ペット達の成長《2》
――魔境の森の奥地に向かって進むこと一時間程、西エリアへと入り込んだ頃。
「お、いたぞ」
俺達の少し先にいるのは、頭部に角を持ち、ハリネズミのようにトゲトゲの身体をした、カメレオンのような魔物。
寝転がっていたところからのそりと首を起こし、蛇のように舌をチロチロとさせながら「シーー」と息を吐き出して、こちらに「これ以上近寄るな」と威嚇している。
ちなみにコイツも、サイズはリル相当である。
強さも、やはり西エリアの住人として相応しいだけのステータスを有しているが、俺とリルならば、まだ単独でも撃破出来るぐらいの相手。
今のペット達だけならば、どれぐらい戦えるのか。
「あの魔物、お前らだけで戦ってみろ。リル、お前は今回待機だ。リューを守っとけ」
「クゥ」
俺の言葉に、コクリと首を縦に振るリル。
「リル様、お手数をお掛けするっす!」
「……エンは?」
「エンもまだ待機だ、リューの近くで警戒していてくれ」
「……ん、わかった」
「そんじゃあ――行け!」
そして、我がペット達は戦闘を開始した。
まず突っ込んだのは、オロチ。
その巨体を生かし、弾丸の如き勢いでカメレオンに向かって突進をかます。
ただ、少し距離があったため、カメレオンはオロチの攻撃を見極め、横に走って逃げ――られない。
恐らく、幻術使いのビャクに幻術を掛けられたのだろう。
方向感覚が狂わされていたらしく、一瞬おかしな方向に回避しようとして、オロチの突進をモロに正面から食らう。
「おぉ、やるなぁ」
「うひゃー、あんな突進食らったら、ウチだったらバラバラっすねぇ」
「……エンなら、そのまま真っ二つにする」
「ハハ、そうだな、エンの斬れ味ならそれも出来るな」
実際に自分が攻撃されたらどうするか、ということを考えているらしいエンの言葉に、俺は笑って彼女の頭をワシャワシャと撫でてから、再び戦闘の方へと目をやる。
カメレオンも、流石西エリアの魔物といったところか、自分が魔法を掛けられているということには気付いたらしく、突進の直前で攻撃を受け流すように動いてダメージを少なくしたようだが……主導権は、完全にウチのペット達が握っている。
即座に反撃として、カメレオンが全身を膨らませ、身体の針を全方位に向かって射出するが、先んじてヤツの周囲に水のバリアを張っていたセイミの防御により、その攻撃は失敗。
と、ヤツは押されている現状がよくないと判断したのか、何らかの魔法を使ったらしく突如その身体が空間に溶け込み始め、消え去ろうとするも――しかし、その魔法もまた失敗に終わる。
上空でタイミングを見計らっていたヤタが一気に急降下を始め、その嘴でカメレオンの前脚を抉り取り、意識外からの攻撃に動揺したのか消え去ろうとしていた身体が元に戻って空間に露わになる。
血飛沫を散らしながらも、しかし自身の横を飛び去ろうとするヤタに、お返しとばかりに頭部の太い角で突き刺そうとし――そこに再び、オロチが突っ込んだ。
「シャアアア!!」
カメレオンの意識がヤタに向いたのを見て、すかさず攻撃に移ったオロチは、その鋭い牙でヤツの首筋に食らい付く。
一瞬見えた限りだと、牙が毒々しい色をしていたので、恐らくオロチが持つ固有スキル『毒牙』を発動していたのだろう。
しばしバタバタと暴れていたカメレオンだったが、急所に毒を注入され、段々とその動きが鈍くなっていき……やがて、動かなくなった。
我がペット達の勝利である。
「おーし、お疲れ!」
ちょっと誇らしげな様子で、こちらに戻って来る可愛い我がペット達を、労うようにポンポンと撫でる。
うむ、余裕の戦闘だったな。
オロチがタンク兼純アタッカーでタゲ取りを行い、ヤタが戦闘を掻き回し、意識外からの一撃を確実に敵に加える。
ビャクが幻術で敵を欺き、セイミは今回防御魔法しか使っていなかったが、ヤツの得意とするものはバフデバフに回復魔法なので、いつもはそれらも駆使して戦闘を有利に進めるのだろう。
元々、そういう構成になるように俺がこの四匹を呼び出した訳だが、しっかり形になっている。
普通に強い。
ステータス的にはまだ相手の方が上だったが、四匹で連携すればこんな有利に戦闘を運ぶことが出来るのか。
しかも、今回は戦闘に参加していなかったが、普段ならばさらにここに、完全遊撃要員、我が家の頼れる狼さんことモフリル君が加わる訳だ。
フフフ、いいじゃないか、我がペット達よ。
ならば次は、リルも混ぜた戦闘を見せてもらうとしよう。
「さ、この調子でどんどん――っと、また来たな」
戦闘音を聞きつけたのか、索敵スキルに反応。
距離は二百メートルも離れていない。恐らくすぐにこちらへと辿り着くだろう。
全く、相変わらず魔境の森は魔物が大量だな。
俺のDP収入が上がるからいいんだけどよ。
「お前ら、次が来るぞ。構えろ」
と、すぐにカサカサカサ、と音が聞こえ始め、俺はその方向に顔を向け――その瞬間、ゾワリと総毛立つ。
――黒光りするボディ。
長い触角に、トゲのある足。
魔境の森の魔物らしく、俺が知っているヤツより相当にデカいが……間違いない。
次に現れたソイツは、名前を呼んではいけない、黒い悪魔。
火星に送ったら、二足歩行になって「じょうじ」とか言い出しそうな、台所でよく見る異能生存体――『G』であった。
「きゃああああああああ!?」
魔境の森に鳴り響く、甲高い悲鳴。
――ちなみに、俺の悲鳴である。
「ご、ご主人? ど、どうしたんすか? あの魔物、そんなにヤバい魔物なんすか?」
「あ、あぁ、ヤバい! もう、こう、とにかくヤバい!! お、お前ら、アイツをさっさとぶっ殺せ!! リル、お前も行け!!」
突然様子が豹変した俺の指示に、我がペット達は若干面食らった様子を見せるが、すぐに指示通り動き出し、迎撃に移る。
ただ、どうやらコードネーム『G』は、強さ自体は大したことないようだ。
俺の様子を見て、事態が深刻であると勘違いしたリルの本気の一撃を食らい、なす術もなく頭部を潰され、ぶちゅっと気持ち悪い色をした体液を飛び散らせ……。
「ヒィィ!?」
「ご、ご主人!? 大丈夫っすか!?」
「……主、落ち着いて」
両手に感じるリューとエンの手の温もりに、ハッと我に帰る。
あ、危ねぇ……あまりに気持ちの悪い光景にSAN値がごっそりやられ、危うく発狂するところだった。
「――って、ばっ、やめっ、リル!! こっちに来るな!! そんなモン咥えてないで、ぺってしなさい!! ぺっ!!」
恐らく、珍しく魔物相手に狼狽えている俺を安心させようとしたのだろう、Gの死骸を口に咥えこちらに来ようとしていたリルは、俺の言葉に「えぇ……」と何とも言えないような顔をして、ペッと吐き出す。
俺は、もうひと時もヤツの死骸を見ていたくなかったので、即座にDPへと変換し、この場から存在を抹消した。
「フゥ……危なかった。俺の精神が壊れるところだった」
「そうっすね、かつて聞いたことのないような甲高い悲鳴をあげてたっすもんね」
う、うるさい。
仕方ないだろ、ヤツらは人類にとって、絶対に相容れない敵なんだから。
それに昔、廊下になんか黒いものが落ちていると思ってよく見ようとしたら、それがブーンとこっちに向かって飛んで来て……ウッ、頭が。
ダメだ、これ以上思い出してはいけないと、脳が拒絶反応を示している。
「……主、弱点が多いから、時々あんな感じになる」
「へぇ、そうなんすか。エンちゃんはご主人のこと、よく知ってるっすねぇ」
感心した様子で、エンの頭を撫でるリュー。
エンもイルーナもシィも、背丈がすごく丁度いいので、大人組は皆、彼女らの頭をすぐ撫でたくなるのである。
――というか、そんなことは今はどうでもいいのだ。
「聞け、我がペット達よ。これからヤツらを見つけたら、即刻駆除しろ。絶滅させる勢いで――というか、絶滅させろ。じゃないと、下手すればこの森がヤツらに滅ぼされるぞ」
「さ、さっきの魔物、そんなに危険な魔物なんすか?」
「あぁ、危険だ。間違いなくな」
恐れ戦いた様子のリューに、俺はコクリと頷く。
ヤツらの繁殖能力を舐めてはいけない。色んな場所で幾度となく言われていることだが、ヤツらは一匹見つければ三十匹は近くにいるのだ。
しかも、あのサイズである。放っておいたら、この星なんて簡単にヤツらのための星へとテラフォーミングされてしまうだろう。
何より――魔境の森でヤツらが蠢いているのだと考えただけで、鳥肌が立つ!!
「現刻を以て、『G殲滅作戦』を発令する。いいか、これは世界を救うための戦いだ。ヤツらには慈悲を与えるな。殺せ、滅ぼせ、その姿をこの森から抹消しろ。そして、これが一番重要なことだが――俺の見えていないところで狩れ!!」
鬼気迫る表情の俺の言葉に、気圧された様子で我がペット達はコクコクと頷く。
――こうして、世界の命運を掛けた『G殲滅作戦』は我がペット達により人知れず決行され、人類滅亡の危機は誰にも知られることなく、回避されたのだった……。