表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/26

第18話 最終話 デボラ。

私にアルバンのお母様が、年配の侍女を一人付けてくださった。

私を一人にしない配慮なのだろうと、そう思った。


アルバンは慌ただしくブリアに戻り、すぐに帰ってきた。

ブリアの医師資格は取ってきたので、予定通り、フールのアカデミアに入って、1年勉強して、来春にフールの医師試験を受ける。忙しそうだが、毎日私と中庭のお散歩をしてくれる。


一日のほとんどを、ぼーっと過ごしている。振出しに戻った感じだ。ここにいつまでもお邪魔しているわけにはいかないだろう。


私のことを誰も知らない、遠くに行きたい。


私が生きていても死んでいても、誰も気にしないような、遠くに。


そんなことばかり考えていた。


「まあ、デボラさん、お手紙でも書いてみたら?」

そう言いだしたのは、侍女で付いてくれているエマさんだ。エマさんは…昔、私が小さい頃に面倒を見てくれていた乳母に似ている。


「……そうですね…」

私は…アルバンに宛てて、手紙を書き出した。



【私が小さい時は乳母がいて…。祖父が亡くなったあたりから父が家に帰らなくなって、母はいつも忙しそうだった。たまに帰ってきた父といつも言い合いになっていた。乳母がいるうちは良かった。泣いている母のことも慰めてくれていたし、忙しい母に代わって寝る前には絵本を読んでくれた…】


毎日少しずつ、便せん一枚で終わることもあれば、夜じゅうかけて、10枚も書くこともある。



【乳母がいなくなってから…母は私を後継者にするために教育を始めた。

できなければ、できるまで。勉強も、作法も、息ができないほどだった。できなければ、食事もない。それは当然だと思った。できない私が悪いから。泣いても許されないことがわかると、小さい私は泣かなくなったんだと思う。できなければ、できるまでやればいいことだから。】


書いていて…時々息苦しくなる。そんな時はそこでやめることにした。

中途半端な手紙を、今日もアルバンの部屋のドアの隙間に挟んでくる。



【他の人に私が褒められたりすると、母は機嫌がよかった。今から思えば…家に寄り付かない父に、噂ででも伝わることを期待していたのだろう。

父はその頃はもう、領地経営をみな母に任せて、家には帰ってこなかった。

どんどんと…私に対しての母の要求が大きくなるのが分かった。私は完璧にならなければならなかった。それでも…母は…私のこの父親に似たこげ茶の髪が許せなかったらしい。時々…座らせられて、髪をハサミで切られた。ハサミが耳に当たったり、頬に当たったりして血が出たが、私は動かなかった。それで母の気が済むのなら、それでいいかと思った。ただ、お前が女じゃなかったら!そう言われたときは、どうしていいのかわからなかった。】


毎日のように、アルバン宛に手紙を書いているが、アルバンは何もそれについては言ってこない。中庭をゆっくり歩いて、今、アカデミアで習っていることなどを説明してくれたり、バラが綺麗だと言ったり。



【どんどん勉強が進んで、母にイング語を習得するように言われたのは9歳ぐらいだった。どうも苦手だった。先生をつけてもらったが、同じ言語系のイリア語やブリア語より時間がかかった。週に一度、母の前で先生が勉強の進捗状況を報告する。進んでいないと報告されて、烈火のごとく怒りだした。それからだ。母が鞭を持つようになったのは。本当のことだから仕方がない、そう思った。私がもっと頑張ればいいことだ。】


アルバンが私のおばさまから手紙や贈り物などを預かってくることがある。

なんだかまだ、開ける気にならない。



【10歳くらいから、お茶会を開くようになった。もちろん、計画から招待客まで細かいところまで気が付かなくてはだめだと指導された。季節に合ったお茶、お菓子、会場の設定、着ていくドレス…。

そこで他のお家の方に、笑わない子ね?と言われた。母はその時は”緊張しているんですのよ?”と言ってくれたが、夜から笑う練習が始まった。母は…イライラしていた。鞭で打たれながら…他の人は笑えるものなんだろうか、と思ったが、笑うしかなかった。もちろん他人の前で痛いなどとは言えない。使用人にもわからないように、私は笑った。】


たまにトマのところにでも行ってみない?

アルバンにそう聞かれたが…頭を振って、少し笑った。



【ダンスも先生が付いた。ドレスも靴も、母が揃えてくれた。特に靴は、靴攣れしているなんてみっともないことしないで!そう言われた。淑女とはそう言うものらしい。母は完璧な人だった。美しく、聡明で、経営者としても手腕を発揮していた。できないことはなにもなさそうだった。いつも背筋を伸ばして、ふんわりと笑っていた。その完璧さの中に、私は入れなかった。髪色も、性別も。そう言うことなんだと思った。】


物心ついてからのことを少しずつ書いて、13歳のことを書くときになって…私はずい分と…書いては便せんを破り捨て、破り捨てた手紙を読み直して…泣いた。

ほんの一年のことを書くのに、随分と時間がかかってしまった。



【私が13歳になったとき、私はもう、母の領地経営も手伝っていた。そろそろ私の婚約者を決めなければと、口にするようになった。旦那様に相談しなければね、と。後々のことを考えたのか、鞭は使わなくなった。が…ある日、親切な隣人がやって来て、”お前の旦那、妾に男の子が産まれたそうだぞ?”そう告げた。

母は他人の前では取り乱さない。その時も、まあ、そうなの?とそれ以上は聞かなかった。

それから…母は、毎日のように私を鞭うった。私が女だったから?

さすがに昔の様に髪を切られることはなかったが…茶色の髪をののしりながら、私の背を打った。許せなかったんだろう。父のことも、父が他所で作った子も、私のことも…なにより…こんなことでイライラしている自分にだったのかもしれない。

私はお風呂にも入れないほどだった。傷がもとで熱が出たが、医者に鞭打ちの跡を見られるのを嫌がった母は、私を物置に押し込んだ。

助かった…ここに押し込められているうちは…打たれない。そう思ってほっとした。背中が腫れて寄りかかれないし、仰向けにも眠れなかったが…熱を出しながら私は久しぶりにゆっくりしたんだ。】


その朝の散歩で、アルバンはふんわりと私を抱きしめた。何も言わなかった。

アルバンの胸の中に包み込まれるように…暖かかった。

いつまでもいつまでも、なんにも言わないでアルバンは私を抱きしめた。



【父が娼館でなじみの娼婦の上で心臓が止まって死んだらしい。その知らせが来たとき、母は部屋に私を呼んで、鍵を閉めた。”もう、おしまいよ”そう言って感情のよくわからない笑いを浮かべた。いつもの、私を見る軽蔑するような、憎しみを持ったようなまなざしではなかった。もう、何もかも無駄だったと、何度も言った。机の引き出しからナイフを取り出した母を見て、ああ、本当にこれですべて終わりなんだなあ、と、他人事のように思った。

生きていた方がいい、なんて、私は言えなかったし、言う気もなかった。

「奥様!」

使用人たちが心配して、母の部屋のドアを叩く。

うるさい!と叫んだ母が、暖炉の鉄の火かき棒を放り投げる。ドアの前にいた私の頭に当たってから、ドアに当たったようだ。倒れた私の頭から血が流れるのがわかる。

このまま死ぬんだな。そう思った。

朧げに見える視界の中で、母が自分の喉を掻き切って、その血は壁紙を染めた。

そこまでは、覚えている。】


その日も、朝の散歩でアルバンは私を抱きしめた。

アルバンが泣いているのを、不思議に思いながら、その涙をたどった。

何も言わなかった。

アルバンの瞳は青くてきれいだ。そう思った。



【目が覚めると、おばさまの家にいた。頭と背中は包帯でぐるぐるとまかれて、往診に来てくれた医師が、泣きそうな顔をしていたのを覚えている。それから私はほとんど寝て暮らしていたんだと思う。

おばさまが仕事に行く前に朝ご飯を一緒に食べて、昼には甘いパンや、サンドウィッチを用意して行ってくれた。特に何もやる気が起こらなかった。

包帯が取れたころ、おばさまが、父と母の葬式が終わったと教えてくれた。私はそれを聞いても…何とも思わなかった。


おばさまのお使いで靴屋に行って、トマに字を教えろと言われたので教えた。

後々不便だろうからと、辞書を渡した。ありがとうと言ってもらえた。


おばさまにそろそろ働けと言われたので、家庭教師を始めた。人がたくさんいるようなところでは仕事が出来そうになかったから。


初めての生徒はアルバン。

何もかもあきらめたような、一昔前の自分を見ている様だった。ただ、違っていたのは彼は家族に愛され、心配され…それでも不思議と諦めているような子だった。

靴屋で、出来上がった自分の靴を履いたアルバンが、立ち上がったとき…顔つきが違って見えた。本当にうれしそうに笑った。

ああ、この子はもう自由になったんだなあ、そう思った。


いろいろな子を見て、いろいろな家庭も見た。

みんな何か抱えているし、よく見えるお家でも問題が有ったりもした。


アルバンが、いつも道を教えてくれた。

こうしてみたら?こんなことが参考にならないかな?

君なら、どうしたい?


私なら?


でも、そんなことを思ってはいけないんだと、ヤニック子爵家の息子が言った。アルバンに嫌われるよ?言うことを聞きな?

私は…あの男に嫌だという勇気がなかった。

でもやはり…あの男に抱かれたいとは思わなかったし、あの男と生涯を共にする気にはなれなかった。誰からも愛されなかったくせに!そうあの男は言った。



愛、とは何ですか?

以前、生徒に聞かれたことをそのままアルバンに聞いたことがある。


「僕もよくわかりません。良かったら、一緒にゆっくり探しませんか?」


そうあなたが言ってくれた。思い出せてよかった。】












評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ