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第十一話 トロル、追撃!

「き、貴様なにを言って……」


 オーガが放った発言により、俺は驚愕し言葉に詰まる。

 しかし、当のオーガは俺なんかお構いなしに「かっかっか、」と不敵に笑うだけ。


「そうですか、」


 そして俺の問いに答えたオーガの言葉を聞いたブサ子が、周囲の気温を下げるほどの冷たい声を出す。


「分かりました」


 おそらくは怒りが限界突破したのだろう。

 ブサ子は感情を欠片も感じることが出来ないぐらい無表情となり、目を瞑り頷く。


「い、いや母さん! なにもわかっ――」

「ガイア、この村を出ていきなさい」


 俺が言い終わるのを待たずに、かっと目を見開いたブサ子が言葉を被せてくる。


「…………え?」

「己の欲望に敗け、そこにいるはしたないメスと繁殖したのです。オークでありながら、よりによってオーガなんかとツガイになるなんて……。貴方のような者がいては、この村の品位が落ちます! 出ていきなさい!」


 ぽかんと口を開ける俺に向かって、ブサ子がそう強い口調でまくしたてると、村の出口を指さす。


「か、母さん、本気で言ってるの?」

「母は本気です。エリーちゃんから話は聞きました。ジュディちゃんが大変な目にあっているかも知れないというのに、貴方はジュディちゃんよりそこのオーガの命を優先したそうですね。あんなにも仲の良いジュディちゃんを見捨てるなんて、オスとして情けないとは思わなかったのですか? ……母は本当に……うぅ……し、失望しました!」


 感情の高ぶりが折り返し地点を迎えたブサ子が涙を流す。

 オーガの存在、俺への失望、ジュディの死。それらの感情が入り混じり、ついに涙を零してしまったのだろう。


「もう一度言います。ガイア、この村から出ていきなさい! いますぐにっ!」


 ブサ子が村の出口を指さしたまま、有無を言わせぬ口調で叫ぶ。

 家に戻って準備すらさせない勢いだ。事実、もはや俺を視界にすら入れたくないのだろう。俺が誤解を解くために近づこうとすると、「ブヒィー!」と鼻息荒く威嚇してくるではないか。取りつく島がないとはこのことだ。


「くっ、……分かったよ。村を……出るよ」


 失望と怒りが影を落とす母とエリーの瞳と、村のメスたちからの冷たい視線を一身に受けた俺は、肩を落として村の出口へと歩き始める。


「小僧、わっちもついていくたい」


 オーガが俺の返事も待たずに勝手についてくるが、いまの俺には追い払うだけの気力も余裕もない。

 村の出口へと着き後ろを振り返るが、エリーはすでにどこかに消え、ブサ子に至ってはこちらを一切見ずに、村の連中に仕事に戻るよう指示を出していた。完全に俺と決別するつもりなのだろう。


「……じゃあな」


 俺はそう呟くと、村を背に歩き出す。

 もう、俺に帰る場所はなくなったのだ。





「…………」

「よかよか、たーんと飲むとよ」


 無言で歩を進める俺の隣では、オーガが粘着物に母乳を与えている。

 こいつのせいで俺は村を出ることになったのだが、謝罪の言葉はいまだ聞けていない。


「よしよし、早く大きくなるとよ」

「…………おい」

「よーしよし、ん? なんね?」


 オーガが粘着物に母乳を与えながら、こちらを向く。

 俺は近くの倒木に腰を下ろし、「ふう」とため息を吐いたあと、言葉を続ける。


「貴様、どういうつもりだ? 俺がいつそいつの親になった?」


 と言って、俺はくいと顎で粘着物を指す。


「かっかっか、小僧はわっちの肉を喰ったじゃなかね? あの瞬間から、小僧はこの子の親よ」

「確かに俺は貴様の肉の一部を喰ったし、そいつを取り上げもした。だがそういうことを言っているのではない。村の連中は貴様と俺が繁殖行為をしたと思っているんだぞ? そしてそのせいで俺は村を追い出された。貴様のせいでな」


 俺はオーガをじろりと睨む。

 そんな俺を見たオーガは少しだけ申し訳なさそうな顔をしながら、頬をぽりぽりと掻き、口を開いた。


「それについてはすまんと思うとると。ばってん、この子を守るためにはどっか身を隠せる場所が必要だったんたい」

「ふう。『隠れる場所』……か。理由は聞かんが、つまり貴様はオークの村に身を隠すつもりだったんだな?」


 俺の問いにオーガが首を縦に振る。


「しかし、結果は身を隠すどころか追い出されてしまったわけだ。貴様も俺も、な」

「……すまんたい」


 そう謝罪の言葉を述べたオーガが肩を落とし、巨体が少しだけ小さく縮まった。


「ふん。まあ、追い出されたいま、こんな話をしたところでなんの意味もないか。取りあえずは……今後のことを考えなくてはな」


 俺は腕を組み、思案する。


(さて、どうするか? リザードマンの群れのボスは俺だから、あいつらの住処に向かうか? でも沼地はぐちょぐちょしてるからやだなー)


 リザードマンの群れへ行けば、当面は食糧の心配はしなくていいだろう。

 でも群れのある場所は所々水が張っている沼地なので、出来ればそこで寝泊まりはしたくない。俺はきれい好きなのだ。

 そう考えると、いまさらながら自宅のベッドが恋しくなってくる。木をきり出して作った自作のベッドに獣の毛皮を何重にも敷いた、ふかふかで温かい俺のベッド。だが、今日からそこで寝ることが出来ない。

 隣にいるオーガの自分勝手な嘘のせいで、だ。


「まったく。そもそもどうしたら俺がオーガと繁殖行為をしたと勘違いできるんだよ」


 村の連中、なによりもブサ子への不満が俺の口から漏れ出る。

 それを聞いたオーガが何を勘違いしたか、ニヤリと笑って俺の隣に腰を下ろす。


「なんね? なんならいまからわっちと寝ると? わっちは別に構わんよ。小僧には世話になっとるけんね」

「ふざけるなよ」


 粘着物を抱いたまま、しなを作って俺にもたれ掛ろうとする巨体を俺はぐいと押し退ける。


「かっかっか、ウブな反応じゃ。小僧、ぬしは可愛かな」


 そんな俺を見たオーガが、舌を出し自分の唇をぺろりと舐め、笑う。


「小僧、ひょっとして……『アッチ』の経験はまだしとらんと?」

「き、貴様には関係ないだろっ!」


 俺は自分の顔が熱くなるのを感じながら、反射的にそう言い返す。おそらく、いま俺は赤面していることだろう。


「かっかっか、よかよか。その反応で十分たい」


 そんな俺をオーガが笑い飛ばすと、急に真面目な表情になり、今度は俺の顔を覗き込んできた。


「ぬしは顔も心根もよかオスやのに、なして経験がなかと?」

「ふん、理想を高く持っているだけだ」


 俺はオーガの視線から逃れるように、ぷいと横を向く。


「いま時たまがる(びっくりする)ほど珍しいオスったい。わっちは小僧のことが、ばり気に入っとーちゃんね」


 頼むから気に入らないでくれ。

 なぜか頬を赤く染めているオーガに対し、俺が「さて、こいつらをどーやって置いていこうかな?」と考え事をしている時だった。

 背の高い草がガサゴソと揺れ、何者かがこちらへと近づいてくる音が聞こえてくる。

 その音を聞いたオーガは立ち上がると、音のする方を警戒しながら粘着物を守るように腕に抱くが、俺はというと、匂いから誰が近づいてきているか分かっていたので倒木に腰かけたままだ。

 そして――


「見つけたぞ、息子よ」


 草をかき分け、ひょっこりと顔を出したブサ男が言う。

 

「父さん」


 ブサ男は体についた汚れを叩き落としながら近づいてきて、俺はそれを立ち上がって迎える。


「父さん、どうしてここに?」

「ブサ子に『ガイアを追い出した』と聞いてな。急いで追ってきたのだよ」


 ブサ男が得意げに、ふふんと不敵に笑う。


「父さん――」

「ではガイアよ。黙ってこれを受け取るのだ」


 俺の言葉を遮りそう言うと、ブサ男は一振りの長剣ロングソードを俺へと渡してきた。

 鞘に収まったままの長剣。まだ抜いてはいないが、鍔と柄頭の装飾からこの長剣がかなりの業物であることが窺える。


「これは?」

「ふっふっふ、本当はお前が父の跡を継ぎ、新たなる族長となった時に渡そうと考えていたのだが……今が渡すべき時だと思ってな」

「これを……俺に?」

「ああ」


 これはひょっとして旅立つ息子への選別のつもりなのだろうか?

 まあ、ここ数年はずっと格闘術しか鍛えてなかったので、そろそろ剣術にも取り組もうと思っていた俺には丁度いいタイミングだったともいえる。でも出来れば当面の食糧とかも一緒に欲しかったなー。とか思いつつ長剣を眺める俺に、ブサ男は優しく微笑み、続ける。


「分かっているぞ息子よ。……ジュディちゃんを助けに行くんだろう?」

「……え!?」

「いいんだ。みなまで言うな息子よ。エリーちゃんから父も話を聞いた。そしてお前のことだ。きっとジュディちゃんを助けに行こうとするに違いない。だからこそ、その剣がお前の助けになると思い、父はこうして追ってきたのだ」

「ちょっと待ってよ! どうして俺がジュディなんか――」

「はっはっは、恥ずかしがることはないぞ。例えオーガとの間に子が出来ようと、お前のジュディちゃんを想う気持ちは本物だからな。父はちゃーんと分かっているのだ。さあ行けガイアよ! 愛するジュディちゃんを救いにッ!!」


 そう言い、明後日の方を指さすブサ男。『息子を見送る父』という自分に完全に酔っているのか、ブサ男の目はやや潤んでいる。


「それにジュディちゃんを救い出せば、きっとブサ子もお前が村に戻ることに反対しないはずだ。だから行け、ガイアよ! 大切なジュディちゃんを救い、主に父と母のツガイ仲を円満にするために行くのだッ!!」


 なんか最後の方で本音がポロリした気もするが、『村に戻れる』というのは悪くない条件だ。そもそも、あのオークの村は俺が大きくしたようなものだしな。それをみすみす手放す訳にはいかない。

 まー、たぶんジュディはもうポックリ逝ってるとは思うけど、骸になったあいつの赤髪だけでも毟ってきて、「これが……精一杯だったよ……」とか哀しそうな表情で言っておけば、再び村に戻れるに違いない。ほら、オークってバカだし。


「……分かったよ父さん。俺……行ってくるよ!」

「うむ!」

「しゃあない。わっちも手伝うたい」


 ジュディの前髪を毟ってくる決意を固めた俺にブサ男が大きく頷き、オーガが追従する。

 とそこに、


「あたすも……ついてくよぉ」


 草をかき分けて現れたエリーがそう言い、とことことブサ男の隣にやってくる。

 いまだ俺とは微妙な距離を保ったままだ。


「エリー……」

「ガイア、勘違いすちゃなんねぇぞ。あたすはジュディさ助けに行くだけなんだかんなぁ。ガイアのことは許しちゃいねぇんだからなぁ」


 相変わらずエリーの俺を見る目は険しい。理性的な部分でジュディを助けに行くためには俺の力が必要だと分かっているのだが、感情的な部分はまだ俺に嫌悪感を抱いたままなのだろう。


「いや、それでも助かる。ありがとう、エリー」

「……ふんっ」


 ぷいと視線を逸らすエリーを見て俺は苦笑する。「こいつぶっ飛ばしてー」と思いながら。


「よし! じゃー、トロル共からジュディ(の髪)を助け(むしり)に行くぞ!」

「わっちがトロルの住処に案内すると」

「……ジュディ、無事でいてくんろ」

「息子よ、父は信じているぞ」


 こうして、涙を流すブサ男に見送られた俺たちは、ジュディの前髪を引っこ抜きにトロルの住処へと向かうのだった。

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