第三話 「魚市場・チェイス」
果たして僕は魚市場に来た。
受付嬢さんは、「行けばわかりますので! さぁどうぞどうぞ!」と背中をぐいぐい押して僕を送り出した。
勿論、僕はその有能な斥候さんの特徴すら聞いていないわけで、何とも頭の痛くなることだ。
魚市場は、貴族街にある。
アーガス領にも海はあるが、ガルムエントは内陸で、海は接していないし、川もそう近くはない。
移動手段が馬車しかないこの世界では、とても魚が食べれる環境にはない。
それでも魚が売られているのは、氷が多用されている場合と、もう一つ。
神官の魔法である【保存】によって腐敗を回避されているからだ。
氷だって大量生産できるものではないし、【保存】は高位の神官しか使えない高等神聖魔法であるので、流通数はとてもシビアに制限されているわけで。
父さんもそのあたりに頭を悩ませていたのを覚えている。
漁港に近い街ならば銅貨数枚で買える魚がここだと金貨単位の取引になるので、やはりそれは貴族の嗜好品という地位にとどまることになった。
そんな場所に、どうして見てわかるような有能な斥候が……?
きょろきょろと周りを見渡す。
身の詰まった大きな魚が店頭にごろごろと転がされている姿は壮観だ。
白く丸い大きな目がぎょろりと虚空を眺めている。
魚だけにとどまらず、貝などの海産物もごろごろと無造作に転がされ、豪華な服を着た貴族たちがそんなラインナップを楽し気に見ながら歩いている。
魚市場は貴族と言う裕福な固定客が現れたことで活気を増したらしく、ずらりと多くの店が軒を連ねている。
活気にあふれた怒鳴り声で客引きをする者もいれば、その場で成人男性の体躯ほどもあろう巨大な魚をさばき始める職人も居たりする。
しかし、目当ての人物と思わしき影はこれと言ってつかめない。
──やはり、一度引き返そうか……。
そう思いかけた時、視界の隅を高速のナニカが通り過ぎた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
それは、風のように人の波の中を。あるいは店と店の間を縫うように駆けた。
人間大ではない。小さく、ペットに飼う小動物のサイズに近い。
速い。
速すぎる。
目で追うことすらままならない。
辛うじてやみくもに回した視界の中のどこかに一瞬捉えるのがやっと。
僕の動体視力は、今や常人の域にとどまっていない自負はある。
鍛え抜かれた絶対のそれをすら、あの影はあざ笑うように振り切っていく──!
瞬時に直観する。
アレだ、と。
正体不明の、一流の斥候はまさしくアレのことだ、と。
成程、行けば判るというのも頷ける。
あれが野を駆けまわり、偵察をするというのならそれに勝るものは、そうそうないだろう。
困惑している間に、影はみるみる僕との距離を離していく。
影の通り過ぎた店頭から、まるまると太った魚が一尾消え、店主が首を傾げた。
「逃が、さないって!!」
駆ける。
パルクールのように、障害物を乗り越え、踏み台にして加速し、人ゴミの中を失速せず縫うように流れていく。
だが、距離は縮まらない。
あっちの方が、遥かに速いのだ。
当然だ。幾ら僕でも、自分程度の足の速さのものを目で追うことすら出来ないなんてことはない。
なぜか魚をくわえ始めたので失速はしているが、それでも見失わないのがやっと。
追いつく、まして捕まえることなんてできるわけが──。
…………魚?
そのとき、僕の頭を閃きが襲った。
財布代わりに使用している麻袋を取り出し、その中から金貨を五枚手に取る。
走りながら一番近くの魚屋の店頭にそれを無造作にたたきつけ、交換と言わんばかりに小ぶりの魚をひんだくる。
魚のサイズ的に金貨五枚では赤字もいいところだが、足りないということになっては後が面倒だからしょうがない。あまり大きい魚だと値段がわかりずらく、五枚では足りないかもしれないし。
一層加速して、その影を追い、射程圏内に入ったと悟ると。
その小ぶりの魚を、影に向かって思いっきり投げつけた。
【ガームイェン流流砕術】をも利用し、助走の勢いをモロに背負ったそれはあり得ざる速度で滑空して影の目の前の地面にゴロンと転がり落ちた。
影は驚いたのか大きく後ろに跳ねた後、咥えた魚をいったん地面に置き、その場でおもむろに魚を食べ始めた。
当然、脚は止まっている。
僕は気配を消して悠々と接近すると。
「確保ーーーー!!!」
その猫に思い切り抱き着いて捕まえることに成功した。
──え。僕の初仲間、猫?




