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第三話 森の激戦 前篇

「おい貴様、そもそもなんでトロル共と争っているのだ?」


 俺は怒りのオーラを放ち続けているトロル共をい警戒しながら、隣に立つオーガにそう聞いてみる。


「……何てことはなか。トロルの族長が勝手にわっちに惚れとうから、奴らは自分たちの族長に振り向いてもらえんけん。じゃからわっちを始末しようとしてるとよ」

「トロルの族長が……貴様に惚れていただと?」


 俺の問いにオーガがやや得意げに頷く。いや、そんな得意げにされてもリアクションに困るんだが。


「嘘ヲつくナ! お前ハ族長に色目ヲ使っていタだろウ!」


 オーガの言葉がトロルにも届いていたらしく、真ん中に立つトロルが怒り、咆える。


「かっかっか、メスの嫉妬は見苦しいとよ! 毛むくじゃらなぬしたちなんかより、お肌ツルツルなわっちの方が触り心地よかばい! オスは毛ぇボーボーなメスよりツルツルな方が好きとよ。ぬしたちなんかよりわっちに惚れるのは当然とよ!」


 俺からしてみたら筋肉バッキバキの体なんかまるで魅力を感じないし、触りたくもないんだが……どうやらトロル共はオーガの言葉に胸を深くえぐられたのか、よろよろとよろめいているではないか。繊細すぎだろ。

 が、何とか踏みとどまるとオーガを睨み付け、胸の内に抱える毒を吐き出し始めた。


「グウゥゥ……族長ガお前ニ心動かされていたのハ、……悔しいガ、まだユるせル。おでたチがユるせナいのは……おでたチの族長ヲ利用したことダ。傷ついタお前ヲ助け、お前を追っていたオーガたチから守ってヤった族長ヲ……族長の想いヲ踏みにジったお前は……絶対にユるさなイ!」


 真ん中のトロルがどんと力強く一歩踏み出す。

 他のトロルもそれにならい、踏み出すと、じわりじわりと距離を詰めてきた。


「オーガよ……その腹の子ハダれの子ダ? まさか…………おでたチの族長の子とは言わないダろうナ?」

「かっかっか、なんでそんなことぬしたちに言わなきゃならんのよ?」


 トロルの問いにオーガがニヤリと牙を剥いて笑う。


「だが答えてやろう。この子は――」


 オーガが命の宿っている自分の腹部を愛おしそうに撫で、答える。


「わっちの子よ!」

「ほざケ!」


 目に怒りの炎を宿したトロルが巨体に見合わぬ素早さで駆け、一気に間合いを詰めると、オーガ目がけて拳を振るう。


「ぐぅぅ!」


 オーガはその拳をまともに受けながらも、お返しとばかりに殴り返そうとするが、その拳は避けられ、空を切ったオーガが思わずたたらを踏んでしまう。


「いかん! 避けろオーガ!」


 その隙は致命的だったと言わざるを得ない。

 俺の言葉も空しく、バランスを崩したオーガに残りの二匹のトロルが跳びかかりその勢いのまま押し倒すと、一匹はめちゃくちゃに腕を振り下ろし、もう一匹は当たればどこでもいいとばかりに蹴りつける。


「ちぃ!」

「おっト、お前ハ行かせないゾ」


 オーガに駆け寄ろうとした俺を最初にオーガを殴りつけたトロルが両腕を広げて通せんぼしてきた。


「そこをどいてもらおうか――ふん!」


 俺はあえて自分からトロルの懐に飛び込み、再度『浸透勁』を放つ。


「ぶおぉぉぉ! ま、まダだぁぁぁ!」


 しかし、トロルは浸透勁を受けながらも、拡げていた両腕を閉じ、そのまま抱きしめるかのよう俺の動きを封じる。


「くっ、放せ!」

「ぶぉっぶぉっぶぉ……ハ、放さないゾ。お、お前ハこのままあのメスが殺されルのを見届けルがイイ!」


 密着した状態から何度も浸透勁を放つが、トロルは命を捨てる覚悟で俺の動きを封じているため、俺を抱き留めるその両腕が緩むことはなかった。


(こいつ……死んでも離さないつもりだな!? ならせめて――)


 トロルと密着しているこの状態は俺に幸いでもある。


(どさくさで喰わせてもらうぞ!)


 俺は大きく口を開け、トロルへ噛みつく。


(ちっ、硬いな……)


 トロルの皮膚は硬く、弾力があるため、俺の咀嚼力では噛み切ることが出来ない。ちっくしょう、こんなことならマーダー・クロコダイルを〈捕食〉して顎の力を強化しとくんだったぜ。


「死ネ! 族長ヲ惑わス魔性のオーガよ! ぶおおぉぉぉぉ!」

「おでたチ、メストロルの恨み……思いしレぇぇぇぇ!」


 すぐ隣ではトロル二匹の『怒り』と『恨み』、そしてなにより『嫉妬』という三つの負の感情が暴力へと変換され、オーガへの復讐がクライマックスを迎えようとしていた。

 文字通りオーガの形相で必死に腹部を守るオーガに、トロルの腕が、脚がでたらめに叩き付けられる。

 何度も、何度も。


 そして――、


「止めダ!」


 トロルが渾身の一撃を振り下ろし、肉が叩き潰される「グチャリ」という音と共にオーガの全身から力が抜け落ちる。


「なっ!? オーガぁぁぁ!」


 俺の悲鳴にも似た叫び声に、しかしオーガは答えない。もう、答えられないのだ。


「ぶぉっぶぉっぶぉ……ガハァッ、……ぶぉっぶぉ、自分ノ無力さヲ呪うがイイ……ゲホォ」


 浸透勁を喰らい続けたトロルが吐血しながらも笑い、俺の体を捕らえていた腕を離す。


「オーガ! オーガぁぁぁ! うわぁぁぁぁぁ!!」


 俺は血塗れになったオーガに駆け寄ると、骸となったオーガの胸に顔を埋めて泣き叫ぶ。


「オーガ、オーガぁっ! ウソだろ!? 目を……目を開けてくれよぉ!!」

「ぶぉっぶぉっぶぉ、おでたチ、トロルの恐ろしさが分かったカ? おでたチの恨みハ晴らしタ。お前ハそこで泣き続けロ。……行くゾ」


 オーガを仕留めたことで溜飲が下がったのか、トロルたちは残った俺など気にも留めずに去っていく。


「オーガ! 起きろよ! 起きてくれよ! オーガぁぁぁ!」


 去っていくトロルになど目も向けずにオーガの体を揺すり続ける。

 いったいどれぐらいの時間そうしていたのだろうか?

 俺はトロルの匂いが嗅覚で感じられなくなったのを確認すると、おもむろにむくりと上体を起こす。


(やれやれ、やっとトロルのやつらの気配が消えたか。ならそろそろ――)


 俺はニヤリと笑うと眼下のオーガに視線を向ける。


(オーガを喰わせてもらおうか!)


 そう、俺はなにも本気で泣き叫んでいたわけではない。俺がオーガにすがり付き、泣き叫ぶことによってオーガの死体をトロルたちに持っていかれないよう防いでいたのだ。

 この世界のメスたちは、娯楽が少ないせいかドラマチックな演出に弱い。ならばそれっぽい状況をつくり出せばこちらの意図した行動をとらせることなど俺にとっては容易いことよ。

 まあ、あのメスたちは群れの意思というよりは、独断で動いているみたいだったし、会話の内容からするとトロルの族長はこのオーガにお熱だったみたいだから、あのメスたちが死体となったオーガを群れに持って帰り、わざわざ自分たちの族長に見せるようなことはしなかったとも思うが、証拠隠滅を謀って自分たちでオーガを食べるとも限らない。

 それでは俺が〈捕食〉出来なくなってしまうからな。


 かくて、「死んだメスにすがり付いて泣き叫ぶ」というベタな演出により、俺の目の前にはオーガの肉がごろりんとあるわけだ。

 トロルたちも去り、もはや俺の捕食を邪魔するものはいない。では、遠慮なくいかせてもらおうか。


「オーガよ、安らかに眠れ。貴様の死は無駄にしない」


 俺は合掌してそう呟く。

 そして、「さあ、どの部位に噛みつこうかな?」と思案している時だった、パチリとオーガの目が見開いたではないか!?


「…………え?」

「かっかっか……小僧、わっちのために泣いてくれるかよ」

「………………え?」

「かっか、驚いたか? さっきのは死んだふりよ」


 そう言い、オーガは弱々しくも口の端をつり上げて笑う。


 その儚い笑顔は、血塗れでとても怖かった。 

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