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第二話 迫撃! トリプル・トロル

 魔法の炎に焼かれていたトロルたちの火も消え、既に焼け焦げた皮膚がゆっくりながらも再生を始めていた。

 魔法一発で倒せるとは思ってはいなかったが、どうやら完全に焼き殺すには、再生が追いつかないほどに連続で火魔法を打ち込むしかなさそうだな。


「どれ……いくぞ!」


 俺は駆け出しつつ魔力を練り上げる。


「〈火炎旋風ファイア・ストーム〉!」


 再び火炎旋風を放つが、今度のは効果範囲を広げたためトロル全員を巻き込んで燃え上がる。効果範囲を広げるとその分威力が分散してしまうが、この一発はダメージを与えるのが目的ではなく、あくまでも目くらましのために放ったに過ぎない。

 炎が渦を描きながら巻き上がり、トロルどもが取り乱す。俺はその内の一匹に狙いを定め、腰に差していた小剣ショート・ソードを抜くと、それを逆手に構えて跳びかかり背中に突き刺す――が、俺の小剣による一撃は先端部分が僅かにトロルの皮膚を傷つけただけで、そこから弾力のあるゴムのようにに押し返され、ボヨヨンと弾かれてしまった。


「ちぃ、なまくらがッ」


 そう吐き捨て、小剣を投げ捨てる。通じもしない武器を持っていたところで、動きが遅くなるだけだからだ。


(なら次は……『コレ』だな)


 拳を握り、顎を守るように構える。刺突が通じないのであれば、次は打突を試すまで。


(いままで数々の化物モンスター(主にジュディ)を屠ってきた俺の拳を喰らうがよい!)


 俺は右足で大地を蹴り一気に間合いを詰めると、未だ体毛を焼く火を手でバタバタと叩いて消しているトロルの鳩尾目がけて剛拳を放つ。俺の腕が肘の辺りまでトロルの鳩尾にめり込むが、見た目に反して拳に伝わる感触が柔らかい。手応えがまったくないのだ。


(感触が柔い。これは脂肪か!?)


 俺を捕まえようとするトロルの腕を掻い潜りつつ、自分の腕を引っこ抜くと、いったん後方に跳んで間合いを取る。


「俺の拳も通じないだと……」

「オークの小僧、ぬしじゃ『リーチさ』が足りんとよ」

「……俺の腕の『長さ』が足りないということか?」

「そうよ」


 オーガは頷き、俺の隣に立つと、トロルから目を離さずに続ける。


「武器にせよ拳にせよ、トロル共の体毛が勢いを殺し、厚い皮膚と脂肪が受け止めるきるけん。じゃからあいつら殺す思うたら、脂肪の厚さを越えちょる長い武器を力いっぱい突き刺すか、脂肪のない頭を叩き潰すしかなか。どちらにせよ、ぬしにゃそれだけの武器も力もなかとよ」


 つまりは単純に、トロルの脂肪を貫くには『リーチが足りない』というわけか。こんなことならリザードマンたちから槍を借りてくるんだった。まあ、リザードマンが使ってるようなしょぼい槍じゃ、突き刺しても脂肪を貫く前にポッキリ折れてしまいそうだけどな。


(拳が通じなかったのは軽くショックだぜ……)


 と思いながら、横目でちらりとオーガの肉体を見る。

 メスでありながら全身がバッキバキの筋肉で覆われていて腕の太さはオークの胴体ほどもあり、その長さも俺の倍近くある。


(トロルに対してオークでは圧倒的に腕のリーチが足りないというわけか……)


 オークの体格の一.五倍はあるトロルが相手では、殴ったところでリーチ不足から、皮や脂肪を越えて筋肉や内臓にまでダメージを与えることが出来ないのだ。おそらくはこれがオーガだったら、そのリーチの長さと筋力から脂肪越しでもトロルの肉体にダメージを与えられるのだろうが。


(俺の拳では物理的に届かない……ってわけね)


 俺は「ちぃ」と舌打ちしつつ次の手を考える。



(ならば――)


 再び俺は構え、腰を落として踏み込みのタイミングを計る。


「ぬしよ、まだやる気かよ? 何度やってもオークの力じゃトロルに通じんとよ。ぬしゃ魔法が使えるけん、出しゃばらずわっちを援護せえ」

「ふん、身重な貴様を援護したところで勝てるとも思えんな。それにまだ……俺には手札があるのよ! だからここは貴様が援護しろ!」


 叫ぶやいなや駆け出す。

 オーガは舌打ちしつつも、手に持っていた木を投げつけてトロルをけん制してくれた。

 その隙に俺は一匹のトロルに急接近し、拳を握ると、それで殴るのではなく、ピタリとトロルの腹部に密着させ――、


「はぁぁぁッ!!」


 裂ぱくの気合いと共に、足が地面にボコンとめり込むほど踏み込み、腰、肩、肘、手首、と順に回転させ、全身を使って練り上げ、つくり出した『衝撃』のみを拳から先へと解き放つ。

 マンガでありがちな、相手と密着した零距離から放つ『寸勁』、『浸透勁』と呼ばれる技で、この技は相手がどんなに硬い装甲をまとっていようと、それを無視して直接内部へとダメージを与えることが出来る凶悪な技だ。

 どんどん物理防御が跳ね上がるジュディを恐れた俺が、対ジュディ用にと密かに練習していた技でもある。

 強固な外骨格を持つ、大きな昆虫型モンスターすら一撃で屠れる程に高めたこの技、果たしてトロルにどれだけのダメージを与えたのか。


「ぶうぅぅおおぉぉおおおぉぉッ!!」


 寸勁を受けたトロルが初めて腹を押さえてのたうち回る。

 俺の小剣も拳も通じなかった相手トロルに、初めて物理ダメージを与えることに成功したのだ。


「ふん!」


 いかにトロルがオークよりもデカかろうと、転がしてしまえば意味がない。俺は目の前でぶんぶん揺れている頭頂部目がけて拳を打ち込んだ。「みし」という耳触りな音が頭頂部から漏れ聞こえ、頭がい骨にダメージを与えた感触が拳から伝わってくる。

 弱点でもある頭部を守るために、頭がい骨が厚くなっているのだろう。いくら俺でも一撃で砕くことは出来なかった。


「なら、もう一撃――」

「ぬしよ! 避けんしゃい!」


 トロルに止めをさそうとした瞬間、オーガが叫び、それに反応した俺は大きく後方へと跳び退く。


「ぶおぉぉぉ!」


 一瞬前まで俺のいた場所に別のトロルが腕を叩き付け、地面がボッコリへこむ。あのまま残っていたら、死なないまでもかなりのダメージを受けていたことだろう。今さらながら全身から冷たい汗が噴き出す。


「助かったぞオーガよ。礼を言う」

「かっかっか、助けられてるのはわっちも一緒さね」


 倒れているトロルを、残りの二匹が守るように立っている。仲間の回復を待つつもりなのだろう。

 まったく、〈再生〉能力はやっかいなものだな。だが同時に楽しみでもある。早く俺も〈再生〉を手に入れたい、と。

 俺がじりじりと間合いを取っていると、一匹のトロルが俺の方をじっと見ていることに気づく。警戒しているのだろうか?


「……お、オークが、な、なんでオーガのミかたすル?」


 俺をじっと見ていたトロルが口を開くが、その言葉はひどく聞きづらい。

 トロルの質問はオーガも気になっていることだったのか、うっとおしいことにチラチラと俺の方を見ていた。


「……オーガとかオークとか関係ない。メスが襲われていたんだ。おとこ――げふんげふん、オスがメスを助けるのに理由がいるのか?」


 オーガの視線を気にしつつ、きりりと表情を引き締めてトロルの質問に答える。おいオーガ、頬を染めるな。

 ――が、


「そ、そレはおかシい。理由にナっていなイ」


 どうやら納得いっていないみたいだ。


「ほう……なぜだ?」

「…………おでたチもメスだからダ」


 自分を指さして言い、隣のトロルがコクコクと頷く。


「…………まじ?」

「マじダ」


 しばし気まずい空気が流れる。

 毛むくじゃらでまったく気づかなかったが、この三匹のトロルどももメスだったのかよ。これでは「メスだから助ける」という理由が根本から覆ってしまう。確かによく見れば焼け焦げた体毛の隙間から胸らしき膨らみが見えなくもない。でも気づかないってこれ。


「た……多勢に無勢だったのだ! よってたかってオーガを倒そうなど、せ、戦士として……そう! 俺の戦士としての矜持が許さんのだ!」

「ふん、口ではナんとでもイえる。オスの言い訳ハみぐるしいゾ。ドーせオ前もこのメスが好みのタいぷだったのダろう? オスはみんなそうダ……みんなこのメスを庇おうとすル……チょっとだけ他のメスよりカワイイからって……オスはみんナ……みんナ…………」


 トロルの言葉に含まれる怒気がどんどん膨れ上がっていく。


「ユるさなイ! そのメスを庇おうとするオスは……ぜったいにユるさなイ!」


 のたうち回っていたトロルも再生を終えたのか、のそりと起き上り、


「ユるさなイ……」


 と呟く。


「ユるさなイ」

「コろす」

「ユるさなイ……」


 三匹のトロルども全員の目に炎が宿る。


(俺はこの炎を知っている。この炎は……)


 俺は気圧され、一歩下がり、ゴクリと唾を飲み込む。


(これは……『嫉妬の炎』だ!) 

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