閑話:魔王観察レポート
『魔王ユキの生態観察』
著:レイラ
私は羊角の一族、エルドガリアの弟子、レイラ。
現在私は、様々な偶然が重なり、迷宮の主である『魔王』の下で家政婦として働いている。
こんな幸運は、長い歴史のある我が一族の中でもほぼ確実にないことであると考えられるため、未だ途中ではあるが、一度ここに魔王の生態観察のレポートを纏めることにする。
1:魔王の生態
まず、私を雇った魔王の名は、『ユキ』。
黒髪に、黒眼と紅眼をしたオッドアイの青年で、まだ誕生してから一年程しか経っていない若い魔王だ。
だが、その知識は非常に深く、私が接して来た中でも、学者と同程度の教養を身に付けていることは間違いない。
時には、私が全く聞いたことのない未知の技術を知っていたりする。
このように、生後一年にもかかわらず青年の姿をしており、学び舎に通っている訳でもないのに深い知識を有していることから、魔王の成長の仕方は一般的な生物とは大きく異なることがわかる。
これは以前から提唱されていた、『迷宮は生存競争を生き抜くため、その管理者である魔王を生物の成体で生み出す』という説に沿っている。
成長の過程で学ぶのではなく、初めから知識を植え付けられて生まれて来るのだ。
恐らくは、迷宮はヒト種からも魔物からも狙われる敵性生物の多い種であるため、長い年月を経てそのような進化形態を獲得したのだろう。
ただ、そもそも迷宮が、何故そのような知識を持っているかについては全くの謎だ。
魔王とは違い迷宮は意志疎通が図れる存在ではなく、魔王ユキ自身に話を伺ってみても、「わからない」という答えしか返って来なかった。
また、その魔王ユキには深い知識があると記述したが、しかし所謂世間一般の者達が有する知識とは、大きな隔たりがあることもこれまで接して来た中でわかっている。
必要な知識とそうでない知識を取捨選択されて植え付けられているのか、それとも迷宮自体がそれらの知識を持っていないのか。
未だ多くの疑問が残るこの辺りに関しては、今後さらなる調査を続けていくつもりだ。
魔王ユキの性格に関しては、非常に理知的であると言える。
知恵があり、思考し、暴力性は乏しく、性衝動も一般的。
魔王と言えば自らの欲に忠実に従う強欲の塊である、というのが定説であり、実際私も強欲な魔王が起こした事件の記録を閲覧したことがあるが、彼にそういうところはほとんどない。
いや、彼にも魔王らしく自由奔放な面は大きく存在し、そうして自身の思うままに生きる様は強欲であると言えるかもしれないが、しかしその方向性は決して他人に迷惑を掛けるものではなく、見ていて清々しさすら感じることがある。
恐らく彼が、迷宮にて生活しているということを知らなければ、ただの一般人の青年にしか見えないことだろう。
我々羊角の一族であれば、魔力の質で魔王であると気が付くことも可能かもしれないが、そういう種族として分析が得意なものでなければ、立ち居振る舞いから魔王とはまず見抜けないと思われる。
魔王ユキの身体能力及び魔法能力は、非常に高い。
この迷宮は、かの秘境である『魔境の森』に位置しているため、周辺に棲息する魔物は私がかつて見たことない程に精強であるのだが、その魔物達を相手にしても一歩も引かないどころか、完全な糧として扱っている。
迷宮の成長のための糧と、自らの食糧として、だ。
魔王ユキ曰く、遭遇する前に逃げ出さなければならない程に強力な魔物も中にはいるそうだが、それでもこの地域に棲息する魔物を相手取ることが可能というだけで、彼の実力の程が窺えるだろう。
また、この魔境の森最強の生物と言えば、例の伝説の覇龍であるが、魔王ユキと覇龍は現在非常に深い関係にあるため、後ほど記述する。
――これが、私の知る魔王ユキという青年の大まかな性質である。
やはり、私を家政婦として雇ったことから見てわかるように、魔王の中でもとりわけ特別な、変わった魔王であることは間違いないだろう。
このことから、彼を『魔王』という生物の普遍的存在として捉えるのは、大きな誤解を招く危険性がある、ということを記しておく。
2:迷宮の住人
魔王ユキの迷宮において、その内部で暮らす者は私と彼以外にも多数いる。
まず、彼が迷宮の力を用いて生み出した眷属が、九匹。
その内訳は、フェンリル、スライム、レイス、ジャイアント・ブラッド・サーペント、ノワル・クロウ、バケネコ、水精霊の七種で、レイスのみ三匹だ。
数匹は見たことのない魔物で、しかも冒頭にフェンリルなどという伝説の魔物の名を持って来たが、本当にここにはフェンリルが魔王の眷属として存在している。
どうも、魔王ユキ自身も意図して生み出した存在ではなく、「たまたま」なんてことを言っていたが……どこまでそれが本当のことなのかは、わからない。
果たして「たまたま」で、フェンリルなどという存在を生み出すことが出来るのか、甚だ疑問である。
また、一般的な迷宮からすると、眷属の数が非常に少ないように思われるが、これはどうも魔境の森で生き抜くために、数ではなく質を重視した結果であるようだ。
実際、フェンリルが迷宮を守護していると考えれば、百の眷属、千の眷属が迷宮にいるより、よっぽど効果的であると言えるだろう。
この眷属達の中で私が特に面白いと思っているのは、スライムだ。
『シィ』という名を持つ彼女は、当初は少々賢くも一般的スライムの範疇に入る存在であったのだが、現在ではスライムの丸型から変化して幼い少女の姿をしており、人語を話すようになっている。
もはやこれは、ただのスライムではなく、『ヒト種』となったスライムと言っても、過言ではない進化をしている。
恐らくは主が人型であるため、彼女も人型となったのだろうが……研究対象として、非常に興味深い存在だ。
面白い存在と言えば、ここにはまだ他にもいる。
魔王ユキが使用する、武器だ。
銘を『ザイエン』という、刃が紅色をしたカタナという種類の剣で、その刀身は非常に長く、魔王でなければとてもじゃないが持ち上げることも出来ないような重量を有する。
まあ、これだけならばまだ珍しい剣で済むのだが、面白いのはこの剣もまた、人型となり、幼女の姿をしていることだ。
剣が変化して人型になる訳ではなく、剣が生み出した分身が人型を取っているようなのだが、その分身にはしっかりとした自意識があり、自らの本体が剣であるということを理解している。
つまり、『意思のある剣』がここにはあるのだ。
インテリジェンス・ウェポンというものがこの世に存在することは知っていたが、実物は初めて見た。
しかも『人化』をする剣となると、羊角の一族の中ではまず間違いなく私しか見たことがないだろう。
彼女もまた、興味のそそられる存在だ。
どうにかその生態を、解き明かしてみたいものである。
眷属以外では、縁があってこの迷宮に住まうことになった者達が、私を含め五人。
全員女性で、この内訳の内私以外の四人の出自もまた、面白い。
一人が、現在では絶滅危惧種の吸血族の子供。
一人が、家出したウォーウルフの族長の娘。
一人が、人間の勇者。
そして最後の一人が、この魔境の森の頂点に立ち、世界においてその名を知らぬ者はいない伝説の龍族――『覇龍』である。
そう、信じられないことだが、現在覇龍は、この魔王の下で日々を暮らしているのだ。
彼女についての詳しいことは、非常に長くなるため、また別のレポートに纏めることにする。
何をどうすれば、こんな数多の種族がここに集うことになるのか、興味は尽きないばかりだ。
さらに、上記に挙げた中で三人、ウォーウルフの族長の娘リューイン=ギロル、人間の勇者ネル、そして覇龍レフィシオスが、魔王ユキの伴侶である。
伴侶が三人もいることは魔王的と言えるかもしれないが、力のある商家などであれば複数人の伴侶がいることは普通のことであるし、何より彼女らは無理やり番にされた訳でもなく各々が魔王を好いて伴侶となっているため、関係性で言えば非常に健全であると言える。
彼女らの様子を見るに、普通の魔王とは違い、かと言って一般人とも違う、不可思議なオーラを纏う魔王ユキに惹かれるところがあったのだろう。
――まだまだ、魔王ユキという存在の全てを記述出来た訳ではないが、これだけで彼が、如何に変わった存在であるかは重々理解出来ることだろう。
私は、魔王ユキが迷惑に思わない限り、ここにずっと身を置かせてもらうつもりである。
私もまた羊角の一族の端くれであり、この身に宿す好奇心はひと時も収まることはないが……それでもなお、世界を見て回るより生涯ここで家政婦をやる方が、恐らく私の欲求を思う存分に満たすことが出来るだろう。
そう、確信している。
それだけ私は、迷宮というもの、魔王という生態に魅せられ――いや、自分に嘘を吐くのはやめよう。
私は、魔王ユキ、その人に魅せられたのだ。
彼が纏う独特の『世界』に、私もまたやられてしまったのだ。
私は、彼が許す限り、ここに身を置く。
故にこの記録が、いつ他者に読まれることになるかわからないが……それでも私は、この場所と、この場所に住まう者と、そしてこの場所の主の記録を、これからもずっと、取り続けるだろう――。




