エピローグ
青年は草原で目を覚ました。衣服を着た自分が緑に囲まれていることを認識する。
豊かな匂いがする大地。青く澄み渡った天空。
清々しい涼風が通り過ぎる。長めの黒髪が風に揺れ、辺り一面の草もそよぎ踊った。
彼は何も感じない。微香も地面も紺青も大空も風も植物も、彼にはただそこにあるだけでしかない。
白の心を持つ彼は記憶がなかった。彼はそれを気にもしない。
この大気なら旅行者も育まれることだろう。彼はただそう思うのだった。
どこからか飛んできた小さな鳥が青年の肩に止まる。青碧の美しい鳥だった。
小さくも美しい彼女は、肩を落として悲しみに暮れていた。なぜ悲しんでいるのか青年が尋ねると「自分の名前を忘れてしまったの」そう彼女は答えた。
――彼は青碧の真の名を知っていた。記憶はないが必要な事柄は自然と浮かぶ。
青年が彼女の名前を教えると、彼女は感激して彼の周りを飛び回った。青い小鳥が喜び舞いながら歌い出す。
名もない歌で自分の名前を世界へ伝える。
青い鳥は彼に感謝した。
青年が尋ねる、これからどこへ行くのかと。
青い鳥が答えた、渚を目指すと。
なら探してみるといい。
きみにあってぼくにないもの
ぼくにあってきみにないもの
青年が優しく囁くと、彼女は海を目指して飛び立った。
「天国ではみんな海の話をしてるんだ」
ボブ・ディランの名曲『ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア』と同名ドイツ映画をモチーフにしてます。
差別化する為にタイトルはほんの一文字だけ変えてあります。
謎の青年は、和製リメイク版の主演・長瀬智也さんをイメージしました。長身長髪、服装や台詞のニュアンス等。まぁあってないようなものですが。
啓示的な謎に満ちた物語を書きたかったので、明確な答えは余り提示してません。(と言いつつ最後ルビでバレバレだ)
ヒントは幾つも散りばめてますが、考えるより感じて欲しい作品ですね。
けれど設定は凝ったので詳しい人や調べると考察も楽しめるかと思います。