第九話 「種明かし」
昨日、急用で投稿できなかったので……
今日二話投稿します。申し訳ありませんでした。
「……ふぅ」
試合数が些かに少ないが、次が決勝戦だ。
今度はきちんと控え室に戻るが、出た時とは比べ物にならないほどガランとしている。
当然か、僕とアヤトさん達以外は軒並み敗退したということなのだから。
「……エイリアス様」
ガルマが横に立っている。
呼んでもいなければ予め何か頼んでもいないのに出てくるのは本当に珍しい。
「…………どうか、しましたか」
「失礼を承知で、申し上げます。かの者達を打ち倒すのならば……十年前に発動させた、かの魔法を使うべきかと」
────────。
少し、発言を理解するのに時間を要した。
まさか僕の気持ちを理解しているはずの彼から、そんな言葉が出るとは思わなかったからだ。
「……知ってるでしょう。僕があんな才能を使ってまで、他人の努力を踏みにじったりしたく無いってことを…………あれは、僕の力じゃない」
「……存じております。しかし、このままでは……」
「……いや、そうだな。わかってます。このままだと勝ち目が薄いって事くらい」
ガルマなりに、気を遣ってくれたのだろう。それくらいは分かる。
僕も──不安だ。
従者であるガルマに、敬語を使ってしまうくらいには。
「ええ。恐らく……敵方の参謀に、エイリアス様の技の奥は見抜かれている事でしょう」
◇◆◇◆◇◆◇◆
「鍵は……『速度』。想像は……んー、走高跳?」
ナナが静かにそう語り、俺とカムイが神妙にそれを聞いている。
「速度…………勢いのまま斬る、ってことか?」
「少し、違うかな。エイリアスさんは……『走っている速度のエネルギー』を『剣戟の強さ』に100%変換する技術を持っているんだと、思う。自分の体重を、速度を乗せて移動させるのに必要なエネルギーの『向き』を変えている……かな」
「……成る程。それで走高跳、か。あれは助走の横向きのエネルギーを、跳躍の縦向きのエネルギーに変えているよね」
「ん…………多分、そういうこと」
ナナの相変わらずな洞察力に舌を巻く。
エイリアスさんの初戦。あの一試合を見ただけでここにまで至る知能は、故郷でも他の追随を許さなかった。
その推察に狂いはないだろうが、一応疑問を提起する。その方が、ナナは話しやすいからだ。
「でも、もしかするとただエゲツない力を持ってるだけかもしれないだろ? どうしてそんな発想に至ったんだ?」
「気づけたのは、幸運が味方した、から。エイリアスさんは……モーキンに刺さった剣を『抜こうとした』」
「…………あぁ!! そういうことか!」
カムイがポンと手を叩く。
カムイも、ナナには敵わないが頭がいい。誰かが気づいたことなのなら、適切なヒントを貰えば解るのだろう。
勿論俺は、一から十まで言ってもらわなきゃわからない。
「あのね、アヤト。エイリアスさんはモーキンに刺さった剣を、『抜こうとした』んだよ」
「……あぁ。それは見てた。でも抜けなかったじゃないか」
「そう。抜けなかったんだ。『抜かなかった』んじゃなく、『抜けなかった』んだよ」
あーーーーー。
そこまで言って貰えれば、流石の俺でも解る。
「そうか、エイリアスさん自身にはそこまでの……つまり、斧を弾き返す程の膂力は無いってことなのか!」
「そういうこと。あの斧を真っ向から弾き返す程の膂力があるのなら、筋肉に挟まれただけの剣くらい、平気で抜けるよね。つまり、彼自身には力がない。どこかから持ってきた力を利用したんだろう、ってこと」
「…………もっと言うなら、斧を迎撃した時……エイリアスさんの脚、止まってた……。エイリアスさん、凄く脚が速かったから、あの勢いで急に止まるの普通、無理。前にいこうとしてるエネルギーがどっかに行っちゃったの、バレバレ……」
つまり、あの強すぎる一撃は脚が止まっていれば撃てないわけか。
あれで剣が大きく跳ね返されたりすると、体勢が崩れてしまうので、この情報はありがたい。
「脚を止めるのなら僕の出番かな。エイリアスさんは速いけど、どんな相手でも絡め手で幾らでも対応できるのが忍びだからね」
「あぁ、任せる。でも決め手に欠ける感じは否めないよな……多分二人掛かりでも剣術では劣るし、ナナの魔法で決めたかったけど……噂では反魔法使ったって話だし」
「あぁ、その点は問題ないと思うよ」
カムイがなんでも無いように言う。
俺は魔法とかには詳しくないから根拠がわからない。
「あー、えっとね。そもそも、反魔法を成功させるには幾つかの要素が要求されるんだよ。分かる?」
「そりゃ……やっぱり威力じゃないか? 相殺するなら、同じくらいの威力がないと出来ないだろ」
「うん、正解。他にも当て勘とかあるんだけど、一番大事なのはそれかな。で、なんでエイリアスさんは専門の魔法使いと同じくらいの威力の魔法を放てたと思う?」
「…………訓練、じゃないのか? 魔法の威力って訓練次第で幾らでも上げられるんだろ?」
「それも、ある。エイリアスさんは天才型じゃなくて努力の人みたいだし」
関係はないが、エイリアスさんが天才型じゃないってのは同意するところだ。
あの人の剣術には太すぎる背骨が透けて見える。
幾らでも反復し、限りなく追求して、何処までも遠くを追い求めたのだろう。
だからこそ、強いのだ。
「でも一番大事なのは、距離なんだ。聞いた話なんだけど、エイリアスさんと戦った魔法使い達は、開幕に魔法を放ったらしい。つまり、互いの距離はずいぶん遠いんだ。魔法の威力は距離に従って減衰してしまうから、エイリアスさんのたった二節しか詠唱していない即席魔法でも打ち消せたってわけ」
魔法が唱えた節の多さによって威力が変わる、なんて言うのは俺でも知っている常識だ。
魔法専門職が放つ魔法の節数の平均は四から五、らしい。
本来二節程度の魔法で止められたものではないのだ。
「それに……うちのナナちゃんは、あんな魔法使い達よりもずっと魔力が強い。あんな連中の、それも減衰した魔法でさえ、打ち消すのに二節も必要としているようじゃ、どちらにせよ、ナナちゃんの魔法を反魔法で打ち消すのは無理なんだよ」
「成る程なぁ。じゃあ俺とカムイが足止めして、ナナの魔法で決めるって感じか」
「そういうこと。流石に二人掛かりなら止められる……と、良いんだけど。アヤトってば剣を握ったの、八日前が初めてだからなぁ」
はぁ、と溜息をついてカムイが呆れた様に言う。
実家は道場をやっていたけど、俺自身、剣に興味なんてなかったのだ。
冒険者になろう、なんて思わなかったら一生握らなかったことだろう。
カムイは忍者の家の子供として、二本足で立った瞬間から訓練を強制されたと言う話だから、努力の差は歴然だ。
「まぁ、それでも並みの剣士とか、僕には勝てちゃうんだけどね。本当、才能に嫉妬するよ」
「エイリアスさんには敵わなそうだけどな……ったく、世界は広いぜ」
そう、勝てるのだ。
どうやら俺は天才だったらしい。何年も修行を積んだ相手に、八日足らずの修行で勝てるのだ。
それが恥じるべき事だとは思わない。
人間、向き不向きなんて生まれつきあるものだ。
なんの取り柄もないと思っていた俺に、合うモノが偶々剣だっただけで。
才能は、振るう物だと思う。
手加減して負けてやっても相手は虚しくなるだけだろう。
なら、全力で振るってやって、最後にお前もやるなぁ、なんて笑いあうのが一番いい。
努力は尊いもので、才能で成り上がるやつはナマケモノだ、ズルだ、なんて言う奴がいるが、そいつは嫉妬しているだけだ。
誰しも何かしら才能はあるはずなのに、自分の才能を掘り起こすのに怠けて他人を嗤いたいだけの屑だ。
極論ではあるが、最後に勝った奴が正しい。それだけなのだから。




