繋がるは死と生の輪舞《1》
おさらいしておくと、
種族無き同盟軍:ユキと魔界王陣営
人魔連合軍:皇帝シェンドラと悪魔族陣営
です。
「オラァッ!! 死にたくなかったらどっか逃げやがれッ!!」
帝都を囲う防壁を飛び越え、合流したリルの背に乗ってエンをぶん回し、敵部隊をボウリングのピンが如く吹き飛ばしていく。
少し前に剣聖に教えを受けたが、そのおかげか以前よりもエンが振りやすいのがわかる。
どのタイミングでどう振るのが効率が良いのか、身体が覚えたような感じだ。
短い教えでも、やはり結構変わるもんだ。
また、俺の周囲では、リル以外のペットどもがその本懐を遂げんとばかりに、好き放題に暴れ回っている。
巨大な赤蛇のオロチが、その巨体を生かし帝都の建物ごと崩壊させて敵部隊を蹴散らし、そのオロチの背に水玉のセイミが乗って適宜彼を回復。
大鴉のヤタは空から全員の目となって敵の位置を捕捉し、自らも風魔法を使用して攻撃を加えながら
俺達を誘導。化け猫のビャクは近付く者達を軒並み幻術で惑わし、そのおかげで敵の抵抗はほぼ無だ。
無論、敵とてやられるばかりではなく、生き残った魔物達をこちらに嗾けたり、入り組んだ地形を利用して死角から弓を撃って来たりしているが……まあ、あまりにも手強い魔境の森の魔物達と比べれば、正直脆い。
敵の操る魔物とか、俺でも百匹相手にして恐らく勝てるであろうレベルだし、弓とか基本的に当たらないしな。ビャクが俺達の位置を幻術で誤認させてるから。
あまり、敵の人間部隊と魔族部隊との連携が取れていないらしいというのも、あるかもしれない。
連合軍の魔族と人間は味方同士のはずなのだが、こう、それぞれ別で戦っている感じがあるというか。
敵が弱い分には、全然問題無いので、構わないんだがな。
「くっ……怯むな!! ダメージを与えられなくともいい、足を止めさせろ!!」
「帝国の未来は、この一戦に掛かっているぞ!!」
だが――どれだけ敵を蹴散らそうとも、抵抗が一切緩まない。
俺としては、別に好き好んで人を殺したい訳じゃないし、あんまりエンで斬りたくもないので、ビビって逃げてくれるとありがたいんだが……向こうも向こうで必死なのだろう。
現在俺達がいるのは、帝都を囲う防壁から、一つ踏み込んだところ。
これ以上這入り込まれると、敵としてはもう後がなくなる。
戦力自体はまだまだ残っているが、それを活かす場が無くなる訳だ。
ちなみに、まずは帝都防壁の正面門を開放するのが同盟軍の作戦だったようだが、俺と合流する時にオロチが突撃して普通にぶち破って来たらしく、そのおかげで作戦が前倒しにされ、こうして行けるところまで行こうと突撃を続けている。
オロチの身体のデカさは、もうそれだけで立派な質量兵器だな。
「全く……フィナルがこの軍の最高戦力と言ってのけたのも、頷ける話だな」
そう苦笑しながら話し掛けて来るのは、同盟軍の大将の一人である、獣王。
ヴァルドロイ=ガラードと名乗った彼は、獣人族の中の『獅子族』という種であるそうで、リューの種であるウォーウルフ達程ではなかったが、リルの姿を見て大分感動した様子を見せていた。
現人神じゃないが、やはりそんな感じの扱いである。
リルのヤツ、相変わらず人気があるよな……まあ、強い上にカッコいいことは否めないので、わかる話ではある。
他のペットどもも、是非とも今後長い時間を掛けて、そのレベルまで成長してほしいものだ。
「ま、俺達には特攻しか出来ないもんでね。そう言うアンタの方こそ、大将なのによくこんな最前線まで来たもんだ」
「フッ、俺も同じだ。我らは戦士の一族。戦うしか能がないもんでな。この調子ならば、三日もすれば帝都の制圧も可能だろう。ユキ殿の配下の魔物達のおかげで、門をこちらで押さえられた以上、まもなく本隊も――」
「グルルルゥ……ガウッ!!」
突如、ピク、と何かに反応したリルが獣王の言葉を遮って唸り声をあげ、俺達全員に注意を促す。
「ッ、リル、どっちだ?」
「グルルルゥッ!」
俺の言葉に、リルは地面に顔を向ける。
地下、か……?
イービルアイを用い、ある程度埋めたマップに映らないということから考えても、何かしら地下施設があるのかもしれない。
リルが警戒するレベルとなると、敵の秘密兵器か何かだろうか。
「むっ、ユキ殿、どうした」
「リルが強大な魔力を感じ取った! 多分相当強いのが出て来る、警戒を――」
『ギィィィヤアアアアアァァァッッ!!』
――鼓膜を突き破らんばかりに響き渡る、化け物染みた、悲鳴にも聞こえる咆哮。
刹那遅れ、ドォォォン、と低く唸るような轟音が、帝都の地面を揺らす。
「ッ、これは……ッ!! 作戦開始、作戦開始!! 全隊指定のポイントまで撤退せよ!!」
「撤退、撤退だ!! 急げ、巻き込まれるぞ!!」
同時に、連合軍の指揮官らしき者達が声を張り上げ、ここまでどれだけの被害が出ようと頑強に抵抗し続けていた人間の兵士達が、蜘蛛の子を散らすように撤退していく。
「な、何だ!?」
「何が起きた!?」
場に残されるのは、俺達同盟軍の兵と、敵であったはずの連合軍の魔族達である。
……敵の連係が取れていないというのは、薄々思っていたことだが、どうやら魔族達には知らされていない何らかの作戦があるようだ。
「獣王!! 何だかヤバそうだ、いつでも逃げられる準備を!!」
「わかった、貴殿は!?」
「俺は、とりあえずどんな相手か確認して来る!! こっちは気にしないでいい!! ――ヤタッ、音の方向はわかるな!? 俺達を先導しろ!!」
そうして獣王達夜襲部隊と別れ、俺達は一塊となって音の聞こえる先へと駆け出した。
『アァァアアガアアァァァ!!』
悲痛さすら感じさせる咆哮は絶えず帝都中に響き続け、同時に何か、建物が崩壊するような音も聞こえてくる。
……もしかして、地下から外に出ようと、帝都の地面を破壊しているのか?
「カ、カァーッ!」
その予想は当たりだったらしく、上空のヤタが何かが地面から地上へと這い出そうとしていることを、焦燥を感じさせる声音で俺達に伝えて来る。
我がペットの報告を聞くと同時、俺は翼を出現させてリルの背から飛び上がると、ヤタの隣で滞空し、先へと視線を走らせた。
崩壊し、土煙をあげる帝都の建物の向こう側に見える――骨。
ソレは、文字通りの化け物だった。
恐らく、別々の種族の骨を持って来て無理やり繋げたのであろう、継ぎ接ぎだらけの身体。
その全身にドクン、ドクン、と脈打つ赤黒い血管のようなものが走り、窪んだ骨の眼窩に覗くどす黒いヒトダマのようなものが、まるで眼球かのようにギョロギョロと動いている。
そして……龍を思わせる二本の角が生えた頭部の、その真ん中に突き刺さっているアレは、剣、か?
種族:アンデッドドラゴン
クラス:禁忌の死霊
レベル:?6?
称号:冥王屍龍、穢れし穢す者、死の支配者、人工死体、生み出された禁忌
「おいおい……マジか」
ツー、と冷や汗が流れ落ちる。
冥王屍龍……確か、以前ウチにやって来た精霊王が倒し、伝説として伝えられるようになった龍の呼び名だったはずだ。
死霊術の発動に失敗し、生者の肉を食らい生者の魂を欲する死霊の屍に生きたまま変貌してしまい、狂っておかしくなった、とレフィが言っていたのを覚えている。
レベルは見えないが、その身から放たれる強大な圧迫感からして、レフィと同じ災厄級――いや、全身が総毛立つような、押し潰されそうになる程の危機感は感じられない。
災厄級の一つ下の、大災害級くらいだろうか。
……それでも、俺より圧倒的な格上であることは間違いない、か。
そもそもとして、元が龍族だ。
エルフの里では、アンデッドドラゴンが襲いに来ていたが……『人工死体』、『生み出された禁忌』という称号を見る限り、これが敵の秘密兵器、という訳だろう。
この戦争に至るまでも、敵は死霊術やアンデッドを多用していたようだが、全てはこの骨を蘇らせるための実験だったのだろうか。
ただ――その制御は、あまり上手くいっていないのかもしれない。
同盟軍の者達に襲い掛かる様子はなく、地面から這い上がって来たその場に留まって、周囲の建物を瓦礫にすることに夢中になっている。
理性など欠片も感じられず、ただ迸る破壊衝動のまま暴れている感じだ。
「…………」
――逃げるならば、今ここだろう。
あの怪物は、レフィや精霊王なんかが相手にする程の、隔絶された力を持つ強者だ。
魔境の森で言えば、最も魔物が強い西エリアでも、余裕で生存出来るだけの力を持つ。
ネルと交わした、エンとペット達、そして自分の身を守るという約束を果たすことを考えれば、ヤツがまだこちらを標的として定めていない内に、さっさとトンズラこいて逃げるべきだろう。
同盟軍に味方をしていても、彼らのために命を賭す程の義理は、存在しないのだから。
だが……俺が逃げた場合、果たして同盟軍の者達は、アレを討伐出来るのか?
恐らく、無理だ。
自分で言うのもアレだが、同盟軍の中で最高戦力は、俺達なのだ。
その俺達がいなくなった場合、仮にアレを倒すことが出来たとしても、軍の壊滅は免れ得ないだろう。
撤退を決めたところで、果たしてアレを相手にして、どこまで逃げられるのか。
どの場合でも、大量の死者が出ることは確実だ。
――俺に、アレをやれるのか?
「――――」
そこまで考えた時、俺の脳裏に一つ、思い浮かぶものがあった。
相手は、すでに死しているとはいえ、伝説に残った程の龍族。
龍族とは世界最強の種族であり、何人も敵わない空の覇者である。
だが俺は――その彼らに対抗出来るだけの武器を、持っていなかったか?
直感に従い、アイテムボックスを開いて中から取り出したのは、古びてボロボロの、骨の槍。
――龍の里に行った際、龍族の長老からもらった、『神槍』である。
「……出来ることなら、一生死蔵しておきたかったんだがな」
このための神槍。