第五話 「他人(ひと)紹介」
時間が危なかったので、短めです。
「焼いてあげるのは別にいいですけど、その前にちゃんと服を着てください!!」
その一言にも受付嬢は反発して返す。
うん、確かにギルド内は治外法権が働いているから捕まったりはしないけど、全裸が長すぎて幾ら何でも目に毒だ。
「…………けち」
「ケチじゃありません、当然の帰結です!」
むくれた猫女さんが、気だるそうに脱力する。
彼女はどうしてそこまで衣服を畏怖するのだろう。猫だからとでもいうのだろうか?
と、思った矢先。彼女はなぜか僕の後ろに回り込んだ。
そして僕の腰に手を回すと、僕の背中に体を押し付け始めって何? 何が起きた?
何が起きたら僕の背中になんとも言えぬ弾力の二つのたわわが押し付けられるという結末に至るわけなんですか?
「…………これでいい」
「服を着た人を装備することは服を着たとはいーいーまーせーんー!!!」
……そういうことですか。
もう一度むくれて、「けち」と言う彼女の思考回路が、僕にはさっぱりわからない。
「…………やいてくれたら、きる」
「絶対嘘ですよね?」
「うんうそ」
「悪びれねぇ! この子本当に悪びれないなくそぅ!!」
何故か僕の胸をポカポカと叩く受付嬢。
挟まれた僕はどうしたら良いのか。
「……あの、取り敢えず服を着てくれませんか…………?」
色々限界で、心底困った僕がそう言うと、
「…………わかった」
不承不承、彼女は頷いたようだった。
よかった……。
◇◆◇◆◇◆◇◆
そういうわけでしばらく、と言ってもそれほどでもない時間が経って。
彼女はちゃんとした服を着て机の対面に座り、焼いてもらった魚をフォークでもりもり食べていた。
そして、職務を放棄した結果冒険者達に「またかよ」と呆れられた受付嬢が、何故かその隣に定住している。
僕はといえば、高鳴った心臓にようやく抑えが効き始め、赤くなっていた顔が通り一遍の薄橙に直ったくらいか。
「…………おいしい」
「それは良かったです」
なんとなく感情が薄く、綺麗だけど淡白に見えていた彼女の顔に、幸福の色がつく。
やっぱり猫だから魚が好きってことなのだろうか。
「受付嬢さんは、その……いいんですか?」
主に業務が。
「いつものことなので、大丈夫です! 皆さんもう慣れちゃって、勝手に手続きして勝手に受注して勝手に必要事項を読んで勝手に出立して勝手に依頼達成して勝手に帰ってきますから!」
この人、本当にこれで食っていけてるのだろうか。甚だ疑問に思えてきた。
「……さて、まぁ私も何の意味もなくカウンターを抜け出してきたわけではないのです。そろそろ水だけの生活にも飽き飽きですし?」
思ったより食っていけてなかった。
「はぁ……彼女の紹介とか、期待してもいいんですか?」
「モチのロンでございます。この子めんどくさがって、自己紹介とかしませんし」
「…………そんなに褒めなくていい」
「あははー、褒めてませんよー?」
受付嬢の目が笑っていなかったので、猫女さんは微妙に震えだした。
僕も正直、ちょっと怖い。
「……はぁ。彼女の名はメメル。『銅』クラス冒険者です」
「『銅』? アレで?」
一応『銀』の僕より、猫の姿とはいえ全然速かったのに。
「…………面倒くさがりでして。冒険者登録してから一度も冒険してないのですよ」
すごく納得した。
「種族は、まぁ猫人族。ご存知ないかもしれませんが、猫化出来る人族の一種です」
そう、それを知らないからこそ、僕は心底驚いたのだ。
種族は、まぁ貴族としての教養に足るほどは知っている筈なのだが。
「……で、まぁ私からのお願いです。彼女を連れ出してくれませんか? 私、一応友達として、彼女がこのまま魚市場で窃盗を繰り返して自堕落に生きていくのに耐えられないのです」
深々頭を下げる受付嬢。
混みいった事情は知らないが、取り敢えず僕は頷いた。
受付嬢の目は、本当に心配に満ちていたから、そうしたのだ。




