第8話 願い
テラが仲間に加わってから、旅の空気はかなり変わった。
まず、移動中に寝ている者が増えた。
「……すぅ」
「いや、普通に寝てるな」
ギラが呆れたように言う。
テラは浮いた枕の上で丸くなり、完全に眠っていた。白と水色の間のような長い髪が、枕からさらりと垂れている。
「魔物が出たらどうするんだ?」
ヨウキが首を傾げる。
「起こせばいい」
俺がそう言うと、ギラが眉をひそめた。
「起きるのか?」
「たぶん」
「たぶんかよ」
その時、草むらが揺れた。
獣型の魔物が三体、こちらへ飛び出してくる。
「来たぞ!」
ギラが大剣を抜く。
ヨウキも斧を構えた。
俺が氷魔術を使おうとした瞬間、テラが薄く目を開けた。
「……うるさい」
小さくつぶやいた直後。
空中に巨大な魔力の塊が現れた。
「え」
ヨウキが声を漏らす。
次の瞬間、その魔力の塊が魔物に向かって投げつけられた。
轟音。
三体の魔物はまとめて吹き飛び、地面に大きな穴が空いた。
「……寝る」
テラはまた目を閉じた。
ギラがぽかんと口を開ける。
「いや、オーバーキルすぎるだろ」
「魔物、跡形ないぞ!」
ヨウキは逆に目を輝かせていた。
「テラすげぇ!」
「褒めるの、めんどくさい」
「褒められる側が言うことか?」
俺は穴の空いた地面を見て、小さく息を吐いた。
怠惰【スリープ・コア】。
寝れば寝るほど魔力が溜まり、その魔力で好きな魔法を使える。
話には聞いていたが、実際に見ると想像以上だった。
テラは普段、何もしたがらない。
歩くのも面倒。話すのも面倒。食事ですら、甘いもの以外は反応が薄い。
だが、戦う時だけは別だった。
いや、戦う時ですら面倒そうではある。
「テラ、次から少し威力を抑えられるか?」
「……なんで」
「素材が残らない」
「素材集め、めんどくさい」
「それを集めないと飯が食えない」
「パフェは?」
「食えない」
テラの目が少し開いた。
「……次は残す」
「判断が早いな」
ギラが笑った。
「パフェで世界救えそうだな」
「甘いものは偉大」
テラは真面目な顔で言った。
その後も、道中で何度か魔物に遭遇した。
ギラは正面から大剣で押し潰し、ヨウキは重力支配【グラビティーロード】で一気に距離を詰める。俺は氷で足止めし、全体を見る。
そしてテラは――
「……めんどくさい」
そう言いながら、急に空中から大きな丸太を出した。
「え、丸太?」
ギラが言った直後、丸太は魔物の頭上へ落ちた。
ぺしゃり。
魔物は地面に潰れた。
「どこから出したんだ、今の」
俺が聞くと、テラは枕の上で目をこすった。
「魔法」
「説明が雑すぎる」
「詳しく話すの、めんどくさい」
「だろうな」
ヨウキは腹を抱えて笑っている。
「丸太で潰すの面白すぎるだろ!」
「笑うところか?」
「だって、急に丸太だぞ!」
ギラも少し笑いながら言う。
「まあ、敵からしたら最悪だな。戦ってる途中で急に丸太が降ってくるんだぞ」
「避けるの、めんどくさそうだから」
「お前が避ける側じゃないだろ」
そんな調子で、旅は進んだ。
テラは戦闘する時としない時の差が激しい。
魔物が出ても、完全に寝ている時もあった。
「テラ、魔物だぞ」
「……ん」
「起きろ」
「ギラ、よろしく」
「俺かよ!」
結局、ギラが前に出る。
倒したあとで戻ってくると、テラは枕の上から片目だけ開けた。
「くるしゅうない」
「なんで上からなんだよ!」
「ギラは元気だから」
「理由になってねぇ!」
「よしよし」
テラは眠そうなまま、ギラの頭を撫でようと手を伸ばした。
だが届かない。
「……届かない」
「俺がしゃがむ流れなのか?」
「うん」
「しゃがまねぇよ!」
ヨウキが横で笑っていた。
「ギラ、お子ちゃま扱いされてる!」
「俺たち同い年だろ!」
「精神年齢」
「テラに言われたくねぇ!」
テラは小さく欠伸をした。
「ギラ、声大きい。お子ちゃま」
「くっ……!」
ギラは悔しそうに拳を握ったが、言い返せていなかった。
時には、テラが完全に枕から落ちかけることもあった。
その時はギラが背負うことになった。
「なんで俺なんだよ」
「ギラ、背中広い」
「褒めてんのか?」
「荷物向き」
「褒めてねぇ!」
テラはギラの背中で眠そうにしながら、ぽつりと言った。
「くるしゅうない」
「だからなんで上からなんだよ!」
ヨウキは笑いすぎて腹を押さえている。
「ギラ、似合ってるぞ!」
「何がだ!」
「テラ専用馬車!」
「誰が馬車だ!」
俺はその様子を見ながら、少しだけ口元が緩むのを感じた。
旅の道中は危険も多い。
だが、こういうくだらない会話があるだけで、不思議と足取りは軽くなる。
最初はばらばらだった。
ギラは勢いで動き、ヨウキは直感で飛び出し、テラは寝る。
俺はそれを見ながら、どうにか全体を整える。
だが、少しずつ形になってきていた。
ギラが正面を受ける。
ヨウキが隙を突く。
俺が動きを止める。
テラが必要な時に、すべてをまとめて吹き飛ばす。
連携と呼ぶにはまだ雑だ。
でも、悪くない。
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月日が流れた。
大森林へ向かう道中の夜。
俺たちは森の手前にある小さな野営地で火を囲んでいた。
夜風は少し冷たい。
焚き火の火がぱちぱちと音を立て、暗闇の中で揺れている。
ギラは肉を焼き、ヨウキはその横でじっと待っている。
テラは枕に半分埋もれながら、眠そうに火を見ていた。
「そういえばよ」
ギラが肉をひっくり返しながら言った。
「ユートピアに着いて、大賢者クックに会えたら、何を叶えてもらうんだ?」
その言葉で、少しだけ空気が変わった。
ユートピア。
大賢者クック。
強欲の大罪スキルを持ち、不老不死とも言われる存在。
願いを叶えてくれるという話が本当かどうかは分からない。
それでも、俺たちはその噂を追っている。
「俺は決まってる!」
ヨウキが真っ先に手を挙げた。
「父ちゃんに会う!」
「父親か」
「ああ! 会って、俺もここまで来たぞって自慢する!」
ヨウキの目はまっすぐだった。
「それで、父ちゃんに言うんだ。俺、強くなっただろって!」
ギラがにっと笑う。
「いいじゃねぇか」
「だろ!」
ヨウキらしい願いだった。
父を探すために旅をしている。
それは、単純で、まっすぐで、強い理由だ。
「ギラは?」
俺が聞くと、ギラは焼けた肉をかじりながら答えた。
「俺はスキルだな」
「スキル?」
「ああ。俺、スキルがねぇんだよ」
そう言われて、少し驚いた。
ギラはハーフドラゴンとしての身体能力が高く、大剣の扱いもかなり強い。炎魔法の適性もある。
だから、スキルがないことをあまり意識していなかった。
「強ぇスキルが欲しい」
ギラは火を見ながら言った。
「エイトには暴食がある。ヨウキには重力支配がある。テラには怠惰がある。アキアにもプリマドンナがあった」
「……」
「別に、今の俺が弱いって思ってるわけじゃねぇ。でも、もっと強くなれるならなりたい。俺は、誰かに見下されても黙ってるだけのやつにはなりたくねぇから」
ギラの声はいつもより静かだった。
ミリア王国で向けられていた視線。
ハーフドラゴンというだけで拒絶されたあの時のことを、思い出しているのかもしれない。
ヨウキが真面目な顔で頷く。
「ギラなら、スキルなくても強いけどな!」
「そう言われるのは嫌いじゃねぇ」
「でもあったらもっと強い!」
「それも嫌いじゃねぇ!」
すぐにいつもの調子に戻る。
テラは半分寝ながら、ぽつりと言った。
「私は、お菓子」
「だと思った」
ギラが即答する。
「たくさんのお菓子。甘いもの。パフェ」
「本当にそれでいいのか?」
俺が聞くと、テラは少しだけ目を開けた。
「うん。甘いものは裏切らない」
「ギラの肉と同じ理論だな」
「肉も裏切らねぇぞ」
「甘いものの方がえらい」
「肉の方が強い」
「甘いものは幸せ」
「肉も幸せだろ」
「肉は眠くならない」
「食ったら眠くなるだろ」
「じゃあ肉も少しえらい」
「なんだその評価」
ギラは少し納得していない顔をしていた。
ヨウキは笑っている。
俺も少し笑った。
だが、次に視線が俺へ向いた。
「エイトは?」
ギラが聞く。
「お前は何を叶えてもらうんだ?」
俺はすぐに答えられなかった。
火の揺れを見つめる。
願い。
叶えてもらいたいこと。
復讐。
その言葉が一瞬浮かび、すぐに消えた。
前世で俺を殺した相手がいる。
ミリア王国のアクラス・ヘンドリクス公爵。
だが、復讐したいのかと聞かれると、違う気がした。
怒りがないわけじゃない。
恨みが完全に消えたわけでもない。
でも、それを誰かに叶えてもらうのは、もっと違う。
幸せ。
人生の目標。
前の人生をやり直すこと。
リベンジすること。
過去の自分を超えること。
どれも大事だ。
だが、それを願いとして叶えてもらうとなると、何かが違う。
「……思いつかないな」
俺は正直に言った。
ギラが眉を上げる。
「ないのか?」
「ないというより、分からない」
火の向こうで、テラが静かにこちらを見ていた。
「叶えてもらいたいものは、あるのかもしれない。でも、自分の夢は自分で叶えたい」
「エイトらしいな」
ヨウキが言った。
「なんか難しいけど!」
「分かってないだろ」
「半分くらい!」
「正直だな」
ギラは肉を食べ終え、骨を置いた。
「まあ、いいんじゃねぇか?」
「いいのか?」
「ああ。長く生きてりゃ、そのうち出てくるだろ。願いなんて、無理に決めるもんじゃねぇよ」
ギラは笑った。
「腹減ったら飯が欲しくなる。強くなりたくなったらスキルが欲しくなる。夢も、そのうち腹みたいに減るんじゃねぇか?」
「変な例えだな」
「分かりやすいだろ?」
「少しだけな」
テラが枕に顔を埋めながら言った。
「ギラ、たまにいいこと言う」
「たまにってなんだ」
「いつもはお子ちゃま」
「おい」
「くるしゅうない」
「だから上から目線やめろ!」
ヨウキが笑い、俺もつられて少し笑った。
焚き火の火が揺れている。
願いはまだ分からない。
でも、今はそれでいいのかもしれない。
俺はまだ旅の途中だ。
答えを急ぐ必要はない。
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さらに月日が経った。
景色は少しずつ変わっていった。
道は細くなり、周囲の木々は高くなり、空を覆う葉の量が増えていく。
空気は湿り気を帯び、遠くから知らない鳥の声が聞こえる。
魔物の気配も、以前より濃くなっていた。
テラも、いつもより少しだけ目を開けている。
「眠らないのか?」
俺が聞くと、テラは小さく首を振った。
「ここ、ちょっとめんどくさそう」
「お前がそう言うなら、相当だな」
ギラが大剣を背負い直す。
「いよいよって感じだな」
ヨウキも斧を握り、目を輝かせていた。
「この先に父ちゃんの手がかりがあるかもしれないんだよな」
「ああ」
俺は前を見る。
目の前には、果てが見えないほど広がる巨大な森。
マルシャル法国とセフィール聖王国の間に存在する大森林。
浅い場所にはエルフや獣人族の国があるという。
だが深部には、強力な魔物が多く、普通の冒険者では入ることすら難しいと言われている。
ユートピアがあるかもしれない場所。
大賢者クックへつながるかもしれない場所。
そして、俺たちの旅が大きく変わる場所。
「行くぞ」
俺が言うと、三人がそれぞれ頷いた。
ギラは笑う。
「おう」
ヨウキは声を弾ませる。
「行こう!」
テラは枕の上で小さく欠伸をした。
「……歩くの、めんどくさい」
「お前は浮いてるだろ」
「浮くのも、めんどくさい」
「じゃあ何ならいいんだ」
「パフェ」
「森にないぞ」
「じゃあ早く終わらせよう」
その言葉に、ギラが吹き出した。
俺たちは大森林へ足を踏み入れた。
暗く、深く、どこまでも続く森の中へ。
ユートピアを探す旅は、ここから本当の意味で始まる。




