第十六話 「型破り」
小走りで僕の方へ駆け寄ってくるサリアさん。僕は唖然と口を開けたまま、それを迎える。そんな僕の様子など気にも留めず、サリアさんは話しを続けた。
「で、まぁ見れば状況はわかるけど……上がってくるの待ってるよりは自分から降りた方が良いっていうのは懸命ね。だってアイツ、途中でバテてへたり込んでるもの」
それを聞いて僕は、だろうなぁと苦笑した。もともと後衛職で、引きこもっていたら当然体力は落ちる。加えて急な運動で準備体操もなければそうなるのは必然だろう。少し、置いていってしまったのが申し訳なく思われる。急を要したので仕方なかったのだが。
「そこの下で休憩してるから、取り敢えず運べば治療してくれるでしょ」
「そうですね……あっ、ありがとうございました、助けてくれて!」
「パーティってことになってるんでしょう? なら当然のことじゃない。それに、私もこの間助けてもらったばかりだから。少しだけだけど借りを返したって事で」
「っ…………はい」
──借り、か。
そんなものは本当はない。当然だ。助けたのは僕の力じゃないんだから。
でも、そんな事を面と向かって言う度胸は無いし、なにより今はメメルさんを助けるのが先決だ。
サリアさんが上がってきた方に足を向けて、屋根の端から下を見下ろすと土下座するように額を床に擦り付けているユカリさんが、此処よりも少し低い所にある屋根の上にいた。
抱えているメメルさんに衝撃が通らないように気をつけて飛び降り、ゼェゼェと息を切らすユカリさんの頭の前に横たえる。
ユカリさんは、僕に気づくと力無く頭をあげて、同時に目の前にいる負傷したメメルさんに驚いて鶏を締めたような声を上げた。あえて文字で表すなら、
「グァゥェッ!?」
と言ったところか。
そして、僕があれこれと事情を説明し、メメルさんを治す事を頼むと。
「あ、もう全部終わっちゃってんすか……まぁいいや。私の仕事、もともとこれだしね! さぁ刮目するがいいダーリン! 私にかかれば、人一人治すなんて雑巾縫うより簡単だぜぃ!?」
ユカリさんは僕に向けてキメ顔でそう言うや否や、意気揚々と長い袖をまくってメメルさんの身体を転がし、触れたり凝視したりし始める。
「んー、結構傷大きいなぁ。内臓の損傷が此処と此処と……肋骨も一番下のが欠けちゃってるね。血も相当流れてるか。肉と皮も削がれてるし…………ちょっダーリン。そんな心配そうにしなくえ大丈夫だって。普通ならちょっと難しいとこだけど、私くらいになるとこれくらい、息をするより簡単に治しちゃうからさ?」
……そんなに不安そうな顔をしていただろうか。自覚はないが……
ユカリさんが大きく深呼吸をして、血が乾き黒くなってしまっている患部に手を置いた。意識が無いはずのメメルさんが少し苦痛に耐えるように歯をくいしばった。
「んぇーと……適当でいいか。──【なんか知らんけど偉いらしい神様よ】! 【崇めてやるからこの傷治せ】!! 【あと血も頂戴】!!!」
僕はその詠唱とも言えない、最早暴言、冒涜と言っていいそれにギョッと目を見開いて驚いた。
神聖魔術における詠唱とは、神を讃えその助力を乞うもの。有名な定型文だと【天にまします我らが主よ】、【救いを求める隣人にその御手をお触れ下さい】と言ったところか。こんな型破りで常識外れの詠唱が通じるわけがない。
そんな僕の中の『常識』が、次の瞬間木っ端微塵に砕かれる。
理由は言うまでもない。メメルさんのその抉れた大きな傷口が、みるみるうちに治って行くのを見たからである。失われた肉が再生し、皮が繋がっていくのを。失血から白くなっていた顔に朱がさしていくのを、見てしまったからである。
「んー、こんなもん? 流石に痕は残っちゃうかもだけど……まぁ上手くできたからいいでしょ、ダーリン褒めて♡」
「え、えぇ…………」
信じられないような事をしておきながら不服そうに鼻を鳴らし、猫撫で声で僕にすりすりと擦り寄り媚びるユカリさんに、僕の困惑は吹き飛ばされ。
そして僕は考えるのをやめた。考えるのがアホらしくなったのである。




