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第十話 「出来ること」

寝すごしました……ごめんなさい。

最近ルーズになっている気がするので、気を引き締めてまいります

 走る。剣が疾る。血が迸る。

 三つの工程を経て、またゴブリンが一つ物言わぬ体に果てる。

 今度のゴブリンは先ほどと違い、混乱も目くらましもない。

 先ほどほど手早く仕留めるというわけにはいかないが、それでも僕が優勢だ。

 理由は、やはりゴブリンの半分をメメルさんが受け持ってくれていることにあるのだが。


 メメルさんが手に持った布を踊り子のように優雅に振り乱す。

 大きな布は振られる度に武器を振るわんとしているゴブリン達の視界を遮り、その攻撃の狙いをぶらす。

 難なく攻撃を回避し、隙だらけになったその体めがけて、メメルさんがナイフを振るった。


 布の使い道は、成程、敵の視界を遮り敵の攻撃精度を下げることにあったらしい。

 先の部屋でも、反撃もせず闇雲に振るわれる凶刃の隙間を抜ける程、メメルさんの回避性能は高かった。

 しかし、前回はゴブリンの目は潰れ、視界を遮るも何もなかった。

 振るわれる攻撃はかえって無規則になり、避けることもかえって難しくなってしまい反撃もできなかったという寸法なのだろう。


 この布を使った戦闘術、一目見れば判るほどに洗礼されている。

 恐らく、僕が嗜んでいる【ガームイェン流流砕術】と同じ、『流派』だ。

 しかも中途半端に手を出した僕とは違い、彼女は極めるところまで行っている。

 

 ──強い。

 水が流れるよりも遥かに抵抗なく鮮やかにゴブリンを始末していく彼女を見て、確信した。

 彼女は総合的な強さでは、決して僕に引けを取る者ではないと。

 

 言っている間にゴブリンは減り続け。


「…………せっ!!」


 つま先から放った、文字通り鋭い蹴りが最後の一体の腹に直撃し、足甲が刺さって動かなくなった。


 辺りを見回す。動くものは、なにもない。

 念のため、斥候であるメメルさんに確認する。五感の鋭さは比べるべくもない。


「…………メメルさん、何か潜んでいると思いますか?」

「…………だいじょー、ぶ」


 メメルさんがぐっと親指を立ててそう言ったので、警戒を解き血を払った剣を鞘に戻した。

 メメルさんも布を綺麗に折りたたんで腰に掛けた小さなバッグに入れる。


「取り敢えず、お疲れさまでした……これで、依頼はおしまいですよね」

「ん…………うん。おつ、かれ」


 メメルさんは武器にも使っていた小さなナイフで、死体の耳を削いで袋に入れていく。

 どうやら、あの後の度重なる受付嬢の説明は無駄ではなかったらしい。

 結局五回は同じ説明を繰り返していたし、最後には受付嬢の声がかれる大惨事だったが。


 作業を手伝って、部屋中を歩き回っていると、ふと、部屋の端に目につくものがあった。

 それは、人形だった。

 打ち捨てられた、四肢のついた、ヒトガタの、薄汚れた、人形(したい)

 壊れた後も嬲られ、踏みつけられ、犯されたのだろう。

 もはや、それは──。


 手で口を抑える。

 わかっていた。残酷な現実は、見えないところに幾らでもあることくらい。

 わざわざ目を背けなくとも何も見ずに済んだ日本(せかい)とは違い、この世界では、自ら目を背けないのなら何もかも、視界に入ってしまうことくらい。


 …………僕に、出来ることは?


「メメルさん」

「…………ニャ?」

「この子を…………供養してあげたいと思います。手伝って、いただけませんか?」

「…………ニャァ……」


 少し目を伏せ、耳を倒して、刻りと頷いてくれるメメルさん。

 よかった。きっとこの子も、出来るだけたくさんの人に見守られたかっただろうから。

 断たれた未来。それを尊むように。

 僕は、穴を掘って彼女を埋めると、手を合わせて祈った。

 どこかに、届くように。そんな想いを孕ませて。

 

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