第16話
この世界の真実。
この世界は、すべてたった一人。
この世界の誰かは、私。
私は、かつての誰か。
何度も何度も命として生まれ、何度も何度も人生を終える、その流れが延々と…繰り返されている。
時に自分は愛する人であり。
時に自分は身を脅かす人であり。
時に自分は粗末に扱われる命である。
命を持つものすべてが、自分であるという事実。
人は皆、命の目標を持って生まれて、それを達成することを目指して、生きている。
愛されるために生まれる人もいる。
嫌われるために生まれる人もいる。
たった一人を愛するために生まれる人がいる。
たくさんの人に愛されたいと願って生まれる人がいる。
……時間のない、この空間で。
終わった人生を振り返り、新しい人生の始まりに立ち合う。
それが管理人である、私の仕事。
この振り返りの場には、生きた記録を残すためのアカシックレコードと、管理人の私しか存在していない。
人生を終えたものはすべて私の前に現れ、自分の人生を振り返り、目標を決めて…また生まれていく。
人生を終えた人がここに来るたびに、アカシックレコードが開く。
そこに記憶が記録されていくのを見守りながら、生まれる前に決めた目標が達成できたのかを確認し、人生を共にふり返り、次の人生の目標を導き出す。
感情的になる人も、ごくたまにいるけれど…その人だって、結局、私。
人生を振り返るときにすべての感情が流れ込むので、その気持ちに寄り添うことができる。
たくさんの自分に向き合い。
たくさんの自分に助言し。
たくさんの自分が目標を決めるまで見守り。
たくさんの自分を見送り。
怒り、悲しみ、喜び、嘆き、諦め…様々な感情を持つ、かつての自分と向き合い、共に次の人生の目標を模索し、決定して、生まれていくのを見届けてきた。
そして…これからも、見届けていく。
……わたしが運命を変えた、良雪に会えるのを、心待ちにしながら。
…ああ、この場所の、背景が変わった。
人生を終えた誰かが訪れる、合図。
……この色は。
穏やかな気持ちで人生を終えた人が、纏う色。
「…充?」
管理人となった私の目の前に、懐かしい笑顔が。
「良雪…やっと、会えたね」
微笑み返す、私を見つめるその目が、一瞬大きく見開いて…優しい眼差しへと変わる。
アカシックレコードのページが……開く。
良雪の中から、記憶が飛び出して…、アカシックレコードに記録されていく。
あふれた記憶と入れ替わりに、世界の摂理が…良雪の中に満たされていく。
この世界の真実を知った良雪の表情は、とても穏やかで…満ち足りている。
アカシックレコードに記録されていく、良雪の記憶。
管理人である私は、その記憶を共に振り返ることができる。
充が亡くなって、透と共に生きた人生。
父子仲良く、たまにケンカもしながら…たくさんの人たちとふれ合って、たくさん笑い合って、たくさん学んで、たまに涙を流した。
本気で怒って、本気で心配をして、…充を思い出す時間に幸せを感じるようになれた。
充に自分の幸せな毎日を伝えることができる時を、ずっと……心待ちにしていた良雪。
今、良雪の記憶を共有している私には、すべての幸せが、気持ちが、伝わっている。
記憶を共有していることは良雪もわかっているから…とても、とても満足そうに、私を見つめている。
「いろんな、ことが、あったのね」
「いろんな、ことが、あったよ?」
しばらく、管理人の仕事を忘れて…見つめ合って。充として…良雪を見つめていたけれど。
…人生の答え合わせの時間がやってくる。
「良雪。貴方は幸せな人生を送ることはできた?」
良雪が、生まれてくるときに決めた目標は、『幸せに生きる事』だった。
良雪として生まれる前に送った人生は、親の決めた道筋通りに生きた人生だった。
自分の意思が通らない、けれども何一つ不自由のない生活。そこに幸せを見出すことができず、幸せを願って生まれて来たのだ。
しかし、充と出会った良雪は幸せを手に入れることができず、孤独に人生を終えた。
深い悲しみに包まれた良雪は、良雪に寄り添う人生を送りたいと願って充として生まれて…。
充は、良雪の記憶にずいぶん干渉されつつも、アカシックレコードの記録を上書きすることに成功した。
孤独な人生を送った良雪の記録は、アカシックレコードの中からすべて…消えた。
幸せな人生を送った良雪の記憶が、アカシックレコードに上書きされたのだ。
孤独な人生を送った良雪の記録は、私の中に残る、おぼろげな記憶だけになった。
かつて良雪だったわたしが、変えたいと願って…運命は変わった。
充の変えた運命は、良雪を幸せにすることができた?
……良雪の、こたえは?
「幸せな人生だったよ。」
以前、孤独に人生を終えた良雪は、孤独な人生を終えた良雪に寄り添うことを望み、充として生まれた。……それが、私。
充として生まれた私は、満足の出来る人生を終えて、振り返りの場の管理人になった。
「良かった。良雪の人生を終えたあなたは、何を目標にして生まれることを望む?」
幸せな人生を終えた良雪は、充になる必要が、ない。
だから、あなたは……、自由に目標を決めていいの。
人生の目標を達成できた良雪が、次の目標に掲げるのは、何?
「目標を見つけるために、生まれようと思うよ。…幸せな人生を、ありがとう」
にっこり微笑む良雪の顔が、だんだんおぼろげになっていく。
ああ、間もなく、アカシックレコードが、閉じる。
記憶がすべて記録されたら、アカシックレコードはページを閉じるの……。
「こちらこそ。幸せを、ありがとう。…いい目標が、見つかりますように」
幸せな良雪が、薄くなって…新しい命になって、生まれていった。
良雪が消えると、アカシックレコードはばたんとページを閉じた。
……見届けた私の目に、涙が浮かんだのはきっと。
良雪と恋に落ちることを望んで生まれた私が。
充の恋に落ちた相手を幸せにすることができたことに。
心から、幸せを感じたから、なのだと、思う。
良雪を見送った後も、私はこの場所で、管理人を続けている。
どの自分も、愛おしい、自分。
成功した誰かも、間違いを犯した誰かも、心を閉ざした誰かも、陽気な誰かも、すべて私。
ただ貪られる命も、尊ばれる命も、すべて同じ命。
命に寄り添い、命を送り出す、私。
いつか、また…アカシックレコードを手にしたいと願う誰かが、ここに来るかもしれない。
…その時は。
人には重すぎる世界記憶を持ったまま生まれたことがある私。
重すぎる記録につぶれてしまいそうになった私。
運命を切り開いて、塗り替えて…重すぎる記録を閉じることに成功し、幸せな人生を送ることができた、私。
いつか、アカシックレコードを持ったまま生まれて、何かを成す私がここに来る可能性だってあるはず。
私ができたのだから、ほかの私だって、できるはず。
私は…、受け入れるつもり。アカシックレコードを手渡して、共に生まれていこうと思っている。
その時私は、何を目標にして生まれるのかな?
まだ、なにも思い浮かばないけれど。
今はただ…愛おしい、自分たちと寄り添い、共にありたいと願って、いるの。
ああ…背景の色が変わる。
この色は、とても暖かい色。
流れ込んでくる、人生の記憶。
記憶がアカシックレコードに記録されていく……。
世界のすべてが記されている、アカシックレコード。
アカシックレコードに記されていない記憶を持つ、唯一の私は、管理人。
悲しみの記憶は、私が運命を乗り越えた証拠。
おぼろげな記憶を胸に、私は自分と向き合って、寄り添って。
自分が目標を決めるのを見守って、見送ってゆくの……。
目標を決めた自分を見送ると、アカシックレコードは…開いていたページを、ぱたんと、閉めた。
私はそっと、アカシックレコードの表紙を撫でて…恋をしていたころの記憶を、少しだけ、思い出した。
アカシックレコードには、全ての記憶が記録されているけれど……、私の恋心は、確かにこの胸の中にあるのよ。
この世界は、たった一人の、私だけが作り上げている世界。
管理人だって…たくさんいる私の中の、一人。
……ああ、また、背景が変わる。
今から会う私は、どんな人生を終えたのかな?
爽やかな色に包まれて、私が…姿を現す。
……アカシックレコードが、そっとページを、開いた。
ありがとうございました。




