空島デート《1》
魔境の森には、『空島』が存在する。
どういう原理か全くわからんが、島と呼ぶに相応しい規模の山のようなものがプカプカと上空を浮かんでおり、一定の軌道を周回しているのだ。
高度は雲の上。
周回範囲は結構広いようで、魔境の森で見えなくなったと思ったら、数週間後にいつの間にか再び見えるようになった、ということがよくある。
そしてこの空島、実は以前に一度、リルは空を飛べないので一人で探検しに行ったことがあったのだが……それはもう、酷い目にあった。
とにかく、魔物が強かったのだ。
位置的には魔境の森の北エリアと東エリアの、一番奥の辺りを周回している感じなのだが、魔物の強さとしては、魔境の森で最も魔物の強い西エリアのヤツらと同レベルの強さはあっただろうと思われる。
あそこは、あの空島単体で、独自の生態系が繰り広げられているのだろう。
そんな酷な環境なので、前回は上陸すらロクに出来ず、ひたすら魔物どもに追いかけ回され、「ぬおおおおお!?」と命からがら逃げだした、という場所なのだが……あの空島は探検出来たらロマンたっぷりで面白いだろうし、確実に景色もいいだろう。
そして現在、周回する中で、一番ウチから近い魔境の森の領域内を飛んでいることも事前の調べでわかっている。
ならばこれは――リベンジするしかないだろう。
「という訳でレフィ、空島に行こう」
青空の中、俺は隣を飛ぶレフィにそう言った。
「どういう訳かわからんが、なるほど、あの浮島に向かっておったのか。確かにあそこならば景色も良いじゃろう。中々に良いちょいすではないか」
「だろう? 最初は、扉も繋げてあるし人間の街にでも行こうかと思ったけど……お前、買い物とか別に、興味ないだろ」
「食材の買い物なら興味あるぞ」
「いやお前、滅多に料理しないだろうが」
そういうのは、普段から料理するヤツが言うセリフだろうに。
「勿論、儂の覇龍としての超五感で良い食材を見分け、レイラに渡すためじゃ」
その五感、もうちょっと別の場面で発揮したらいいのに、と思うのは俺だけだろうか。
いや、実際助かってるんですけどね。
食材悪くなってる時とか、逆に食べ頃になってる時とか、まず最初に気付くのレフィだし。
「……そういう反応をするだろうとは半ば予想してたからな。それだったら、お前と空島探検した方が面白いかなと思ってさ。やべー魔物がいるのがちょっとアレだけど、お前がいれば向こうが勝手に逃げてくだろうし」
「そうじゃな、確かに人間の街よりはそちらの方が面白そうじゃ。魔物は、確かにそこそこ強いが……ま、仮に襲って来たとしても、儂がしかと守ってやろう」
「キャーッ、レフィ様、おっとこまえーっ!」
「やっぱり、お主が自分で何とかせい」
「はい、冗談ですごめんなさい!」
コンマ一秒も置かず勢いよく謝ると、些か呆れた顔を浮かべるレフィ。
「お主は本当に、調子の良い男じゃのう……」
「いやぁ、お前とこうして、二人で出掛けるのが嬉しくてさ! レイラ達にも、美味そうな弁当作ってもらっちゃったしな!」
「わかったわかった、じゃから、わざわざ見せんでよいわ。その弁当を貰う時に儂もおったじゃろうが」
アイテムボックスからランチボックスを取り出し、高く掲げる俺に、我が嫁さんは苦笑を浮かべ、さっさとしまえと言いたげに手をひらひらさせる。
「全く、童女どもでもあるまいに……ほれ、さっさと行くぞ。空島までは、少し距離があるじゃろう。あまりのんびりしておると、着いた頃には昼になってしまうぞ」
「む、それもそうだな! よしレフィ、速度上げるぞ!」
「あっ、ちょっ……はぁ、全く。どこへでも付いて行ってやるから、そう焦るな」
まるで幼女達に対する時のような柔らかな口調でそう言い、レフィは俺を後ろから追いかけた。
* * *
それから、魔境の森の空を飛ぶこと、一時間程。
――山脈の向こう側、雲の切れ間に覗く、巨大な影。
「お、見えた!」
「あれじゃな」
俺とレフィは一気に上昇し、雲を突き抜け、その上へと躍り出る。
そして、俺達の眼前に現れたのは――大地から切り離され、孤高に存在し、しかし尚悠然と大空に浮かぶ島の姿。
一目見ただけで、こちらの心を鷲掴みにするようなその光景に、グッと胸が熱くなる。
俺は、広がる絶景を前に、グッと拳を握って叫んだ。
「すごいぞ! ラ〇ュタは本当にあったんだ!」
「何じゃて?」
「何でもない」
言わなきゃいけない気がしたので。
「らぴゅ……あぁ、お主が以前に話しておった物語か」
「お、何だ、覚えてたのか」
「中々面白い話じゃったからの」
ジ〇リは一通りウチの住人達に布教してあるのでね。レフィもしっかり覚えていたようだ。
いやぁ、よく「何かお話して!」と幼女組にせがまれるので、最初は俺の知っているおとぎ話なんかをしていたのだが、だんだんレパートリーが尽きて来てな……。
それである時、おとぎ話と称してジ〇リを語り始めたら、思った以上に幼女組が大喜びだったので、それ以来よく話すようになったのだ。
しかも、〇ブリだと一つ一つの話が長いから、「今日はここまで」とかにして先延ばしに出来るからな。
そんなすぐに話し終わることもない。
やっぱすげぇよ、ジ〇リは。異世界人の心も鷲掴みにしちゃうんだからなぁ。
あ、ちなみに、今はディ〇ニーとか何かのアニメとかもレパートリーに加えてあります。
「それにしても、前はこの時点で魔物に襲われたんだが……やっぱレフィがいると襲われねぇなぁ」
「フフフ、儂の偉大さを思い知ったか?」
「あぁ。虫よけスプレーみたいだなって」
「虫よけすぷれー!?」
俺の言葉に、愕然とした表情を浮かべるレフィ。可愛い。
「やっぱり俺、お前のその表情超好きだわ」
「この流れでそう言われても全く嬉しくないんじゃが!?」
「ハハハ。それじゃ、さっそく上陸しようか」
「おいっ、笑って誤魔化すでないわ!!」