降下開始
ちょい書き直すかも。
――戦闘開始から、五日が経過した。
人魔連合軍の者達は、一時魔物達の制御を取り戻すが、手を変え品を変え繰り出される魔界王の策に翻弄され続け、魔物部隊はほぼ壊滅。
魔物以外も、この短期間ですでに連合軍は、全体の一割の兵を喪失していた。
種族無き同盟軍の者達も、それだけの激しい戦いになったため被害は出ていたが、面白いくらいに削れていく敵の姿を見て戦意を滾らせ、未だ開戦当初の熱気を保っていた。
ここまでは、同盟軍が優位に戦争を進めているが――彼らの総指揮官である魔界王は、本部テントの中で、戦闘詳報を見て険しい表情を浮かべていた。
――何かが、おかしい。
元々不可解なことの多いこの戦争だったが、やはり、おかしい。
どういう訳か、敵が、損害を度外視している節があるのだ。
こちらの策が上手く機能している、というのはあるかもしれないが、それにしても敵が大人しい。
宣戦布告してくる間近まで一切自分達の気配を感じ取らせなかった用意周到な敵にしては、あまりにも脆過ぎる。
何だか、敵の手の平の上で踊らされているような気持ち悪さがある。
時間稼ぎを狙っているのかと思い、周辺地域に偵察兵を放っているが、今のところ警戒網に引っ掛かるものは何も無し。
どこかから敵の援軍がやって来ている気配は微塵もなく、敵の別動隊が動いている様子もない。
この不確かな感覚、いつもならば情報が出揃うまで一旦立ち止まるのだが――そのために放った自身の右腕、音無の暗殺者とも呼ばれるルノーギルが、未だ帰還していない。
ルノーギルの密偵としての実力は、魔界随一であると魔界王は考えていた。
故に彼が帰って来ない以上、他の密偵を放っても意味はないだろう、とも。
であれば、警戒は続けつつも、自身の策を信じて突き進むしかない。
すでに賽は投げられたのだ。
フゥ、と息を吐き出すと、魔界王は椅子を立ち上がってテントから出る。
すでに夜も更け、立ち込める血臭や焦げ臭さは消えないが、大地に転がる大量の骸を夜陰の帳が覆い隠している。
ただ、夜番の兵も多くいるため活気は消えておらず、彼らに敬礼されながら簡易陣地の中を進んで行き、数分もせず目的地であった陣地の出入口部分へと辿り着く。
そこで待っていたのは、獣人族の王――ヴァルドロイ。
「来てくれたか、ヴァルドロイ君。君達の出番だ」
「任せよ。この大役、見事果たしてみせよう」
魔界王の言葉に、獣王は獰猛な笑みを浮かべ、コクリと頷く。
彼の背後に控えるのは、整然と並ぶ獣人と魔族からなる混成部隊。
足が速く、夜の闇をものともしない夜目を持った――つまり、夜襲を得意とする者達が揃えられ、濃密な闘気と殺気を身に纏っている。
その顔には、光の反射を抑えるため幾つかの塗料で迷彩を施され、着込んだ鎧も腰に備わった剣も、くすんだ色になるようペイントが施されていた。
「……それにしても、本当に君も前線に出るのかい? 確かに、彼らの指揮を頼みはしたけれど……」
「俺がここに残っても、何もすることがないからな。案ずるな、なるべく俺自身は戦わんようにするさ。仮に死したとしても、後任に関するあれこれはすでに終わらせてある。この戦争が終わるまで、もはや我ら獣人族が止まることはない」
「……わかった。念を入れるようだけど、魔物の攻撃でほとんど無効化したものの、まだ残っている罠もある。事前にエルドガリアさんが示した安全なルートを通るように頼むよ」
「あぁ、設置されていることがわかっている罠にわざわざ突っ込む真似はせん――」
と、彼らが話しているその途中で、エルフの伝令兵が足早に駆け寄り、声を張り上げる。
「報告! 右陣にて人工アンデッドが出現! 現在、夜番の兵が交戦中です!」
「ん、来たか。数は?」
「およそ三十です!」
「わかった。すぐに援軍を送ろう。けど、そちらだけに目を向けてはダメだ。恐らくそっちは陽動、どこか別の場所から奇襲を仕掛けてくる可能性がある。監視網を密に。敵は転移魔法を使って特定の座標から兵を送り込めるようだからね」
「ハッ!」
フィナルの指示は、エルフの兵士達が持つ魔法『ウィスパー』によって即座に陣の端まで伝わっていき、俄かに同盟軍の陣営が騒がしくなり始める。
「む、フィナル、我らはこのまま作戦を進めていいのか?」
「あぁ、こっちは気にしないでいいよ。こっちに流れを取られているから、向こうはそれを取り返したいんだろう。ここで作戦を中止することは、敵に利することになるからね。こっちはドォダ君と協力して対処するよ」
「おうよ、防衛は儂らに任せな、獣人の!」
ガッハッハ、例のアンデッドか、斬り甲斐があるのう! と豪快に笑うドワーフ王ドォダの姿を見て、獣王はフッと笑いを溢す。
「了解した。戦友がいると頼もしいものだ。うむ、任せたぞ、山の」
ガッチリとドワーフ王と握手を交わすと、獣王は背を向け、控えていた部隊と共に夜陰の中を出撃して行った。
「ドォダ君、人工アンデッドの対処は頼んだよ。まだまだ出て来る可能性はある、今日の夜は長くなるって覚悟しておいて」
「なぁに、鍛冶をする時にゃあ、一日二日とぶっ通しで槌を振り続ける時もある。それに比べりゃあ、斧をぶん回しているだけでいいこっちは、まだ楽ってもんじゃぜ!」
ニヤリと笑い、ドワーフ王は傍らの斧を肩に担ぎ上げると、「てめぇら、仕事の時間だ!!」と部下のドワーフ達に発破を掛け、奇襲を受けた右翼の援護へと向かって行った。
そうして彼らが行動を開始したところで、魔界王は部下へと指示を出す。
「よし、飛行船部隊に作戦開始の合図を」
* * *
ピク、と身体を反応させ、エルフの兵士が声を張り上げる。
「船長殿! 今、合図が来ました。作戦開始です!」
「うむ、わかった。――聞いたな、お前達。ようやく我らの飛行船の性能を見せつけられる時が来た。本国からも、存分に売り出して来いと言われている。忌々しい帝国の連中に、目にもの見せてやるぞッ!!」
『応ッ!!』
「全艦待機を解除、前進開始ッ!!」
「前進開始!」
「前進開始!」
船長の号令の後、船員達が一斉に行動を開始し、上空待機していた俺達の乗る飛行船が前進を開始する。
エンジンが唸りをあげ、身体の芯を揺らすような轟音が鳴り響くが、乗船している魔術師部隊が音を遮断する効果の魔法を発動しているため、これらの爆音は外へは漏れ出ていないそうだ。
また、船体全体も黒一色で統一され、イリュージョンマスターと呼ばれているらしいレイラのお師匠さんがこの船に張り付けた幻術により、空と一体化――つまり光学迷彩の効果を発揮しているため、外からは視認出来ないようになっているようだ。
ただ、ダンジョンの『マップ』の機能を使えるであろう敵ならば、侵入者が動いていることに気付いているだろうが――魔界王は、マップ機能を逆手に取り、一つ策を立てた。
マップで見られる敵の位置は、平面で表示される。
つまり、上下がわからない訳だ。
そして魔界王からの合図が来たということは、現在地上を夜襲部隊が進んでいるはずであり、その上を姿を隠した俺達の飛行船が飛んでいることになる。
敵がこちらの動きに気付いても警戒するのは地上部隊の方、という算段で、その間に飛行船に乗船している部隊が空挺降下して帝都内に侵入、後はそのまま敵中枢を奇襲したり、地上夜襲部隊の掩護に行くなり、というのが仕事である。
――同盟軍の兵士達を見ていてわかったことだが、魔界王は上手く種族ごとの特性を生かして、軍を動かしているようだ。
例えば、この船に作戦開始の合図を告げたエルフの兵士のような、エルフ族。
エルフは肉体の強靭さで言えば他種族に一歩劣るようだが、その代わり長い生の中で磨かれた魔法技能を持っているため、『法撃隊』と呼ばれる魔術師部隊や魔法を用いての通信兵の役割なんかを熟しており、かなり便利扱いされている様子が窺える。
逆に獣人族とドワーフ族は、魔法技能は普通だが肉体の強靭さがずば抜けて高く、もっぱら最前線で斬った張ったを熟す主力として陣に参加している。
魔界王の策で引き込まれた魔物達が、彼らの一撃で一刀両断される様子も見ていたのだが、中々に痛快だった。
そして魔族と人間は、ほぼオールマイティに仕事を熟している感じだ。
魔族は多様な種族がいることを活かし、それぞれが得意とするものに合わせて陣に割り振られており、対して人間は、やはり他種族と比べると身体能力も魔法技能も弱いが、その代わりに有している細かい技術や高い統率能力で軍に貢献しているようだ。
簡易陣地の作成やトラップの設置なんかはもっぱら人間達の役割で、弓の斉射など、数と統率が必要になる場面でも人間は頭一つ抜けて強いと言えるだろう。
ちなみに俺以外の降下奇襲部隊の者達は、全員翼持ちの魔族だ。
やっぱり自前で飛べるってのは、強いよな。
「降下三分前!!」
と、そんなことを考えていると、船員が声を張り上げながら飛行船の扉を開け放つ。
「ユキ殿、準備を」
「ん、わかった」
魔族の兵士の言葉に頷き、俺は『遠話』機能を発動して待機させていたペットどもに指示を出す。
「出番だ。オロチ、リル、お前らが前衛、ビャクとセイミは前衛の援護を。ヤタ、お前は上から見て敵の偵察だ。突破出来そうなら俺と合流、無理そうなら味方を助けてやれ。――まあ、要するに魔境の森とやることは変わらん。あそこと比べて敵は圧倒的に弱いんだ、存分にぶっ殺して来い。こんなところで死ぬんじゃないぞ」
ペットどもの気合の入った返事に一つ頷いてから、俺は振り返り、降下奇襲部隊の見送りに来ていた飛行船の船長に声を掛ける。
「船長、そういえばまだ、しっかり互いに名乗ってなかったな」
「む……確かにそうだったな」
「降下開始!! 降下開始!!」
「行くぞ!! 我らに勝利を!!」
魔族の兵士達が、次々に飛び降りて行く中、船長は男前な笑みを浮かべると、軍人らしいキッチリとした敬礼をする。
「自分はエルレーン協商連合所属、第一航空旅団長ゲナウス=ローレイン大佐であります。どうかご武運を」
「俺は魔王ユキ。故あってこの軍に参加している。そちらこそ、無事にこの戦争を生き抜いてくれよ。俺、ウチの子達にアンタらの造った飛行船を見せてやりたいからな」
「なんと、ユキ殿は子持ちだったか。フッ、いいぞ、その時は是非ともこれに乗せて、観光案内をしてやろう」
握手を交わしたのを最後に、俺は片手にエンを掴んだまま、飛行船の扉から一気に夜空へと飛び降りた。
大気を斬り裂く自由落下の最中、隠密スキルを起動して姿を隠し、二対の翼を出現させて姿勢制御する。
速度はほとんど落とさず、ぐんぐんと近付いて来る帝都の街並みを見据え、地面に辿り着く数瞬前に思い切り翼を広げることで急ブレーキを掛け、音を最小限にして石畳の床に着地する。
駆け抜ける重い衝撃を膝をクッションにして受け流し、即座に虚空の裂け目を開いて中から取り出した十数個のイービルアイを放つ。
耳を澄ませると、地上を進んでいた部隊の方はすでに見つかってしまったようで、帝都を囲う防壁の方から喧噪が聞こえて来ている。
すでに戦闘が始まっているのだろう。
「ユキ殿! 我らはこのまま内側から他部隊の援護に向かうつもりだ。手助けを頼む!」
俺以外の降下部隊も無事着地に成功したようで、彼らの指揮官らしい者が部隊を整えながらそう声を掛けて来る。
「おう、任せろ! 行くぞ、エン。まずはペットどもと合流しよう」
『……ん!』
――こうして俺とエンは、帝都内の侵入に成功した。




