ネル達の現状《1》
前回のあらすじ:レフィの特訓に付き合っていたら、大規模遠征で出ていたネルから連絡が入り……。
『――やぁ、ユキ君。久しぶり。元気にしてたかい?』
「……何でお前が出て来んだ」
すぐにダンジョンに戻り、俺の作業台の上に置かれている通信玉・改を手に取ると、聞こえてきたのはネルのものではない声。
俺の記憶違いでなければ――この声と喋り方は確か、魔界の王、フィナルのものだ。
『君と連絡が取れるツールを勇者ちゃんが持っているって言うから、少しだけ借りさせてもらったんだ。君と話がしたくてね』
と、その言葉の後に、聞き覚えのある嫁さんの声が聞こえてくる。
『おにーさん、ごめんね、突然。どうか、力を貸して欲しい。詳しいことは魔界王様が説明してくれるから、話を聞いてほしいんだ』
「……まあ、お前がそう言うなら話は聞くが」
『うんうん、仲が良いみたいだねぇ。魔王の君と勇者ちゃんが夫婦と聞いた時は面白いものだと思ったけれど、中々ラブラブなようで何よりだ』
「切るぞ」
『ははは、ごめんごめん、冗談だ』
相変わらずの様子で楽しそうに笑ってから、魔界王は言葉を続ける。
『それじゃあ、手短に僕らの現状を言おう。エルフの里で、僕と、人間の王と、エルフの女王で会談をしていたら、君とも因縁のある悪魔族の子達に襲撃を受けた。それ自体は、みんなのおかげで撃退出来たんだけれど、どうも一杯食わされたみたいでね。ちょっと面倒なことになっちゃった』
エルフの女王は知らないが……人間の王っていうのは、ネルがいることから考えるに、アーリシア国王だろう
なるほど……ネルが言っていた『大規模遠征』というのは、これのことか。
そして――悪魔族。
「面倒?」
『うん。エルフの里周辺に、悪魔族の子達が放ったとっても強い魔物がうろついていてね。――アンデッドドラゴンだ』
「何じゃと……?」
俺の隣で話を聞いていたレフィが、眉根を寄せる。
「それは……そのまま、龍族のアンデッド、か?」
『そうだよ。どこかにあった龍族の死骸を掘り起こして、アンデッドとして蘇らせたらしい。アンデッドである以上、生きていた頃よりは弱くなっているはずなんだが……少しだけちょっかいを出してみたら、地形が変わっちゃってね』
……死体を兵隊に、か。
相変わらず、クソみたいな所業だな。
死してなお、その者を戦わせることが出来るのならば、それは為政者にとって夢の部隊だと言えるだろうが、その領域に手を出すのは死者に対するとんでもない冒涜だろう。
別に俺は信心深くも無いし、何らかの確固たる宗教観を持っている訳じゃないが……単純に、気持ちが悪い。
吐き気がする邪悪さだ。
前世でゾンビ映画は好きだったが、あれはフィクションだからこそ面白いのだ。
『僕達だけで討伐しようとしたら、被害がとんでもないことになりそうなんだけど……君は以前、成龍を倒しているだろう? だから、手を貸してほしいんだ。無論、僕らの命を救ってくれることに対する対価は、十分に払おう』
「……とりあえず、話はわかった。ネルに変わってくれ」
『いいよ。ネル君、呼んでるよー』
全然焦った様子のない、のんびりした口調の魔界王の声の後、ネルの声が聞こえてくる。
『変わったよ、おにーさん』
「ネル、お前にケガはないか? 襲撃を受けたんだろ?」
『大丈夫! 僕は魔王のお嫁さんだからね。ちょっとやそっとの襲撃で、ケガを負ったりなんかしないよ!』
本当に元気そうな声で、そんな言葉が返ってくる。
……心配させないようにしているのだとしても、この様子ならば、大丈夫そうだな。
「わかった。なら、すぐにそっちへ向かおう」
『ごめんね、おにーさん。巻き込んじゃって……』
「気にすんな。お前は俺の大事な嫁さんだからな、当たり前のことだ」
俺の嫁さんがピンチ。
ならばどんな時でも助けに行くのは、決定事項だ。
「お前のいるところは大体通信玉・改のおかげでわかるが、こっから飛んでくとなると、どれくらい掛かるかわかるか?」
『ええっと……このエルフの里は、魔界のちょっと下辺りにあるんだ。だから、おにーさんが飛んできたら、二日か、三日掛からないくらいだと思う!』
「よし、なら二日で行こう。待ってろ。そっちは無理なことをして、被害を増やさないよう気を付けてくれ」
『わかった! ――ありがとう、おにーさん。大好きだよ!』
その通信を最後に、通信玉・改から声が聞こえなくなった。
「よし……という訳だ、お前ら。俺はすぐにでも準備してこっちを出る」
「ユキ、儂も行こう。相手は屍であったとしても、龍族。万全を期すならば、儂も行くべきじゃろう」
「……わかった、頼む。リュー、レイラ。いつも悪いな、こっちのことは頼んだぞ」
「任せてくださいっす! ピンチの時は助け合うのが家族っすから! ね、レイラ」
「はい、お任せをー。何かありましたらすぐに連絡しますから、こちらのことは私達でどうにかしますからー」
グッと拳を握り締めるリューに、頼もしい微笑みを浮かべるレイラ。
俺は一つコクリと頷き、『遠話』を発動してペット達を草原エリアまで来るように呼び寄せ、そして遠出の準備を始めた。
* * *
「さて……これで、状況を打開する目途は立ったね」
「……まさか、あの男が魔王だったとは……」
「あれ、知らなかったのかい? 聖騎士のおねーさん。面識はあるんだろう?」
不思議そうな魔界王の言葉に、女騎士団長カロッタはコクリと頷く。
「えぇ、彼があまり、正体を知られたくなさそうだったので、我々も詮索しないようにと気を付けておりましたから。非常に有能な味方である以上、藪をつついて蛇を出す訳にはいきませんでしたので……」
「あはは、なるほどね。出て来たのは蛇どころか、大災害級くらいはありそうな大蛇だった訳だ」
「あ、あの……カロッタさん……」
不安げな顔をするネルに、カロッタは一つ息を吐き出して答える。
「いい、何も言うな。お前が黙っていた事情もよくわかるし、仮面自身自らの正体がバレると支障が出ると考えていたから、最初は顔を隠していたのだろう。だが、それでも奴は我々のために様々な仕事をした。ならば私は、何も言わん。陛下も恐らくは、知っていらっしゃったのでしょう?」
「あぁ、知っていた。すまぬ、国の恩人が人間ではないとなると、色々と不都合があったものでな」
そう答えるのは、アーリシア国王レイド。
「仰りたいことはわかります。ようやく落ち着いた政争を、再度ぶり返すような事態は好ましくない。私も、このことは聞かなかったことにしておきましょう」
「うむ、助かる」
「カロッタさん……ありがとうございます!」
「全く……流石に驚いたぞ、ネル。ま、あの男の、ちょっとおかしな強さを考えてみれば、納得ではあるがな」
そう言って、カロッタは苦笑を溢した。
「――そうじゃ、感謝するぞ、人間の勇者よ。余が片腕を失ったままでは、エルフの守りの戦力は激減する。この礼は必ず」
と、ネルがユキに持たされ、所持していた上級ポーションで食い千切られた腕を治療したエルフの女王ナフォラーゼが、小さくだがしっかりと頭を下げる。
「いえ、礼は大丈夫です。その分、僕達人間と仲良くしていただければ、幸いです」
「クックッ、そうか。これは一枚、強いカードを与えてしまったようじゃな、人間の王よ」
「私としては、後で彼女にどのような褒美を渡せばよいか、悩ましいところだ。あのポーションは、彼女自身の持ち物だからな」
「それは確かに悩ましいのう。どれ、余が褒美に適当なシロモノを譲ってやろうか」
「……それはつまり、間接的だが貸し借りがゼロになるということだろう? 遠慮させていただこう」
「おっと、気付かれてしもうたか」
困り気味の笑みを浮かべる彼にからからと笑い、それからエルフの女王は魔界王へと言葉を掛ける。
「それで……フィナルよ。あの魔族が使っていた剣、あれは何なのじゃ? ヌシは、ある程度情報を得ておるのであろう?」
「全てを知っている訳じゃないけどね。あの大剣は、恐らく『トートゥンド・ルーイン』という、災厄級とも分類されたことのある呪いの魔剣だ。記録には、四代前の魔界王の治世で出現が確認されている」
「四代前というと……千七百年近く前じゃな」
――レフィが生まれるよりも、さらに前の時代。
ネルは脳裏でそんなことを考えながら、魔界王の説明に耳を傾ける。
「そうだね、その頃だ。血を吸い、斬った者の恨みや憎しみを吸い、それを糧にして成長する。まあ、呪いの魔剣っていうのは、大なり小なりそういう性質はあるんだけれど――あの大剣は、話が別だ」




