第七話 終わりなき追撃 その4
「鮮血の覇皇ご自慢の騎獣部隊が……この程度とはねぇ。ハッ、情けない。あたいの首を掲げるんじゃなかったのかい?」
「くっ……」
俺の尻から出した糸でぐるぐる巻きにされているおっさんたちを、カナラフィが踏みつける。
「それがどうだい、この様は? 大口を叩くのは強くなってからにおしよ!」
「…………」
「八魔将であるあたいを舐めた罰さ。いいかい? 楽に死ねると思わないことだよ。あたいは残酷だからねぇ」
「……おい、カラナフィ」
俺の呼びかけをガン無視しているカラナフィは、おっさんたちを両足で踏みつけながら悦に浸っていた。
まったくこいつは……危機を脱し、立場が逆転したとたんこれだ。性根が腐っているな。
「カラナフィ。おいって、そろそろ俺の話を聞け!」
「おわぁっ。な、なんだいガイア? 急に大きな声を出してさ……って、なんでまだ服着てないんだよーっ!?」
「さっきから呼んでいるのに気づかず、ひとり盛り上がっていたのは貴様の方だろう。それに着替えを持っていないのだ。貴様のでいいからパンツをくれ」
「あげるわけないだろー!」
チッ。さりげなくパンツを貰おうとしたのだが……失敗か。
「もうっ! これでも着てろよ!」
カナラフィは顔を真っ赤にして、なにやら布きれを投げつけてきた。
空中でキャッチし広げてみると、それはマントのようだった。
「ほう。マント……か。フッ、紳士の俺に相応しいスタイルだな」
ひとりほくそ笑み、マントを羽織る。
「どうだカラナフィ。似合っているか?」
「前をかくせよー!」
石が飛んできた。
クソ。いちゃもんばかりつけてきやがって。
「まったく、貴様ときたら……」
俺はブツブツと文句を言いながら、しぶしぶ身体の前面までマントで覆う。
「な……オークが……しゃべ……」
ふと横を見ると、なにやらおっさんたちが驚いた顔を俺に向けていた。
きっと俺のご子息を見て、度肝を抜かれたのだろう。
俺が愉悦の交じりの笑みを浮かべながら、おっさんたちに向かってマントノ裾からご子息をチラチラしていると、突然カラナフィが慌てたような声を出した。
「ああ! が、ガイア、あたいとはこっちで話そうか。ほら、こっちだよ」
カラナフィは焦ったように手をぶんぶんと振り、手招きをしてくる。
「なぜだ? 別にここでも――」
「あーあー! いいからさっ、ほらほら!」
ついにはおっぱいを強調したポーズを取り、離れた場所へ俺を誘い出そうとまでしてきた。
「……し、仕方がないな」
カラナフィ自身の手により揉みしだかれ、たわわんたわわんと形を変えるおっぱいに魅せられた俺は、不覚にもフラフラと誘い出されてしまう。
「ほーらほら、おっぱいだよー」
「お、おっぱい……おっぱい……おおきなおっぱい……」
「こっちこっちー。よーし。ここまでくれば大丈夫かな?」
「おっぱ――ハッ!? いつの間にこんなところまで……貴様、ずいぶんと汚い手を使ってくれたな」
まんまとおっぱいを用いた策略に乗ってしまった俺は、正気を取り戻し、頭を振りながらカラナフィを睨み付ける。
「いや、こんな手に引っかかるのはお前さんぐらいなもんだろさ」
「おのれ! 半人前でも流石はサキュバスといったところか。この俺がこうも手玉に取られるとな……」
「……もういいよ。そんなことよりガイア、お前さんに頼みがあるんだ」
「頼みだと? このうえ更に要求を増やそうというのか? ずいぶんと厚かましくなったものだな」
「そー言わずにさ。ね、このとーり! ね、ね?」
カラナフィはそう言って手を合わせつつも、さりげなく両腕で胸を挟んでおっぱいを強調してくる。
無論、俺の視線は深い谷間に釘づけだ。
「し、しょうがないヤツだ。話ぐらいは聞いてやろう」
「ありがとうガイア! お前さんならそう言ってくれると思っていたよ!」
「ふ、ふん。で、話とはなんだ?」
「話っていうのはね……」
おそらくはおっさんたちに聞こえないようにするためだろう。幾分か声のトーンを落としたカラナフィは、小声で話しはじめた。
「ちょっと頼みずらいんだけどさ、その……あたいの前以外では共通語を話さないでほしいんだよ」
「なぜだ?」
「前にも言っただろ。しゃべるオークなんて他にはいないんだよ」
しゃべるオークなんかいない。そういえば、前にもそんなことを言っていたな。
なるほど。おっさんたちは俺のご子息に驚いていたわけではなく、俺が喋っていたことに驚いていたわけか。見せて損したぜ。
「お前さんみたいに、上位デーモンを圧倒できるほ強いオークもね」
俺より強いメスブタなら、そこらに転がっているはずだがな。
まあ、アイツは俺の切り札に成りうる。いまは言わないでおこう。
「ふむ。しゃべるオークが珍しいのはわかった。だが、それだけが理由ではあるまい? あのおっさんたちが言っていた、“八魔将”とはなんだ? 貴様みたいにおっぱいしか取り得のないヤツには、過ぎた肩書だと思うのだがな。それともなにか? 八魔将とやらは、おっぱいの大きさで決めるのか?」
「くっ……言いづらいことをズバズバ言ってくれるね。そうさ。お前さんの言う通りさ。八魔将なんて、あたいには過ぎた位なんだよ」
「では、なぜ貴様が?」
「ガイア、あたいがお前さんと出会った日のことは憶えているかい?」
「当たり前だ。なんせ、俺の人生で唯一おっぱいを揉んだ日だからな」
「……聞かなきゃよかったよ。まあいいさ。コホン、じゃああの時戦った、“神獣の使い”のことも憶えてるかい?」
「ああ。勇者とやらの舎弟の犬っころのことだろ。大したことなったな」
「神獣の使いは勇者と一緒に強くなるって話だからね。あの時はまだ弱かったのさ……って、その話は関係ないか。そう。その神獣の使いのことさ」
神獣の使い。
俺がカラナフィと出会った日に戦った、白き巨狼。
あの日、勇者の守護者であり、導き手でもあるこの白き巨狼に、カラナフィは命を狙われていた。
そこを俺がカッコよくぶっ倒し、ついでに〈捕食〉して光魔法をゲットしたのだ。
あの日は、光魔法とおっぱいをゲットした思い出深い日だった。忘れるはずがない。
「あの犬っころがどうした?」
「あの日、あたいはお前さんが倒した神獣の使いの首を魔王城に持って帰ったのさ。そして魔王エギーユさまに献上したんだよ。その……『し、神獣の使いを仕留めてきました』って」
「ほう」
「い、いや、あたいは別に自分の手柄にしよーとか思ってなかったんだよ! でもさ、す、少しでも夢魔族の地位があがるかなー、って思ってさっ。そしたらつい、『あたいが倒しました』ってエギーユさまに言っちゃってさ。そしたらなんか魔王城中が大騒ぎになっちゃうしさっ」
「…………」
「そ、そりゃあたいもすこーしだけ調子に乗ったよ? 『者ども、これが神獣の使いの首じゃー!』って首を持ち上げながら魔王城ねり歩いちゃったし」
それはすげー調子に乗ってるだろうが。
「でもさでもさ、まさかエギーユさまが上機嫌でひとつだけ空いてた八魔将の席を、あたいにポーンって与えちゃうなんて思ってなかったんだよぉ!」
「…………だいたいの事情はわかった。つまりは貴様のウソがバレないように、俺には喋らないでほしいわけだな? 本当は俺が倒したと、他のものにバレないように」
「……その通りです」
カラナフィは人差し指同士をくっつけっこしながら、消え入りそうな声でそう肯定した。
「そして自分の実力のなさを補うために、俺を探していたわけだな? 俺を隣に置く理由は使役したとでも言っておけばいいわけだからな」
「……はい」
目に涙を浮かべたカラナフィは、小さく頷く。
「はあ……まったく、手のかかるヤツだ。だがいいだろう。貴様のおっぱいに免じて、しばらくはつき合ってやる」
「…………ほんとに?」
「ホントだ」
「……ほんとにほんと?」
「ホントのホントだ。まあ、そのぶんおっぱいを揉む回数は上乗せさせてもらうがな」
「ありがとー! 感謝するよガイア!」
笑顔を浮かべたカラナフィが、俺に抱き付いてくる。
戦斧が足元に突き刺さったのは、その時だ。
「ひぃっ!!」
カラナフィが飛び上がる。
慌てて振り返ると、遠く方で倒れているジュディの姿が見えた。
ジュディは地面に倒れ込んだまま、動いていない。しかし、薄目を開けては、こっそりチラリチラリと俺の方を見ている。
どうやらジュディは、弟さんから投げ出された自分を俺が助け起こしてくれる、と期待してずっと待っているらしい。
そんなジュディの乙女心には、渾身のサッカーボールキックで応えておいた。
コイツは俺やビッチェルたち親子がおっさんたちと戦闘していた間も、ずっと狸寝入りしていたのだ。
当然の報いである。
『ひっどーい! ガイアったら急にけるなんてひどいよー!』
こみかみを手で押さえたジュディの鼻息が荒くなる。
『黙れ! 貴様、俺たちが戦っていた時、寝たふりしていたな?』
『な、なんのことかなー。あたしは気を失ってたからわから――ブヒィッ!!』
嘘はよくない。
そんなブタとして当たり前のことを教えるため、俺はジュディを殴らざるを得なかった。
『いったーい!』
目に涙を浮かべたジュディが地面を転がる。
おや? 俺の拳が効いているぞ。どうやらおっさんを倒すことによって、多少はレベルアップしたみたいだな。
わざとらしく痛がるジュディはほっとき、俺は再びカナラフィの方を向くと、おっさんたちの処遇をどうするか聞いてみた。
ちなみにグリフォンさんたちは、ビッチェルさんたち親子に嬉々として素手で解体されはじめている。
何匹か残しておいてほしいな。
「ところでカラナフィよ」
「が、ガイア! そのメスオークがっ、ああ、あたいをっ、いま、こここ、殺そうと――」
カラナフィはひどく慌てながら、足元に突き立った戦斧と俺を交互に見る。
「落ち着け。そこのメスブタはきっちり調教したからしばらくは大丈夫だ」
「ほんとかい?」
「ああ。俺を信じろ」
「……わ、わかったよ。……で、なんだい?」
「あそこの、」
俺は少し離れたところで、糸に縛られ団子状態になっているおっさんたちを指さす。
「おっさんたちはどうするつもりだ? 殺すのか?」
「それなんだけどね。できれば魔王城まで連れて帰りたいんだ」
「理由は?」
「あのデーモンたちはあたいたちの魔王、エギーユさまの勢力を探りにきていたんだ。いったいなにを見聞きしたのか知りたいし、あいつらの持っている情報を引き出したいのさ」
「当然だな。おっさんたちは貴重な情報源だからな」
どうやらおっさんたちは鮮血の覇皇とかいう勢力のエリート部隊らしいしな。持っている情報も多いだろう。
となれば、なんとか連れ帰って情報を得ようと考えるのは当然のこと。
おっぱいしか取り得のないカナラフィにしては、ちゃんと考えているではないか。
「わかった。何匹かグリフォンを残すようビッチェルに言っておく。それでおっさんたちを運ぼう」
「すまないねぇ。頼んだよ」
このあと、俺はビッチュルに事情を話し、グリフォンを半分(三匹)だけ食べることで納得してもらった。
ビッチェルが一匹。ジュディも一匹。そして残りの一匹を俺とエリーとカラナフィに、まだ幼いグロリアの四人で食べることになった。
おっさんたちは泣いていた。
自分たちの騎獣であるグリフォンが食べられ、泣いていたのだ。
血涙を流すその眼からは、『絶対に赦さない』という強い殺意が込められている。
自分たちから襲いかかっておきながら、こんな態度をとってきたのだ。
ちょっとだけ頭にきた俺は、ジュディをおっさんたちの目の前で食事させる、というカウンターを放ち、その反抗的な態度を心ごとへし折っておいた。
恨み、恨まれ、こうやって争いの連鎖は続いていくのだろう。
グリフォンはちょっとだけ筋張っていたけど、それなりには美味かった。
あと〈捕食〉でどんな能力をゲットできるだろう? 翼とか生えてきちゃうのかな? とか期待していたら、『体毛を針のようにして飛ばす』という、ガッカリなものだった。
その夜、俺は泣いた。




