第十一話 「意志」
打ち下ろしに抜き放った剣を割り込ませ、そのまま下に受け流す。
まともに受け止めれば弾かれ、致命的な隙を生むからだ。
アヤトさんは冷静に手首を返し、二撃目を放つ。
下方向から掬い上げるような一撃。
僕は足を以て、下方にあるそれを踏み抜き、出来た隙に剣を放つ──!
「させないよ!」
声と同時、背後から迫りくる刃。
狙いは腰辺り。深さも十分だ。
やむなく、横に転がってそれを躱す。
「あ、あぶねえ……!! 殺られたと思った! 助かった、カムイ!」
「……殺ったと思ったんですけどね」
ぼやく。事実、今の一撃には自信があった。
カムイさんの足がもう少し遅ければ、間違いなく仕留めきっていたことだろう。
そして、ここで仕留めきれなかったのは大きな痛手だ。
まあ、逃がした魚のことを言ってもしょうがないのだが……。
「アヤト、次からは同時に行こう。離れると片方ずつやられる」
「激しく同意。んじゃ行きますかっ……!!」
同時に疾駆する二人。
アヤトさんが刀を横に振りぬく。
型はなく、努力の痕跡も垣間見えない。
だが、奇跡的なまでに動きが筋肉の動作の最適解を突いている。
「ぐっ…………!!」
呻き、片手に持った剣で辛うじて受け流す。
追撃。幾分か短い刃がアヤトさんのさらに背後から抜けてくる。
体勢を崩さぬよう最小限に体を引き、回避。
受け流した衝撃で俄かにしびれた腕に鞭を打って、アヤトさんに剣を振るう。
隙だらけ──の、筈だった。
渾身の力を込めた一振りは、しかし弾かれた。
カムイさんのフォローだ。横から小太刀を割り込んでいる。
「ナイス、カムイ──!! もらったぁぁぁ!!」
刀が、襲来する。
剣が弾かれたことで、僕は完全な無防備に陥っていた。
狙いは、胴体。
横に薙がれれば、鎧もロクに着ていないのだ。あっさりと倒れてしまうだろう。
──無理だったか。
やはり、無理があったのかもしれない。
三対一だし。僕はそこまで強くはなかった。それだけのこと。
諦めかける。くじけ、損ないそうになる。
──剣閃を、視る。
積み重ね、得たものではない。
いうなれば、才能の剣。
自然に動かした身体の動きが筋肉とアジャストし相応の力を伴って襲い掛かる──!
──だったら、僕は努力の剣で!!
エイリアス・シーダン・ナインハイトという人間に、才能はなかった。
剣の才能も、魔法の才能も、何一つだ。
いや、何一つ、ではなかったかもしれない。なにせ、僕には神から与えられた才能は確かにあったからだ。
そんな状況下にあったからこそ。それを使っても、別に誰も咎めなかっただろう。
父だって別に、使うなとは言っていない。ほどほどにしておけ、と言っていただけなのだから。
何であれば、別にこの力はバレずに行使できるものなのだから。
この力を十全に使い尽くし、無双することもできたのだろう。
でも、僕はそれをずるいと感じた。
別に、才能が嫌いだ。生まれ持った力なんて不平等だなんて言うつもりはない。
けれど、エイリアスには才能がなかった。
ならば、その話はそこで終わっていなければおかしいのだ。
完結している話に、どこかから貰ってきただけの、借り物の力を振るってしまうのは、卑怯だと思ったのだ。
才能がないと苦悩して、それでも努力した人もいるのに。
才能があれど、胡坐をかかず努力を尽くす人もいるのに。
ただ、運がよかったなんて理由で誰も登れない高みに上るのは、魂が望んでいなかった。
他人の努力を都合よく踏みにじることを、よしとはしなかった。
エイリアス・シーダン・ナインハイトという貴族ではなく。
相良 彰人というちっぽけな高校生は、そんな不平等を認めなかった。
あの時。
十年前、あのパーティー会場で。首を飛ばされた女性だった胴体に縋りつく子供を見ていた。
どれだけ、自分は無力を呪っただろう。
もっと力があれば、そんな悲劇は生まずに済んだはずだったのに。
そして、決めたのだ。
もう誰も悲しませないと。もう、後悔だけはしないのだと。
強くなると、そう決めたのだ。
けれど、現実はそうたやすくは理想に追いつかない。
才能は、ない。
ズルも、使わない。
──だったら、どうする。
そして、僕は十年を生きた。
努力に努力を積み重ね、強さを求め続けた。
何度剣を振っただろう。
どれだけ走っただろう。
一度で覚えられないのなら百度繰り返せばいい。
百度で届かないのなら千度あがけばいい。
十年というちっぽけな時の流れを、それでもと抗い続けた。
ちっぽけな、本当にちっぽけな願いの為に。
振るう。剣を振るう。
幾度となく反復した。足りなかった才能を埋めるために。理想を現実に届かせるために。
その成果が、無敵の型となってアヤトさんの刀を弾き飛ばす──!!
「なっ………………!!?」
剣は弾かれ、身体は流れている。
何がその一閃をはじいたのか。
視線を、そちらに向ける。
それは、鞘だ。
腰に差したままだった、中に金属板の仕込んでいた鞘。
やられる。
そう感じた瞬間、身体は自動的に動き、負けないための最適解をなぞっていた──!!
「…………やっぱ、負けられないよな」
苦笑する。
だって、身体がまだあきらめていないのだから。
「………………来いよ。此処からは全開でいく」
──殺す気で。




