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閑話 不確かな想い



 レティシアの涙という未知との遭遇に心を踊らせたフェリクスにより、彼女の身辺調査が執り行われる次第となった。


 太古の時代から大賢者の根幹を支えている鼠魔獣たちの連絡網――通称『ねっちゅわーく』――は各町にペットとして潜入している調査員の伝手を駆使しながら、貴族であるらしき彼女の身辺をその生い立ちに至るまで徹底的に洗い出す。


犬「ああ、彼女なら――」


鳥「隣隣町の通りで見かけたよ――」


猫「おまえ、うまそうだな――」


鼠「ぎやあああぁぁぁ!!!」



 鼠魔獣たちが決死に集めてきた情報は、こうしてフェリクスの下に届けられていた。



「そうか、彼女は伯爵領主の娘だったか」


「正確には『元』領主の孫です。今は別の伯爵が領主の地位にあるそうですが、その家とは代々険悪な仲にあるらしく、隙あらば喰らいつこうというようなバチバチ環境で育てられたと」


「いわゆる権力の荒波に呑まれてきた娘ということで、彼女自身も、ただ領主の地位を取り返すための駒としか見られていなかったようですな」


 常に権力と共にある貴族であるレティシアは、産まれた瞬間から政治の道具としか見られておらず、その生い立ちを調べても悲惨な情報しか出てこないのだと鼠やレノンは語った。


 家には帰りたくないと屋敷に居座ることになった彼女の事情を詳らかにしてしまった一同であるが、ただ1人、その男は何を感じたのか溜め息をつく。


「如何に親があろうとも、彼女も孤独を感じているのか……」


 研究室の濃密な空気に呑まれていった呟きは、不思議と魔物たちの耳にも悲しい響きを与える。


「あの魔力持ちである彼女もフェリクス様と同じく孤独を感じている。……尤も、親の有る無しに違いはありますが、どちらがどうとは言えますまい」


 親の無い孤独の中で、賢者の役割をこなすしかなかったフェリクス。


 親が有る孤独の中で、貴族の役割を押しつけられていたレティシア。


 この2人はどこかが異なっているようでいて、どこか似通っているのかもしれない。フェリクスがそれに気づいているかはわからないが、なにか、涙の理由を掴みかけているようだった。


「私は……彼女に涙を流してほしくない……。そんな気がする……」


 異なっているようで、似通ってもいる。だからこそフェリクスは彼女の涙に胸を打たれた。もしもその涙を見てしまったら、自分の『何か』まで崩壊してしまいそうだから。


「この寂しさ……。この悲しさ……。これが人間――いえ、生きるということなのです。フェリクス様にも、いつかは正直になってもらいたいのですが……ね……」





 レティシアという存在の一片を垣間見たフェリクスは彼女を密かに見守っていた。それでなにがわかるとも知れないが、今の彼女こそが研究対象だと見做したのである。


 かといって賢者としての研究を怠ることもできず、そのときもレノンから経過観察を聞いていたときだった。


「いま、誰かが結界を越えたな……」


「彼女に続いて易々と抜けられるものではないのですが……まさか……っ!」


「感覚ではこの屋敷の中、つまり『ワープ扉』を使ったのだろう。だが彼女が扉の存在を知るはずもないし、知っていたとしても自らが嫌う外へ出ようとするなんて」


「そういえば、先ほど2人がこの部屋を訪れていましたが。フェリクス様もいらっしゃるので吾が輩は廊下で待機していたのですが、いったいなにをお話になったので?」


「…………来てたっけ?」


 レノンは呆れ、フェリクスは慌てた。


「レティシアが王家の人間がいるかもしれない外へ!? どうして! どうしよう! どうすればいい!!」


「落ち着かれよ。なにも即刻王家の人間に見つかるわけでもなし、まして先日まで伯爵令嬢であった彼女が――フェリクス様?」


「終わった……。きっと今頃は賢者因子として火炙りにされてるんだ……。よくて斬首か、晒し首か……」


「そんな大袈裟な」


「大袈裟なことがあるか。彼女はせっかく涙を減らしていたというのに……また孤独へと……私のせいで……」


 フェリクスは偉大な賢者の面影を消し去り、酷く自責の念を抱いている。突っ伏した机にめり込むほどに。……あ、起き上がった。


「さて、魔法陣はどこか」


「魔法陣?」


「大賢者様があの夜への意趣返しとして製作された魔法陣だよ。ひとたび作動させれば王国全土が焼け野原と化す大魔法、火炙りにされる前にあれで――」


「お待ちください!! 早まらないで!! せめて夜更けまで待ってくだされえぇぇぇ!!!」





 レティシアは町へ野菜を売りに行っていた。途中でトラブルがあったようだが、概ね無事に取引を済ませてきたようである。あと5分遅刻していれば焼け野原になっていたなんて彼女は知る由もなく、フェリクスの説教は話半分に流されてしまった。


 レノンから言われた「過保護」の意味にフェリクスが首を傾げている一方、計画を着々と進めているレティシアは規模が拡大された畑の収穫を用いての試食会を屋敷で行っていた。


 屋敷において初めてとなる催しは大成功。新しい料理がふんだんに味わえる試食会ともあって、挙って参加していた魔物たちにも好評となり、魔物たちとレティシア――ティアとの距離は一気に縮まったのである。



 その頃、人の話を聞かなかったためいつの間にか不参加扱いにされていたフェリクスはというと……



「あれ、今日はもう食事を済ませていたんだっけ? ……まあ、どっちでもいいか」


「よくありませんよフェリクス様。あなたは研究に没頭すると何日も食事を抜いてしまわれるのですから、時間どおりに食事を取る習慣をつけてもらわないと困ります」


「食べてなかったのか。となれば、ウサギ達は配膳もせずなにをしている?」


「それはまあ……もう少しでわかるかと……」


 翼から取り出した懐中時計を確認したレノンが、ガラスに写る食べかすを恥じらいながら口に含んでいると、予定よりも早く扉から来客の音が伝わってきた。


「失礼しまぁ~す」


 この軽い調子の声を聞いてしまえば、とても彼女が元伯爵令嬢だったなんて思えない。


 室内からの返事に期待することもなく部屋に押し入ってきたレティシアは、予定通りに事をこなしてくれたレノンとアイコンタクトを交わすと、研究から手を離しているフェリクスに一言を告げた。



「わたしと一緒に、お食事をしませんか?」



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