第八話 「一流の斥候」
寝過ごしました。
今日二話投稿するので許して……許して……
足元と、前方を松明が照らす。
洞窟はかなり広く、道の広さは学校の廊下の倍くらいか。
気温が低く、吐く息が否応にも白くなる。
地面はごつごつしていて、油断するとつまずいて転んでしまいそうだ。
踏みしめるごとにガシャ、と足甲が鳴り、静かな洞窟内にこだまする。
金属製の鎧だから、やはり隠密には向かないみたいだ。
「…………ここ」
数歩前を歩いていたメメルさんが立ち止まる。
松明で照らして足元を伺うと、言われないと気づかないような細い糸が張られており、先がごつごつとした壁を伝って天井まで伸びていた。
「……なるこ。で、そっちにわきみち…………ならしたら、まえといっしょに、はさみうちされる……」
「うわ、成程…………」
よく見ると、僕の少し後ろの壁に狭い道がある。
危なかった。
一人で来ていたなら気づかなかっただろうし、挟み撃ちされていたら数の利も働いて流石に辛い。
ゴブリンの膂力は、体格に見合わず恐ろしく強い。
一撃でも、貰いどころが悪ければ致命傷になりかねない。
それに、ゴブリンは光の差さないところに住んでいる場合、暗視能力を持っていることが多い。
洞窟のゴブリンなどはその最たる例であるし、間違いなく暗視を有しているだろう。
松明を持たなければ足元もおぼつかない僕に比べれば、戦略の自由度が違いすぎる。
「わきみちと、このまままっすぐいくのは、あとでつながってなかった…………たぶん、べつ」
「ああ、確かに……奥から来るのでは、鳴ってから駆けつけても間に合いませんしね」
多分、脇道の奥にはすぐにゴブリンがいる部屋があって、鳴子が鳴ってしまい混乱した冒険者の退路を即座に断てるようにしているのだろう。ずる賢いとは聞いていたけど、ここまで出来るとは。
「……奥で戦ってる時に気づかれて、それこそ挟み撃ちになってしまっても怖いので、先に倒していきましょうか」
「…………ニャ」
こくりと頷いたメメルさんが踵を返して横道に入っていく。
僕は足元に気を付けながら、それに続いた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
先ほどまでに比べれば格段に狭い、人一人通れるかというくらいの道をゆっくりと進む。
壁に手をついて、極力音を立てないように慎重に歩いていく。
気を遣うようになって改めて気づいたのだが、メメルさんは足音や衣擦れの音を全く発していなかった。
受付嬢が彼女を一流の斥候と称する理由の一端でもあるのだろう。
「……そういえば、メメルさんは武器なんかは持っているんですか?」
「これ」
くるりと器用に振り向いて彼女が差し出してきたのは、一枚の薄く広い布だ。
「…………えっと」
ちらりとメメルさんの顔色を伺う。
目は真っ直ぐと僕を見ていて、見つめ返されたことを不思議がったのか軽く首をかしげていた。
どうやら、真面目にこれが武器らしい。
触ってみると、生地が細かく滑らかだ。
広げてみると一辺が極端に長い長方形のようになっていて、振り回す分には不自由がなさそうに思える。
生地の薄さからか、視界を遮ってもシルエットで向こう側がある程度把握できる。
とても上質なものであるのはわかったが、しかしこれでどうやって戦うのだろう……?
「…………かえして」
むすっと少し拗ねたように不機嫌そうに催促するメメルさん。
僕は慌てて布をたたむと、それを返した。
「あ、ありがとうございます。見せてくれて」
「…………ん、いい」
メメルさんがくるりと振り向いて前を向き、また先に進む。
──な、なにか不味いことをしたかな……。
僕の心中は、そんな心配で一杯だった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
文字通り間もなく、メメルさんが手で僕を静止した。
恐らく、部屋に当たったのだ。
僕は松明を持っているから、近づきすぎると否応にも気づかれてしまい、奇襲もくそもない。
だから早めに止めてくれたのだろう。多分。
確かに、耳を澄ませるとゴブリンの特徴的なしわがれたような声が聞こえてくる。
蛮族語は嗜んでいないので、何を言っているのかはわからないが。
「…………かして」
メメルさんが唐突に僕から松明をふんだくった。
抵抗する間もなく──まぁ別に抵抗するつもりもないのだが──あっさりとそれはメメルさんの手に渡る。
「えっと……どうするんですか?」
「なげる」
「えっ」
二の句を紡ぐ間もなくそれは実行され、火のついた松明は綺麗な放物線を描いて部屋に落ちた。
部屋が明かりに照らし出される。
そこには大量のゴブリンがおり、薄汚れた緑色の肌をぬらぬらとてからせていた。
「──────!!?」
ゴブリン達は叫ぶと、慌てた様子で目を覆う。
ある者は手元においていたらしい大ぶりの鉈のような刃物を、無造作に振り回していた。
「…………くらいところがみえるからって、”なれ”はかわらないし…………きゅうに、あかるくなったら、なにもみえない。そしたら、あわてる…………あたりまえ」
メメルさんが目の前の惨状を、淡々と説明する。
鮮やかな手際だった。
『一流の斥候』。
彼女が掛けられた、自ら名乗るにはあまりに大きすぎる看板。
僕は、その看板になんの誇張も、偽りもないことを思い知らされた。
「…………いかないの?」
きょとん、と不思議そうに僕の顔を見つめる彼女。
「…………いえ、行きましょう」
僕がそう声をかけると、ニャ、と一言呼応したメメルさんが部屋に躍り出た。




