王たるが務め
残り二十四時間……い、いけるのか……?
「――ユキ君、ありがとう。色々話したいことはあるけれど……とりあえず医療班を呼ぶから、診てもらってね。それ、常人なら確実に致死量の負の魔力だから。何でそうやって立ってられるのかが疑問なくらいの」
「おう、実はちょっとダルかったりする」
「ダルいじゃ済まないからね、普通は」
俺の身体に未だ残っている負の魔力の侵食跡を見て、魔界王は半ば呆れたような顔で医療班を呼ぶ。
「それで……この後は?」
すぐにこちらに駆け寄って来る彼らの治療を大人しく受けながら、俺は魔界王へと問い掛けた。
「残りは消化試合だ。敵が後方に退いた状態で、あの骨の化け物が討伐出来たおかげで、帝都は陥落せしめたと言っていいだろう。……まあ、敵もアレを倒せるとは思ってなかったんだろうけど」
「俺達が倒せなかったらどうするつもりだったんだろうな? 好き勝手暴れてたし、制御なんか全く出来てなかった感じだが」
俺もそれなりに壊したが、恐らく帝都の街並みを最も破壊したのはアイツだろうしな。
「そこは、何かしら考えがあったんだろうね。彼らとて、ただの破壊の権化を蘇らせる意味はないだろうし、どうにかする手立ては持っていたんだと思うよ。――全然関係ないことなんだけど、そこらにいっぱい転がってる右手首って、君の?」
「おう、俺の。クソ痛かったぜ」
「……そう。深くは聞かないでおくよ」
一つ苦笑してから、魔界王は言葉を続ける。
「発生したアンデッドの処理も、君のペット達が暴れてくれているおかげで、楽なもんさ。後は、皇帝の身柄さえ確保出来れば――」
「それは、完了しましたから、問題ありませんよぉ」
と、その声と共にこちらにやって来るのは、何やら気を失った男を背負った、黒装束の男。
……この男、魔界で見たことあるな。
確か、ルノーギルだったか。
かなり強い魔界王の部下だったはずだ。
分析スキルで確認すると、それが正しかったことがわかる。
「ルノーギル! 生きていたのか」
「報告が遅れてしまいまして、申し訳ありません、陛下。色々、困ったことがありましてねぇ。あ、ユキさん、お久しぶりです。ご活躍いただいたようで、感謝していますよぉ」
「闘技大会ぶりだな。その男は……」
「はい、皇帝シェンドラですねぇ」
そう言って彼は、抱えていた男をドサリと下ろす。
「ウッ……」
落下した衝撃で目を覚ましたのか、皇帝シェンドラは呻き声をあげて閉じていた目を数度瞬かせ、それから周囲を見渡した後、縛られたままの身体を起こして口を開く。
「……冥王屍龍は、滅んだのか」
「そうだよ。随分厄介なものを、用意してくれていたものだ。――こうして顔を合わせるのは初めてだね。僕は魔界王フィナル=レギネリス=サタルニア。よろしく、第二十二代皇帝、シェンドラ=ガンドル=ローガルド君」
「フン……評判は聞いているぞ、魔界王フィナル。相当切れ者のようだな。それで――おい」
そう、皇帝が声を掛けた相手は、傍らで話を聞いていた、俺。
「……何だ」
「貴様、魔王だろう。ここまでの貴様達の動きで、『迷宮』に関する情報を得ていることは確実。そして、冥王屍龍を圧倒出来るその強さ。貴様が魔王であるならば、納得が行く」
俺は、正体をバラすかどうか少し考えてから、男の言葉を肯定する。
「そうだ。俺が魔王だ」
「やはりか。――魔界王フィナル、この魔王は信用出来るのか?」
何故そんなことを聞くのか、という顔をしながらも、魔界王はその質問に答える。
「……出来るよ。君もどこかで見ていたんだろう? 同盟軍のために、命を張って冥王屍龍と戦っていたのを」
「……そうか」
皇帝シェンドラは、口を閉じて何事か思案し――そして口を開く。
「降伏の条件を伝える」
「君の身柄はこうしてすでに押さえた。こちらがそんな条件を聞かなければならない理由があると?」
「あるに決まっている。私が部下達に降伏を呼び掛けるかどうかで、この後に出るいらぬ損害が、大きく減ることになる。ならば、貴様は聞くだろう」
「……いいよ、聞こうか」
「ローガルド帝国に存在する『ダンジョンコア』を、この魔王に受け取らせろ。その場合のみ全面的な降伏をする」
「あん……?」
――いったい、何を言っているんだ、コイツは。
「……俺に、ここの魔王になれっつってんのか?」
「そうだ」
皇帝シェンドラは、俺の言葉を否定せず、あっさりと頷いた。
「……理由を言え」
「私が求めたのが力で、それを貴様が有しているからだ」
「答えになってねぇ」
「フン……いいだろう。――ローガルド帝国皇帝は、代々迷宮を継承して来た。だが、完全な力を有したのは初代皇帝のみ」
そう、男は、語り始める。
「私もまた皇帝になる際、迷宮を継承したが、不完全な機能しか使用することが出来ておらん。……恐らく、只人が魔王となることには無理があるのだろう。迷宮は適性のない者が受け継いでも意味がない。大した力も得られず、ただ井の中で囀るだけの弱者にしかなれん」
……確かに、敵側に魔王がいるにしては、あまりその力を使って来ないとは思っていた。
多数の死者が発生しDPも多く得られただろうに、追加の魔物や罠が全く出て来なかった。
この皇帝の言い種からすると、何かしら制限が掛かっていた、ということなのだろう。
――ダンジョンの、継承。
ダンジョンが滅べば魔王は死に、逆に魔王が死ねば、ダンジョンの力が大幅に弱まり、結果的に滅ぶ。
だが、それに例外が存在することは、よく知っている。
俺が支配した、幽霊船ダンジョンだ。
あそこの魔王になっていた哀れなアンデッドは俺が殺したが、しかしダンジョンは滅びず、未だその形を残している。
ダンジョンコアを吸収し、俺が新たな魔王となって支配しているためだ。
……考えてみれば、ウチの大人組も魔王候補と言えるのか。
俺が許可したため、彼女らは現在、簡易的ながらもダンジョンの機能を使用することが出来るようになっている。
仮に俺が死んでも、魔境の森のあのダンジョンは存続出来るのかもしれない。
ただ、その場合では完全なダンジョンの継承は不可能である、と。
――器の形、か。
思い出すのは、いつか精霊王がダンジョンへやって来た際、話していたこと。
俺は、時間を掛けてダンジョンに適合することで、今まで使えなかった機能が使えるようになった。
精霊王の言葉を借りるならば、魔王は『器が不定形』であるため、生存のための力を適宜得ることが出来る訳だ。
だが、それ以外の者はそうはいかない。
種族進化でもしなければ、ヒト種の器は基本的に定まった形から変化しないからである。
故に、魔王でなければダンジョンを真の意味で継承することは出来ないということなのだろう。
それとも……もしかすると、案外時間の問題だったりするのかもしれない。
長い長い時間を掛けて魔素や魔力に適合し、年寄り程強くなる龍族のように、ダンジョン自体が持つ魔力に時間を掛けて適合していけば、あるいは後天的に『魔王』へと至ることも可能なのではないだろうか。
人間の寿命では、その時間が圧倒的に足りないだけで。
「それでは、駄目なのだ。この辺りは、周辺国家全てが潜在的敵国だ。長らく争い続け、一時手を組んでいても次の代では敵対することなどザラにある。国境線の定まり難い平野が多く、気候が安定しないことが原因だろう。過ごしやすい気候の時期は戦が減り、それが崩れた時は倍増していることが記録により確認出来ている」
学者のような口調で、言葉を続ける皇帝シェンドラ。
……コイツは、研究者としての顔の方が専門なのかもしれない。
「先代皇帝は融和政策を取っていたが、そのせいで弱腰と軽んじられ、どれだけの不利益をこの国が被り、いらぬ闘争を生んだことか。平和は誰もが望むと言うが、そんなものは嘘だ。この世は、力が必要だ。力無くして、安寧はあり得ん」
「……アンタだって、今まで散々戦争を起こして来たんだろう。こうして俺達と敵対することになるくらいにはな」
「それは受け身の姿勢によって起こる戦ではなく、能動的な行動による戦だ。無論、他者から見ればそこに違いは見出せぬかもしれんが、どちらにしろ私はこの国の皇帝だ。我が民を生かすためならば、他国を侵略することに躊躇いを覚えるはずもなし。フン、まあ……こうして失敗した訳だが」
そう言って、自虐的に鼻を鳴らす。
「結局私は、頭で考えるばかりの研究者だったということだ。考えることは出来ても計画を実行に移す能力はなかったらしい。しかし――貴様は違う。初代皇帝と同じく、迷宮に選ばれし者」
「…………」
「冥王屍龍と張り合える程の、規格外の力を持つ貴様がこの国の支配者となれば、周辺国は恐れ、尊重し、その武威を前に安寧が訪れるだろう。そして魔王。その場合、貴様にもメリットがあることはわかっているだろう? 魔王は迷宮の支配領域の大きさで行使出来る力の量が変わる。ローガルド帝国に広がる迷宮は、広大だぞ」
「……俺がこの国で虐殺でも始めたらどうすんだ」
「貴様がそんな無為なことに快楽を覚える馬鹿であるならば、そもそもそうやって協力など出来ておらんだろう。それに関しては、貴様達を信用しているのだよ、同盟軍」
いつの間にか、周囲には他の王達が揃っていた。
エルフ女王、獣王、ドワーフ王が揃い、俺達の会話にジッと聞き入っている。
「何も統治しろと言っている訳ではない。侵略者が来たらそれを討伐し、それ以外の面倒なことはここにいる他の王達にでも任せれば良いだろう。それはそれで利益になる以上、この者達はまず間違いなく断らん。――魔界王。私の出す条件は、これだ。戦争で負けたこの国が、この魔王の武の下で安寧を得ること。これを呑んでもらいたい」
「……ユキ君、どうかい?」
そう問い掛けて来る、魔界王。
「……一つ……聞かせろ。何故だ?」
いったい俺が何を聞きたいのかを正確に理解し、皇帝シェンドラはニヤリと笑みを浮かべ、言った。
「それが、王たる者の務め故。――我が民、託したぞ」
* * *
――それから程なくして、悪魔族達の副指揮官らしいデレウェスという男が現れ、降伏した。
俺の目的であった悪魔族頭領ゴジムは、どうやら知らないところで皇帝シェンドラと争い、すでに死んでいたらしい。
ヤツを殺してやりたいとは思っていたが……まさか、こんな結末になるとはな。
「……ここか」
――皇帝シェンドラが示した、帝城にある彼の私室。
そこに、ダンジョンコアは置かれていた。
「魔界王、いいんだな? これを俺が触ると、ここは俺のものになる」
「それが彼が出した条件だからね。ま、君が支配者になるなら問題ないさ。他の王達も納得済みだし、そもそも君がいなかったらこの戦争、冥王屍龍を倒し切れずに多分負けてるから、その報酬だと思ってくれ」
「……わかった」
俺はダンジョンコアに触れ――いつか幽霊船ダンジョンを支配した時と同じく、まるで手のひらに吸い込まれるようにして、瞬時に消失する。
メニュー機能を開き、マップを確認すると、新たにローガルド帝国周辺のエリア全てを見ることが出来るようになっていた。
これで『扉』が設置可能になり、いつでも魔境の森と行き来出来るようになった訳だ。
「どう、ユキ君」
「あぁ。無事に俺の支配領域になったようだ」
「とすると、ローガルド帝国の法により、次代の皇帝は君となった訳だね。おめでとう、これで君もまた僕達と同じ、一国の主だ」
笑う魔界王に、俺はげんなりした表情で答える。
「勘弁してくれ。俺は政治を知らないし、商売も知らないし、人心掌握の術も知らない。統治の方には一切タッチしないから、アンタらで上手いことやってくれよ」
「わかったわかった。ま、けど、名目上はユキ君が皇帝になるから、何かあったら君の指示が通るようにしておくね」
そんな会話を交わしながら、ふと俺は、皇帝シェンドラの私室に視線を巡らせる。
やはりあの男は、研究者だったようだ。
置いてあるのは、ズラリと文字が並んだ何かの研究資料に、様々な記録、実験器具ばかりで、贅沢をしている様子は一切感じられない。
むしろ、かなり質素な方なのではないだろうか。
――正義の反対は、正義。
月並みな言葉だが……そういうことなのだろう。
物語のようなわかりやすい悪など、そうそういやしないのだ。
「……厄介なものを押し付けやがって」
――いいだろう。
見てやるさ、面倒くらい。
これからは、俺の支配領域になるんだ。
敵からくらい、守ってやるよ。




