第十二話 強行突破作戦
「ぶひぃ、ぶひぃ……」
全身が返り血で濡れ、荒い息をつくジュディの足元には無数のトロルの骸が転がっていて、その全てが頭がい骨を割砕かれている。
切っても突いてもすぐに再生するトロルに対し、頭部を砕けば致命傷を与えることが出来る、と気づいたジュディが自身の持つ片手斧をただ力任せに叩き付けることでこんなにも骸の山を築き上げたのだ。
いったい何体のトロルを屠ったのか自分でも分からない。
確か九体までは数えていたな、と朦朧とする意識の中ジュディは自嘲する。そこから先は数えるのを止めてしまった。だってジュディは十以上の数を数えられないのだから。
とにかく、『いっぱい』、だ。ジュディは『いっぱい』トロルを動かぬ肉の塊へと変えた。
だというのに、今もなおジュディは自分が屠った数以上の『いっぱい』 のトロル囲まれている。逃げようにもこんな状況では強行突破も出来そうにない。
それに――、
ジュディは自分の眼前に仁王立ちしているトロルを睨みつける。
「オークの分際デ、ずいぶんとオデたチの仲間ヲ殺してくれたナ」
ジュディの前に立つ一匹のオスのトロル。
他のトロルより一回り体が大きく、他のトロルたちの反応からこの目の前にいるオスのトロルがおそらくは群れのボスなのだろう。
こいつはトロルの住処で暴れ回った自分を絶対に許さないはずだ。群れを率いる者として、さぞ惨たらしく自分を嬲り殺すに違いない。
「ぶひぃ、ぶひぃ……ぶぅー、」
自身にとって、文字通り最後となるだろう戦いへ備え、無理やりに呼吸を整える。
ジュディは全力で暴れた。体はトロルの血で真っ赤だし、肺は酸素を求めて未だ暴れ続け、全身の筋肉が「これ以上動けない」と脳に散々文句を述べてくる。おまけにお気に入りだった片手斧も既にへし折れ、その両手にはもう何も握られていない。
そんな死神の鎌が今にも自分の首を刎ね飛ばそうとしている状況にも関わらず、ジュディの心を満たすのは『恐怖』でも『絶望』でもなく、ただただ『安堵』であった。
(……良かった、)
ジュディは笑っていた。自分でも気づかないうちに笑っていたのだ。
(ガイアはトロルに……捕まってなんかいなかった!)
最愛の雄が生きている。
その事実だけでジュディは十分だった。
三匹の雌トロルを追って、トロルの縄張りであり住処でもある岩山へと入っていったジュディは岩陰に隠れながらも何とかその後をついていった。
隠れている岩の前をトロルが横切る度にジュディはぎゅっと目を瞑り、見つからないよう必死になって息を殺した。
そうこうしている内にジュディは岩山の中腹まで入っていってしまい、そこで見たのだ。追っていた三匹の雌トロルたちが、体を休めるかのように仰向けに横たわるのを。ジュディは目を大きく広げて方々を見るが、ガイアなんてどこにもいなかった。最初から捕まってなどいなかったのだ。
それを見たジュディは、ほっと胸を撫で下ろし、次いですぐにトロルの住処である岩山から出ようと行動を起こす。
敵地の只中にいる。そのせいで気が逸っていたのだろう。ジュディ は足元の石ころに気づかず、あろう事かそれを蹴り飛ばしてしまった。
蹴られた石ころはジュディの気持ちなんかお構いなしに、かんかんかんと音を立てながら岩肌を転がっていく。
その後はご想像の通りだ。あれよあれよという間に音に気づいたトロルたちが集まってきたかと思えば、あっという間に囲まれてしまい、このありさま。
それでもジュディは笑う。「ガイアが生きている」、その事実だけでジュディは十分なのだから。自分の命なんかより、ガイアの命の方が遥かに重いのだから。
「おめー、どうしテここにやっテ来たんダ?」
「ぶひぃ、ぶひぃ……そんなこと、なんであんたに言わなきゃなんないのよ?」
ボストロルの問いに、ジュディは不敵に笑う。
「ああん? たった一匹だっテのに強気なメスだナァ。おでは強いメスは好きだゼェ」
「ふんっ、あたしはあんたみたいな毛むくじゃらは大っ嫌いよ!」
「ブワッハッハッハッ! 良いメスだ。オークなノが惜しいグらいにナ。シかシ……おでも群れノ族長としテ、仲間を殺しタおめーを生かして帰すわけにゃいかネェ。覚悟を決めナ!」
「ふんっ、覚悟なんて……覚悟なんてこっちはとっくの昔に出来てるんだから!」
四肢に力を込めるトロルを見上げながら、ジュディは覚悟を決める。
「……いくド」
そう言い、ぶんと風を切ってトロルの腕が振るわれた。ぶっといくせに妙にしなるボストロルの腕。
鞭のようなしなやかさとハンマーのような威力を秘めた毛むくじゃらの腕が眼前に迫り、気づけばジュディは上空へと打ち上げられていた。
(速いッ!?)
さすがは群れのボス。そこらに転がっている、トロルだった肉の塊共なんかとはわけが違う。例え自分が十全であったとしてもとても敵うとは思えない。
地面へと落ち、ごろごろと地面を転がるジュディを見降ろしたボストロルが、ジュディの息がまだあることに少しだけ驚く。
「ほお、マだ生きテいるカ」
「ぶ、ぶひぃ……がはぁっ……あ、あんたの拳なんて……が、ガイアに比べれば大したことないのよ……」
ジュディは憎まれ口を叩きながら、ありったけの力を込めて何とか体を起こすが足元がおぼつかない。
「ブワッハッハ、強いメスだ。おおかタ、おでたちに喰われた仲間の仇ヲ取りニでモ来たんだろウが……一匹で来たのハ失敗だったナ」
ボストロルが首をポキポキと鳴らしながら近づいてくる。対するジュディは立っているのがやっとだ。
「気が変わっタ。オイ、オークのメスよ。お前にひトつ、チャンスをやろウ」
「……チャンス……ですって?」
「そうダ。おでは心が広いカらナァ」
ボストロルはニヤリと暗い笑みを浮かべる。
「お前、おでのカキタレになレ。そうスれば命だケは助けテおいテやろウ」
その提案に他のトロル達から、特に雌達の間から不満気な声が上がるが、ボストロルはそれらを視線だけで黙らせてしまう。
群のボスにひと睨みされ、しんと静まりかえった空気のなか、ボストロルがジュディに選択を迫る。
「どうダ? ここデ死ぬのと、おでのカキタレになるノと、どっちガいい?」
「ふん、冗談じゃないわ。あんたなんかお断りよ」
いやらしい目で自分の体を見るボストロルの視線から、逃れるように身をねじったジュディが吐き捨てる。
「そうカ。バカなメスだナァ」
そう言い、歩を進め未だ足元がおぼつかないジュディの前へと無造作に立つボストロル。
「安心しロ。おめーノ仲間たチもすぐニあの世に送ってやル。おでたチの喰いもんにナった後でナァッ!!」
ボストロルが叫び、ジュディの頭上にその腕を振り上げる。
ジュディは己を叩き潰そうと振り上げられたボストロルの腕を見上げ、「バーカ」と小さく呟き、身体の力を抜いて静かに目を閉じた。
(さよなら……ガイア)




