閑話:男は皆昔、ショタだった《1》
長くなったので分割。
――それは、朝のことだった。
「な、な、な、な、な」
壊れたレコーダーのように同じ言葉を繰り返しながら、固まる俺。
その視界に映っているのは――俺の身体、であるはずのもの。
だがしかし、首を曲げ、見下ろした先に見えるその身体は――小さい。
細い腕に、細い手足に、細い胴体。
そこに筋肉はほとんど付いておらず、プニプニという表現がしっくり来るような身体付き。
寝間着はダボダボで、袖など半分以上余ってしまっており、自分がとんでもなくマヌケな恰好をしていることがわかる。
――俺の身体は何故か、小学校低学年程のサイズにまで、縮んでいた。
「何っじゃこりゃああああああ!?」
身体の奥底から迸る絶叫。
だが……その俺の声もまた、普段の俺の声より大分甲高い。
何だこれは。
どういうことだ。
いったい、何が起きた。
「…………フゥ」
一度深く深呼吸し、俺は混乱する頭に冷静さを取り戻させていく。
――落ち着け、俺。状況を把握しろ。
俺の意識がしっかりとあり、身体の感触も何らおかしなところがないことから、これは夢ではなく、実際の俺の身体であることは間違いなさそうだ。
……何の脈絡もなく、こんなことになるとは考え難い。
ならば、よく考えろ。
身体は子供、頭脳は大人の名探偵フォームに俺の身体が変化した原因が、何かあるはずだ。
思い当たる節は……思い当たる節は……。
…………あるなぁ。
俺は、引き攣った笑みを浮かべ、昨夜のことを思い出していた。
* * *
「あん? 何だこれ」
アイテムボックスから取り出したソレを、首を捻りながらしげしげと眺める。
謎のポーション:効果の程がわからない、謎のポーション。謎めいた不思議な味がする。品質:S+。
何だ、この怪し過ぎるポーション。
少々気が向いて、アイテムボックスの整理をしていたら出て来たのだが……いつの間に手に入れたんだ、これ。全く記憶が無いぞ。
捨てるのは……まあでも、何故かムダに品質が良いしなぁ。
ちょっと勿体ない気がするのも確かだ。
「ご主人、何すか、その小瓶?」
「いや、わからん。ポーションみたいなんだが、アイテムボックスを整理してたら出て来た。……お前、ちょっと飲んでみる?」
「え、効果はわからないんすよね?」
「おう」
「……あの、ご主人。ウチに毒見をさせようとしないでほしいっす」
ジト目を向けて来るリューに、俺は笑って「冗談だ」と肩を竦めた。
「ま、でも、どんなものなのかはちょっと気になるな。……よし、飲んでみるか」
「だ、大丈夫なんすか? そういうの、ヘンに使っちゃうと危ないと思うんすけど……」
「確かに怖いが、まあ、これがあれば大体は大丈夫だろ」
そう言って俺は虚空の裂け目を開き、中から上級ポーションを取り出す。
「あぁ、例のメッチャ回復効果の高いポーションっすね」
「これでどうにもならん時は、レフィにどうにかしてもらおう。――という訳でレフィ、何かあったら頼むぜ」
「む? あぁ、うむ。心得た」
ゴロゴロしていたレフィの協力を取り付けたところで、俺はその怪しいポーションをグイと呷り――。
* * *
「――思っくそ自業自得だった!!」
そうだ、昨日の夜好奇心に負けて、変なポーションを飲んじまったんだ。
あの時は何も起こらず、「何にもねぇのかよ」とリューと笑い合って終わったのだが……その効果は、一日経って発揮されるものだった訳だ。
しかも、身体がガキになる効果なんて……謎効果にも程があんだろ。バカじゃねぇのか。
……いや、それはそんな怪しいポーションを飲んだ俺のことですね。
正しくリューの言う通りだった訳だ。
「……むぅ……何じゃ、さっきから。煩いのぉ」
と、一人頭を抱えて愕然としていると、隣の布団で眠っていたレフィが、くしくしと眼を擦りながら起き上がり――そして、目が合う。
すると、まず彼女はあんぐりと口を開けて固まり、次に俺の頭部からつま先までをゆっくりと見渡し、十二分にこちらを観察し終わると――腹を抱えて、布団の上で転げ回り始めた。
「グフッ、お、お、お主、な、何じゃそれは。何でそんなちんちくりんになっておる?」
恐らく、呆気に取られる→俺を分析スキルで確認する→俺だと理解する→爆笑と、こんなプロセスを辿ったのだろうということが、丸わかりな挙動だった。
「ち、ちんちくりん言うな! こっちは困ってんだぞ!」
「く、くく……儂より背が低くなりおって。これはこれで、可愛いもんじゃのう」
そう言って俺の頭を撫で始めるレフィの腕を、パシンと払う。
「やめろ! ――って、あぁ!?何しやがる!?」
レフィから逃げようとした俺だったが、それより先にヒョイと胴体の辺りを掴まれ、そのまま胡坐を掻いた彼女の膝上に乗せられる。
「このさいずじゃと、憎まれ口も愛嬌に思えるわ。お主、ずっとそのままの方が良いのではないか?」
何故か知らないが、機嫌良さそうにギュッと俺の身体を抱き締め、再び頭を撫で始めるレフィ。
クッ……逃れられん!
今の俺は体格がレフィにすら劣っているため、全く抵抗することが出来ない。
「バカ言え、こんな身体は絶対嫌だ! つか撫でるのをやめろっつの!」
「これ、暴れるでない。危ないじゃろう」
「ぐああぁぁッ!?締まる締まるッ、おま、俺を締め殺すつもりかッ!?」
「ならば大人しくするが良い。ほれ、良い子良い子」
「そのガキをあやす口調をやめやがれッ!!」
――その俺とレフィの騒ぎは、他の住人達が起き出して来るまで続いた。
* * *
「……おにーさん、なんだよね?」
「おにーさんは死んだのだ」
「え?」
「おにーさんは死んだのだ」
「……ねぇ、レフィ。君の膝上のおにーさん、どうなってるの?」
「うむ、可愛いもんじゃろう。お主も抱いてみるか?」
「え、あ、じゃあ……ちょっとだけ」
レフィに抱き竦められていた俺の身体は、忌々しい程簡単にヒョイと持ち上げられ、次にネルの膝上へと移動する。
「あっ……これは、確かに可愛いかも」
と、自身の膝上に乗せた俺の頭を、「よしよし」と言いながら撫でる勇者の少女。
抵抗を諦めた俺は、為されるがままである。
「フフ、これならおにーさんじゃなくて、ユキ君って呼んじゃおうかな?」
「もう好きにしてくれ……」
「ありがと、ユキ君! それじゃあ聞くけど……ユキ君は、何でそんなことになっちゃったのかな?」
「……おい、ネルさんよ。今更もう何て呼んでもいいし、抱っこされるのも諦めたが、そのガキをあやすような口調はやめろ。イラっと来る」
「ああ! そんなこと言っちゃって~。でも、ちょっと口の悪いユキ君も可愛い!」
「じゃろう?」
「じゃろう、じゃねぇよ! お前ら、俺がこんな緊急事態に陥ってるっつーのに、呑気にしやがって……!」
「話を聞くに自業自得じゃしの。行き当たりばったりなお主には、ちょうど良い塩梅じゃと思うがな?」
ぐっ……た、確かにそうかもしれんが。
「……つまり、昨日ご主人が飲んだポーションが原因で、身体がちっちゃくなっちゃったと?」
「それ以外心当たりがないしな。そのせいで身体は子供、頭脳は大人の名探偵になっちまったのは間違いない」
「探偵?」
「そういう探偵がいるんだ、世界には」
「へぇ……面白い人もいるもんすねぇ」
そう言いながらリューは、まじまじと俺の顔を凝視し――そして突然、ぐに、と俺の頬を引っ張った。
「イテッ、な、何ひゅんだ!」
「いや、つい……それにしても、プニプニで気持ち良いほっぺたっすねぇ」
こちらの抗議を全く聞き入れた様子もなく、両手で俺の頬をぐにぐにと弄び始めるリュー。
「え? ホント? ……うわぁ、ホントにプニプニほっぺだぁ。可愛い」
「む、どれ……ふむ、確かにこれは良い感触じゃの」
「ちょ、お、おまひぇら、くっ……放せ!!」
しばしもみくちゃにされてから俺は、ぐわああ! と彼女らの手を振り解いて少し距離を取り、そして振り返って仁王立ちをする。
「お前ら! いい加減にしろ、いくら物珍しいからと言って――」
――が、精一杯威厳を保たせようとしながら話しているその途中で、トントンと後ろから肩を叩かれる。
振り返ると、そこにいたのは、我が家の金髪幼女。
「イルーナ、悪いが今は忙し――」
「ユっ君!」
そう、俺を謎の呼び方で呼んで、彼女は。
後ろから、ひっしと俺の身体に抱き付いた。
「……え、あの、イルーナさん」
「ね、ユっ君、おねえちゃんって呼んで!」
「……いや、えっと――」
「お願い! イルーナおねえちゃんって!」
「…………イルーナお姉ちゃん」
「きゃーっ! おねえちゃんだよ、ユッ君!」
感激した様子で、さっきより力を込めて抱き付いて来るイルーナに、俺は思わずぐったりと脱力していた。
――話が全然進まねぇ!