第十一話 「赤い煙」
洞窟を出て空を仰ぐと、薄く朱色がかかった空に、俄かに星が煌めいていた。
この世界の星は空気が澄んでいるからか凄く綺麗に見える。
僕が俺だったころ、少しだけかじっていた星座なんかとは全く違うが、それはそれで、趣が深い。
メメルさんも、僕の横で目を輝かせていた。
鮮やかな夕日と星が同居した空は、確かに他にないほど綺麗に映える。
「帰りましょうか。疲れましたし……」
「ニャァ…………」
ぐでり、と脱力して力なく返事をするメメルさんを見て、少し笑う。
なんとなく、かわいらしい。顔ももちろん整っているのだけど、仕草がとても愛らしく思える。
やっぱり猫特有のその奔放さが、猫人族である彼女にも受け継がれているのだろう。
「帰ったらお魚でもご馳走しましょうか?」
「ニャッ!」
尻尾をピンと立てて、目を丸くするメメルさん。
嬉しそうに耳をぴこぴこと揺らす彼女を見て、僕はもう一度、笑った。
◇◆◇◆◇◆◇◆
行きよりも格段に機敏な動きでメメルさんが道を走る。
っていうか速い。速すぎて追いすがるのがやっとという程に速い。
疲れているのに全力でダッシュするのを余儀なくされ、自らの失態を悟る。
帰ったら、と焦らすのではなく。
帰ってから言い出すべきだった──!!
「…………はやく」
「も、もうちょっと、ゆっくり……お願いします……」
ぜえぜえと肩で息をしながら懇願すると、渋々ながら、走るペースを下げてくれた。
間違いなく、依頼より疲れた。なかなか理不尽なことである。
息を整えながらゆっくりと走っていると、急に、ふと、メメルさんが立ち止まった。
視線がどこか、明後日の方向……正確に言うならば、道の脇にある森に向いている。
確か、名前をアンザスの森と言った。
街に一番近い樹木の群生地で、町に運ばれ建築に使用される木材のほとんどはあそこの木だ。
同時に、新米冒険者の訓練地としても知られている。
そこに居る動物や蛮族が、そこまで強くないものばかりで、実践を積むのには最適な環境だからだ。
「どうかしましたか?」
気になって、聞いてみる。
メメルさんは奔放だが、意味のないことはしない人だと既に悟っていた。
「…………ん、なんだかわかんない。けど…………あかい、けむり」
赤い、煙?
…………~~~~~!!!!
悟った。それが、なんであるのか、僕にはわかってしまった。
視線を上に向ける。
集中しなければ見えないほどに薄く、しかし確かに赤い煙が立ち上っていた。
「夕日で……見えなかったのか……!!」
失態だ。
もっと早く、気づかなければならない類のそれだったのに──!!
「…………ニャ?」
メメルさんが不思議そうに首をかしげる。何故、僕が慌てているのかわからないというように。
当然だ。依頼関係の流れすら把握していなかった彼女に、この信号の意味が理解できるはずがない。
「…………僕は、もう少し遅くなります。先に帰っていてください。受付嬢さんに赤い煙を視た、と伝えてください」
「………………ニャァ……」
出来る限り、不安をかき消すように。
内心の恐怖を打ち消すように、笑って、お願いする。
「…………わかった」
こくり、と頷いて、メメルさんが走り出す。
離れていく背中を見送って、僕は森に向き直った。
赤い煙。それは。
冒険者、『白金』クラスの救難信号。
即ち。僕よりも強い冒険者が。僕よりも多く徒党を組んで。
しかし、それでも。
壊滅の憂き目を見ている、と。
そういう、信号であった。
走り出す。
行ったところで、何ができるかわからない。
何が待ち受けているのか、知らない。
それでも、助けを求められたのなら。
手を差し伸べなければならないと、そう、思ったから。




