閑話:悪役会議
――会議は、紛糾していた。
「話が違うではないか!」
ドン、と机を叩き割らんばかりに拳を叩き付ける、翼人族の青年。
あまり表情の変化のわかり難い彼らであるが、しかしその顔は目に見えて怒りに歪んでおり、憤怒の具合を容易に悟らせる表情を浮かべていた。
「貴様らが、あの老害どもを黙らせる話だっただろう!貴様らがしくじったせいで、生き残りどもをほぼ全員敵側に逃がしてしまったではないか!!俺を、翼人族の長にするという約定だろう!これでは、張子の虎も良いところだ!!」
「……フン、話が違うというのは、こちらも言いたいところなのだがな」
「何!?」
「我々が聞いていたのは、翼人族の戦士達の他に、同盟者として貧弱な人間が三人いたということだけだ。その内の一人が人間の勇者であったなど、想定外も良いところだ。おかげで追撃に甚大な被害を出し、さらには例の仮面の来援をも許し、吾輩の部下の半数を死なせるハメになったではないか」
その翼人族の青年を嘲弄するように鼻で笑う、黒尽くめの男。
幾分と冷静に言い返してはいるが、しかしその瞳に映るのは、奥底に沈められた激情。
貴様の、適当な情報のせいで、部下が死んだのだと。語らずとも、表情で言いたいことを悠然に示していた。
「そんなもの、貴様の部下が脆弱であっただけだろう!!」
「ほざけ。何も実体が見えぬ小僧め。貴様の眼は節穴そのものだな」
「何をっ!?」
ガタンと椅子を倒しながら立ち上がり、憤慨する翼人族の青年に、「これだから馬鹿は……」と嘲笑を溢す黒尽くめの男。
「やめぬか、貴様ら!頭領の御前であるぞ!!」
その一触即発の空気を止めたのは、悪魔族頭領ゴジムの副官として付き従っている、デレウェスという男であった。
彼の怒気に、黒尽くめの男がスッと頭を下げ、そして翼人族の青年がグッ、と悔しそうに表情を一瞬歪めてから、不承不承といった様子で倒した椅子を戻し、再び腰を下ろす。
「確認に戻ろう。ナグート、しばらく動くのは無理なのだな?」
「うむ。少々戦力を消費し過ぎた。現状では、吾輩の部下は作戦行動に際して動けん。情報収集が出来るぐらいだな」
副官デレウェスの言葉にこくりと頷く、ナグートと呼ばれた黒尽くめの男。
「その、勇者とやらは?」
「死体は見つからなかったから、恐らくは逃げられた。あの場に来たらしい仮面が連れて帰ったのであろう」
「……一つ、聞かせろ」
そう静かに言葉を放つのは、腕を組み、会議中ずっと黙っていた、黒の全身鎧を身に纏った者。
ヘルムのせいで声がくぐもっており、その性別は判別が付かない
「その、仮面とやらは、そこまで強いのか?」
「少なくとも、裏の実動部隊であったナグートの部下の半数を壊滅させ、そしてゴジム様と正面から打ち合って力負けしない程度の実力はある」
「……フフ、そうか。強いのか」
デレウェスの言葉に、ヘルムの向こう側で静かに笑いながらそう溢す全身鎧。
「……貴様は相変わらずだな」
苦笑気味にそう言いながら、次にデレウェスは別の席に座っていた者に言葉を掛ける。
「調査組は、仮面の正体はわかったか?」
「いくつかの候補は絞れましたが……特定には至っておりません」
「ふむ……その候補とやらは?」
「音無の暗殺者と呼ばれている、魔界の王フィナルの暗部の者、ルノーギル。そのフィナルと同盟を結んでいる亜人族、エルフの剣の達人、シャナディア。フィナルに付き従っている魔族、ドラゴニュートの戦士、ジュナイデル。あとは、迷宮の魔王ユキが仮面の正体として考えられています」
ただ、どの者も決定打に欠けていますが……と言葉を続け、調査員は口を閉じた。
「なるほど、どの者も実力はあるが、あの仮面とは大分戦闘方法が違うように見えるな……待て、最後の者は?」
「魔王ユキは、人間の国アーリシアにおいて、我々の工作を妨害した男です。この者もまたアーリシアでは仮面を被っており、刀身の長い剣を使用していたため、候補には入れておりますが……恐らく今回敵対した仮面である可能性は低いでしょう」
「何故だ?聞いている限りだと、かなり黒に近いように思われるが?」
「その者は、迷宮の魔王です。しかも調べたところ、どうもその者が住む迷宮は、魔境の森内部にあるとか」
「……あぁ、例の黒龍が勝手に動いて、伝説の龍族である覇龍に殺されたと考えられている場所か」
苦々しそうな顔でそう言葉を吐き捨てる、デレウェス。
「あの地は、その覇龍を抜いても非常に過酷な場所です。魔物は他の領域より二倍も三倍も精強で、私の部下も数名、実力のある者を調べさせに数度送りましたが、いずれも帰って来ておりません。……そんな危険な地に、ダンジョンコアという自身の心臓があるのにもかかわらず、ここまで出張って来る可能性は低いかと」
「しかし、人間の国の王都にまでは行ったのだろう?」
「距離をお考え下さい。予想されるヤツの能力では、アーリシアまでは恐らく数時間で到達出来るでしょうが、この魔界までは数日掛かる。しかも、闘技大会に出るため長期滞在をしているはずです」
「……確かに、迷宮の主が自身のダンジョンコアをそんな長期間放置するとは考え難いな。了解した、奴の存在は今後も我々の障害となる可能性が高い。引き続き調査を――」
「――良い。あの男は放っておけ」
そのデレウェスの言葉を遮ったのは――悪魔族の頭領、ゴジム。
上座に置かれた椅子の取っ手に頬杖を突きながら、会議が始まって以来ずっと閉じていた口を開き、そう言った。
――魔界の王フィナルは、ゴジムに向かって部下がイエスマンばかりだと非難していたが、頭領の意見にほぼ反論しないという意味では正しいものの、しかし前提として一つ間違っていることがある。
悪魔族の頭領ゴジムは、基本的に何もしない。
今回の闘技大会のように、自身が表に出る必要があると判断した時だけ動くが、それ以外の仕事はほぼ全て部下に任せきっているのだ。
それは、自分は戦うことしか出来ず、旗頭となることが責務であり、それ以外のことは部下に任せておいた方がよほど上手く行くと理解しているからだ。
それ故ゴジムは、ただ座して部下の働きの結果を待ち、そしてその全ての責任をトップとして負うのだ。
カリスマ、という点において、ゴジムは頭領足る確かな資質を備えていた。
「ハッ?よ、よろしいので?」
「奴は姿を消しているのだろう?あの仮面を探し出すより、今は他にやることがある。それに、時期が来れば、どうせまた奴の方から現れる。それまでは放っておけばよい」
「……畏まりました。その他については、何かありますでしょうか?」
「……そうだな。一つだけ、言っておこう。――今、我らは押されている」
そう、言葉を紡ぐ、悪魔族の頭領ゴジム。
「闘技大会では当初の計画より大幅にズレが生じ、そしてここ最近のフィナルの攻撃によって、こちらの重要拠点が軒並み潰され始めている。大本の計画も、修正が必要となるだろう。――だが、それらは些末ごとだ」
頭領の言葉に、会議の列席者達は、ただ黙って耳を傾ける。
「ただ我らは、我らの武を以て為すべきを為し、そして大義を掲げるのみである」
重く、静かに、だが確かな熱を感じさせるゴジムの言葉に、会議室に渦巻く、静かなる熱意。
「我らはこれからも、死んでいった者達の意思を継ぎ、果てを目指す。――全ては、我らが野望のために」
『野望のために!』
そして、彼らはただ一つの目的のために、その力を揮うのだ。
次回からようやく次章!




