16. 使われる魔法使い 再び
やって来ました、魔法講座五日目。
今日の先生は美少女神官長のリーフさん。
サンダーはいつの間に約束を取り付けたのか、ジュラブルさんの狩り仲間の
フォルマさんから剣を教わるそうで、張り切って出掛けて行った。
剣が使えるようになったら、魔法剣士とかになるんだろうか。
剣士……非力なおれからすると、ちょっとだけ羨ましい。
「さーて。シュウ、今日はわたくしが教師よ。先生と呼ぶがいいわ」
腰に手を当て宣言するリーフさん。
最初に上下関係をはっきりさせようってことですか。
えっと確か、リーフさんは15歳、おれ16歳、おれ年上……。
「ちょ、呼び捨て? おれの方が1コ上なんですけど」
「いいじゃない。大してかわらないんだし。
ま、初級の水魔法が出来たら、わたくしのことをリーフと呼んでもいいわよ。
さあ、カルダメルト様の魔法をしっかり覚えて頂戴」
そしておれは洗濯機になった……。
水を張ったタライに手を突っ込み、水が流れるイメージの訓練なんだけどね。
流れるプールの様になったタライの水を見て、リーフは洗剤と洗濯物を放り込みおった。
にこやかに「魔力と水は有効に使うものよ」とか言ってたけど、
最初からこれが目的だったんじゃないの?
今回もこき使われそうな気配まんまんだ。
ちなみにリーフのパンツは洗濯物の中には無く、アッコさんの物らしきデカパンが
クルクルとおれの手の周りを回っているのを発見してしまい、
心の中で悔し涙を流したのでした。
お次は、癒やしの魔法。怪我や病気を直す有難い魔法だ。
これが習得出来れば、特技の無いおれでも株があがるかもしれない。
「さあ、癒しの魔法よ。
今は上級の癒し魔法の使い手が少なくて、治療院でも人手不足なの。
神官であるわたくしにも緊急の依頼が来る程よ。
でたらめな魔力のあるシュウにはガッツリ覚えて貰うわよ」
そう言うとリーフはおれに背を向けてしゃがみ込んだ。
肩でも揉めってことなんだろうか。
「わたくしの髪に活力を与えるのです」
「は?」
「都合よく軽度のけが人なんか居るわけ無いし、
病人を初心者に任せるわけにもいかないじゃないの。
だ・か・ら、仕方なくわたくしの自慢の髪を貸そうって言うのよ。
万が一にでも間違って雷の魔法なんか掛けたら承知しないわよ」
「はいはい。仕方なくなのね。
それより、どうやって活力を与えればいいのか教えて」
「そうね、手櫛で梳きながら体温を分け与える感じで魔力を注げばいいわ。
あ、毛先は念入りにね。枝毛があったら治して頂戴」
おれ、生徒じゃなくて子分とか召使的な立場になってない?
不本意だが、リーフのサラサラの髪を手に取り梳いてみると
少しヒンヤリとした感触が気持ちいい。
初めて触る女の子の髪の感触に、あっさりと気持ちが晴れてしまうあたり
安上がりなおれである。
髪をひと通り梳き終わると、リーフは毛先を確認して頷く。
「初めてにならこんなもんでしょ。はい次は肩、よろしくね♪」
「……はい」
もう何も言うまい。
おれは無心になるよう心がけ、リーフの細い肩をほぐし始めた。
リーフの肩をほぐしていると、なぜだか婆ちゃんの事を思い出した。
そういえば、母方の婆ちゃんも魔女みたいなもんだ。
齢75には見えない外見もあるけど、若い頃は高名な巫女だったらしい。
引退して叔父に宮司を譲っている身だが、未だに神託があるらしく
それを活かして昨今の厳しい神社運営を上手く切り盛りしている。
いろいろ反則だと思う。
「ねぇ、答えたくなかったらいいんだけど……。
こちらの世界に召喚される時に何があったの?
殆どの移界人は、生命の危機に瀕した時に神から恩寵を頂いて召喚されたそうよ。
シュウも何か危険な目にあってたの?」
「いんや、サンダーと公園で散歩してただけ。危険なんてなかったよ?
木陰で一休みしたところでいきなり召喚されてさー。
気づいたらこの村の近くの森だったんだ」
「なによ、死にかけたりしてないの?! はあああ……気を使って損したわ。
死にかけたんだったら、恐ろしい思いをしたばかりの人に
怪我人や病人を診せるのは酷だと思って、わたくしを練習台に差し出したのに。
そんな事なら、治療院で思う存分、魔力が尽きるまで訓練させるんだったわ……」
なんと! 初心者に魔力が尽きるまで治療をさせると?
リーフはおれのこと自分専用の魔力製造機だと思ってるんじゃないだろうね。
問い詰めたいところだけど、一応は気を使ってくれてたみたいだし、
今回だけは見逃すことにしよう。
「それじゃあ、どうして呼ばれたのかしら。
シュウに特別な才能があるから呼ばれたとか……。信じられないけど。
本当に神に会ってないの?
シュウはホケホケしてるから、気づかなかったって事も有り得るんじゃない。
ブラブルを助ける前に誰にも会わなかったの?」
ホケホケってなんだよ。ホントにおれの評価ってどうなってるの?
「ブラブルの前に会ったのは馬だけだよ。
銀の毛で見た目は綺麗なんだけど、「~なのサー」って変な話し方で、
動きも妙でチャラい感じのやつ」
プロポーズまでされたことは秘密だ。
オスに求婚されたのを美少女に告白出来るほどの度胸はない。
特にリーフにバレたら、いい感じに傷口に塩を揉み込んでくれそうだ。
「銀の馬って精霊じゃないの! カルダメルト様の眷属《繁栄・繁殖の精霊》よ!
精霊に恩寵を与える程の力は無いはずよ。
神じゃなくて眷属に呼ばれるなんてありえないわ。神の代わりに現れたのかしら。
精霊に何か話は聞かなかったの?」
「えっと……世間話?かなー。あー、なんか美しさは罪みたいな事を言ってたなー」
リーフはげんなりとした顔をした。
「なによそれ……。仕方がないわね。明日、精霊を呼べるか試してみましょう。
広場の祠に行くわよ。あ、サンダーも呼んだほうがいいわね」
「あれ、明日も魔法の講習なんじゃ……」
「基礎は教えたんだから、後は繰り返し実践するだけね。
本当は3神のご加護があっても、講習は1神分で良かったのよ。
上級魔法はともかく、魔法はイメージを具現化するものだから、
基本さえ押さえておけばどの魔法も一緒だもの。
ただ、魔力の大きい人は制御を覚える前にいきなり大きな魔法を使って
暴走してしまうことがあるの。
シュウの場合も、初級魔法を覚えてそこから発展させていくのが安全だから
3人の神官で教えてるわけ。
で、癒やし魔法の実践はサナーロの講習が終わってから
治療院に放り込んであげるわ。ふふ、どれだけ成長するか楽しみね」
リーフ、恐ろしい女。
美少女にあるまじきニヒルな笑みを浮かべながら、
さらりと鬼軍曹発言をしおった。
おれは再び決心した。
サナーロさんの講習が終わったら夜逃げしよう……と。