第四話 「不遜」
ぱち、ぱちと。
僕の背後から疎らな拍手が響く。
僕は背後に誰が立っているか確信しつつ振り向いた。
立っていたのはやはりというべきか、想像通りの二人だった。
氷のように冷たく蒼い眼光に、低い上背をした炎髪の男、ダーリェン日陽騎士団長。加えて、咲き誇る向日葵を彷彿とさせる暖かな紅い眼をした緑髪長身の男、ゴルドルフ日陽副騎士団長だ。
ゴルドルフがにやりと笑みを浮かべて一歩前に出る。
「相変わらずだな、エイリアス。いや、テクニックだけで言えば寧ろ上達しているんじゃないか? 剣の腕の方は流石に上達が見えなかったが……まぁ、アゴラではやはりどうにもならないか。アゴラも団長が気にかけるほどには実力者だ。少し期待はしていたんだが……」
聞く人全ての心を撫でるような優しい声で、ゴルドルフは心底残念そうに言った。この人は相変わらずだ。昔から人望があり、騎士団では誰よりも優しく頼れる男だった。が、それ故に失敗した者への失望はその者へと何よりも残酷に突き刺さる。
「団長に副団長……!! どういうつもりです、騎士を辞めた僕の元にアゴラを差し向けるなんて」
「そう畏まってくれるなよ。それに俺を副団長などとよそよそしく呼んでくれるな。前と同じ、ゴルドルフでいい。敬語もやめてくれ。俺とお前の仲じゃないか」
「……じゃあ、ゴルドルフ。なんのつもりなんだ。団長はどうお考えになってアゴラを僕に差し向けた」
僕が威圧するように声を低くして問いただすと、ゴルドルフは肩を竦めて一歩後ろに下がった。
「悪いけど、俺がお前に言えることってのは凄く限られていてな。だからあとは団長殿から直接聞いてくれ」
ゴルドルフが下がったのを受けて、団長が一歩前に足を踏み出す。
瞬間、僕の総身を粟立たせる程の威圧感が辺りを支配した。
殺意。それも、僕が人生で受けてきたものでも一二を争う程の。
以前に剣を合わせた時とは比べものにならない。当時でさえ、彼は最強の呼び声高かったというのに、だ。
「……どういうおつもりですか。団長」
「それを俺が貴様にいう必要がどこにある……と、言いたいところだが。ゴルドルフが俺に聞けと言ったのであれば、少しは言ってやる必要があるだろうな。簡単な話だ。これは、こいつの持ち主を決める争いだったのだ」
団長が一つの指輪を僕に向かって放り投げる。思わず受け取った僕は、それを一目見た瞬間、ギョッと目を見開いた。
「【神装・極聖神殿】……!? いや、何故それを騎士団を辞めた俺に!?」
「そこまで言ってやる義理は生憎ない。だが、俺はお前に【神装・極聖神殿】を持たせる必要があると判断した。だが、便宜上【神装・極聖神殿】の持ち主はアゴラと言うことになっている。故に俺はアゴラを貴様に差し向け、持ち主を確定させた。決闘という手段を以ってしてな」
【神装・極聖神殿】。
王国にも二つ、世界に三つしかないと言われている神器の一つ。世界最強の呼び声高い武器、防具だ。その性能は僕が作り出せる武器にも匹敵する。また、三つ合わされば真の力を発揮するという伝説も残っており、その重要性から神器は国のものという事になっている。外部の人間にそうそう渡せるものではないはずなのだ。
呆気に取られる俺を他所に、団長はその冷たい目をアゴラに向けていた。
「要件はそれだけだ。そこの役立たずを回収し、俺は帰る」
「待って下さい。アゴラをどうするつもりですか」
僕は即座に団長にかみつく。
それは、僕にとっては当然の事だ。
団長が煩わしそうに小さく舌打ちをした。
「最強でないのなら俺の下にいる資格はない。これは絶対だ」
「……それを。僕に負けている貴方が仰るとは」
「…………何?」
団長が憎しみすら含ませた眼光で俺を睨む。
僕は、不遜に笑う。
挑発に。団長が絶対に勝負に乗ってくるように。
「一つ、勝負をしませんか。僕が勝ったら、アゴラの負けは無かったことにしていただけたい」
「……いいだろう」




