第16話 クロディーヌ。
愛されなかった子、もてない娘、そんな子を口説くのは簡単だ。愛に飢えているから。ほんの少し、君は僕の特別だとささやけば、ころりと落ちる。
アロイスはタイを締めながら、うふふっと笑った。
父上の持ってきた資料は隅々まで読んだ。ロドリグ子爵家から家を出た娘にまとまった金も渡されているようだ。そのおばさんが管理しているのだろう。
父上にはくれぐれも口外しないように口止めした。
うふふっ。まんま、理想じゃないか。
俺はデボラ、いや、クロディーヌを嫁にしてあのちんけな子爵領の領地経営をさせて…なんなら抱かなくてもいいかもしれない。背中の傷を理由にして。
もちろん、何も知らない風を装うつもりだ。後で驚いてみせればいい。
嫁に貰ったら財産の名義を書き換えればいい。
クロディーヌには明るい色のワンピースを贈っておいた。揃いの靴も。
きっと身に着けてくる。着て来い、と命令しておいたから。
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「クロディーヌ?」
と、妹の部屋から出てきたあの女に後ろから声をかけると、びくっと肩が揺れた。
「俺がお前を嫁に貰ってやるぞ?」
表情の読めない顔が、ゆっくりと振り向いた。
「お前の壮絶な過去を知っても嫁に貰ってやるなんて言うのは俺しかいない。わかるか?」
そう言うと、クロディーヌは驚いた顔をしていた。何も言葉は出てこないが。
「アルバンも知らないんだろう?知ったら…驚くよな?な?父親に似てあちこちに愛人を作るつもりか?もうアルバンに係るなよ?ばらすぞ?」
くくくっ、それからは良く俺の言うことを聞く。
今日は高級レストランを予約しておいた。
最初はそう、ご馳走でもなんでもしよう。お前は俺の特別なんだと思い込むまで。
*****
「なんだ、アルバン、来てたのか?」
僕がいつものように靴屋のオヤジさんに靴を合わせてもらっていると、配達に出ていたトマが帰ってきた。
「ああ。また少し背が伸びたしね」
「へえ…お前一体いつまで大きくなるつもりだ?」
そんなことを言いながら、トマは帳簿の整理を始めた。帳簿を見ながら…なんだか落ち着かないようだ。
「あのよお…何でお前、今日はデボラ先生と来なかったんだ?いつも一緒に来るだろう?」
「え?ああ…先生は忙しいらしくてね。手紙を送っておいたんだけど、しばらく会えないみたいなんだ。でもまあ、今度は僕はフールに帰って来るしね。」
「……」
今の靴が小指がほんの少し当たるようになったと説明して、オヤジさんが微調整をしてくれる。
「あのよお……さっきな…配達帰りにな…。先生はいつもの恰好じゃなくて、こう、変な色の変な柄の服を着てたからすぐに気が付かなかったんだけどさ…靴も、安っぽい出来合いの靴はいてさ。」
言いにくそうにトマがそう言う。
「え?」
「泣きそうな顔で、貴族かな?キザそうな茶髪の男に連れられて、連れられてっ…ていうより、引きずられるみたいに二番街の高級レストランに入っていったぜ?お前…なんで止めねえんだ?」
トマも僕の足元でかがんでいたオヤジさんも僕を見ている。
先生に誰か…恋人ができたんだろうか?
僕が…稼げるようになったら、なんて考えているうちに。
先生ももう22歳になる。そんなことあったっておかしいことじゃないのに…送った手紙には必ず返事が来ていたから…。僕は…。
「なあ…迎えに行ってやれよ、アルバン。お前がいるから、俺だって先生が好きだけど諦めたんだぜ?なあ…。あの人わかりにくいけど…ホントに市場に売られていく子牛みたいな、泣きそうな顔だった。」
「……」
「…トマ、アルバン様のデボラ先生に対しての気持ちを、勝手にお前が推測しちゃだめだ。友達なら、先生が幸せになるのを祈るもんだろう?」
オヤジさんにそう言われて、チェ、とトマが舌打ちした。
僕は立ち上がって、椅子に掛けたスプリングコートを手に持つと、慌てて履いてきた靴を履いた。
「また来ます」
そう言って、店のドアを押す。
丁度迎えに来ていたお母様の乗った馬車に行き先を告げる。
「二番街に行ってくれないか」
***
「おい、トマ。相手が貴族だといろいろメンドクサイから、アンジェリーヌ様を呼んで来い。俺はジルを連れていく。」
うんうんと頷きながら、トマが走っていく。ジャンは台所にいた妻にかいつまんで事情を説明すると、泣きそうな顔になった。
「頑張って、あんた!」
まあ…貴族相手には頑張れないがな。
俺は留守を家内に頼んで、ジルを呼びに行く。




