第七話 「初戦」
景色が高速で流れる。
最初は50mはあっただろう三人との距離は急速に縮まり、あと2秒と経たないうちに接敵すると見えた。
「は、速いぃぃぃ!! 合図と同時! 目にもとまらぬ速さで競技場を横切っていくぅぅぅ!! まるで閃光! 兄弟たちは意表を突かれたか!?」
否。兄弟たちも評判に違わぬ強者。
速さで劣るとみるや、集まってその場に仁王立ち。僕を待ち構える。
一番前に出ているのは長男ハーキン。
準備運動とばかりに巧みに斧を振り回し、くいくいと指を曲げて挑発する。
──2秒。
身体は斧の射程範囲に入っている。
ハーキンの筋肉に力がこもり膨張。その膨大な体躯が一回り大きくなったように感じられる。
振りかぶられる戦斧。
このまま進めば斧の餌食。横に逃げればほかの兄弟が追撃してくることだろう。
ならば。
「死ねィ、小僧──!!」
斧が地面に垂直に振り下ろされる。
鍛え抜かれた筋力と、体重が乗った理想的な一撃だ。成程、動物の首くらい平気で落とすだろう。
右腕を振るう。右斜め下から左の肩口に抜けるよう一直線に。
斧と剣の軌道が交差するように。
「馬鹿め、血迷ったか!」
そう、確かに正気を疑うだろう。
武器の質量。筋肉量。体重。振り下ろしと斬り上げ。
不利な点は幾多あれど、有利な点は一つもない────ように、見えたのだろう。
戦斧と片手剣が交錯し、火花が散った。
そして次の瞬間。
片手剣は振りぬかれ。戦斧が上に大きく弾き飛ばされた。
すかさず剣を引き戻す。
ハーキンの体は大きくのけ反り、回避などできるわけもない。
僕は追撃のために大きく一歩を踏み込むと、ハーキンの巨体を袈裟に切り裂いた。
巨体が膝から崩れ落ち、地面に赤い絨毯を敷いた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「きょ、強烈ぅぅぅぅぅっ!! 三兄弟の長男、ハーキン早くもダウンです!! 見るからに気を失っているーーーーーっ!!」
おおおおおおおおおおぉぉぉぉ!!
観客席が盛り上がり、耳を両手でふさいで体育座りをしたナナがひぅっと声を漏らした。
「…………尋常じゃねえ。なんであそこで斧が吹っ飛ぶんだよ。剣が折れるだろ普通……」
「うん、あれは想定してなかった……アヤト、エイリアスさんを止められる?」
「言いたかねえがぜっっっっっっっってぇ無理。悪いけどカムイも前に出てくれ。ナナまであの人が抜けると本格的にヤバい」
「了解。まあ、あれはしょうがないよね…………」
カムイがはぁ、とため息を吐く。
俺も思わず息が漏れる。まさか、俺たちが出る時に限ってあんな人が出てくるなんて。
ハーキンの方は出血が激しく見えるが、エイリアスさんの力加減のおかげで命に別状はないだろう。試合後に、コロシアム専属の神官に治療してもらえばすぐに治る程度だ。
真剣勝負の間に、相手の今後のことを気遣って致命傷を避けるなんて芸当、よほどの実力差がなければできることじゃない。
コロシアムでは、死人が出ることも珍しくないのだから。
「当たるとしたら決勝戦、だろうね。エイリアスさんは最初の方で、僕らは最後の方だから」
「ああ。まぁ…………優勝候補があれだろ? じゃあ行けると思うけど」
「ま、そうだろうねー……ほら、ナナちゃん。この耳栓とかどうかな。シノビ秘伝だよ」
ナナが恐る恐る両手を外し、耳の穴にきゅぽんと耳栓をはめる。
「! ……良くなった。ありがと、カムイ」
「どういたしまして」
相変わらず便利なヤツだ、と俺は呆れた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「お、おのれぇ!よくも兄者を──!!」
レーキンがフレイルを振り回し速度を与え始め、モーキンが叫びながら戦槌を振り回す。
戦槌は大きく、戦斧よりも遥かに先端が重い。
モーキンの隆々とした筋肉を以てしても、それを自在に振り回すには至らないのだろう。
体を廻し、遠心力を利用して横薙ぎに振るったその圧倒的質量を、僕めがけて解き放つ──!
だから僕は、それを恐れず更に懐にもぐりこんだ。
予想外だったのか、モーキンの目がぎょっと見開かれる。
それはそうだ。森の動物だって死にたくない。
ならばこの死の嵐の中に深く踏み込んだりしないだろう。
森の動物ばかり相手にしていたからか、モーキンは失念していた。
遠心力を利用した振り回し。死を運ぶ独楽。
懐に入れさえすればなんのことはない。只の回転肉ダルマだ。
片手剣を腹部に突き立てる。
血が噴き出し、モーキンの手から戦槌の柄が零れ堕ちる。
足が力を失って崩れ、膝が地面につく。
が、そこで一つの誤算があった。
強靭な腹筋に包まれた片手剣が、抜けてくれないのだ。
「そんな、ケモノ相手にしてるんじゃないんだから──!!」
絶句する間もなく、横からナニカが高速で迫ってくるのを察知。
首を引くと、眼前を鉄球が飛来していった。
「…………くそ、外したか!」
「あっぶないな…………!」
頭が吹き飛んだら神官じゃなくて霊操魔術師のお世話になるところだ。神官に蘇生は出来ないのだから。
倒れている彼らは死なないようにはしているが、やはり血は出る。
長引くと危ないかもしれないので、早く終わらせておきたい。
抜けない剣に執着はないので、手放して徒手空拳になる。
「武器を失ったな! 喰らえ──!!」
再び飛来する鉄球。
僕はそれの動きをよく見て、側面を軽く、撫でるように払いのける。
鉄球は軌道をずらされ、明後日の方向へ飛んでいく。
「なっ────!」
「ごめんなさい、これで終わりです」
懐に潜り込む。
レーキンは鎖のもう片方につけられた分銅を放とうとするが──どうやったって、素手の僕の方が速い。
レーキンの腹筋に右手のひらをつけ、両手を重ねる。
「覇ッ!!!」
気合いとともに渾身の力で腹部を圧迫。
体内で、異常な衝撃を与えられた内臓がもんどりうって暴れまわる。
レーキンの体は、力を失って背中から倒れていった。
口から白と赤の泡が混ざって出てきていた。
勝者のマナーとして、右手を挙げる。
「し、試合終了ーーーーーーーーっ!!! 強いっ、強すぎるぞエイリアス・シーダン・ナイトハイトォォォォ!!!! まるで子供が人形をもてあそぶように、ハーキン・レーキン・モーキン兄弟を瞬殺ぅ!! 誰がこいつを止めるんだぁぁぁぁ!!!」
おおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!
司会が声を荒げた宣言をし、それを聞いた観客が怒号に近い歓声と万雷の拍手を僕に浴びせた。