。
目線が、レフィの肩当たりに来る。
すると彼女は、両手で俺の髪をクシャリと撫で――。
「お主達が、無事に帰って来て良かった」
――形の良い唇で額に口付けし、そのまま胸に抱くようにして、俺の頭を抱きかかえた。
「……帰るさ。お前が、ここにいるんだから」
俺は膝を突いたまま、彼女の華奢な胴に腕を回した。
ギュッと。
温もりを、手放さないように。
へい、本日七巻発売します!
見かけたらどうぞ、よろしくお願いいたします。




