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第四十五話

「観察対象として価値があるからな。少し、楽しんでから殺す」


 リンネは、無意識に一歩下がった。


「……っ」


 静寂の中で、その足音だけが重く響く。

 その時、リンネがゆっくりとベルトに手をかける。


「……いいのか? この力がどういうものか……お前なら、特に分かってるはずだ」


 鋭い視線がヘヴィクムに向いている。


「前に、一度……喰らってるだろ」


 シズクが、わずかに目を細める。


「おぬし、それは――」


 言いかけて、止まる。

 リンネの震えた手。

 額に細かく浮かぶ汗。

 それを見て、言葉を飲み込む。


「……ほう」


 ヘヴィクムが、わずかに笑う。

 だが、その前にミリスが口を開いた。


「それは事実の大幅な改変です。確かに、その力は強いです……でも、前の世界では、相打ちだったはずです」


 リンネの喉が、わずかに鳴る。ヘヴィクムは、その様子を見て、楽しそうに目を細める。


「その通りだ」


 ゆっくりと、一歩踏み出す。

 ミリスを見て、言う。


「加えて――今のこいつは、我に限りなく近い」


 ヘヴィクムはわずかに首を傾け、笑う。


「それでも、その力を頼りに来るのか」

「……じゃあ、やるか? 禁忌――死の血塊の法則は掴めた。俺にはもう通用しない」


 それを聞いて、ヘヴィクムが一瞬固まるが、すぐに笑った。


「ふん。貴様、どこからが“嘘”だ?」

「……すべて本当だ」

「ならば、法則を言葉にしろ」

「……逆に、お前はそれを言葉にできてるのか?」


 ヘヴィクムの顔から笑いが消え、一歩下がった。

 だが、その時――


「話がずれています。まず、禁忌なんてなくても、2体1ならこちらが有利かと」


 ミリスが一歩、前に出る。


「……もう十分です――菌刃」


 声は静かだった。指先がわずかに開く。空気の中に、刃の輪郭を持った“菌”が、音もなく形成されていく。


「排除を開始します」


 次の瞬間、地面が沈んだ。リンネの視界には、無駄のない一直線の黒い軌跡だけが残る。


 その瞬間だった。


「――っ!」


 小さな影が、横から飛び込んできた。子供だった。足がもつれている。この街の“揃った動き”から、明らかに外れている。


 そのまま、ミリスとリンネの間に転がり込む。

 ミリスの刃が、子供の首筋に届く、寸前。


「危な――」


 ミリスの言葉が、途中で途切れる。黒い刃が、完全に消えた。


 子供のすぐ横を、風だけが通り過ぎた。

 遅れて、子供が地面に転がり、地面に手をつく。何が起きたのか分からないまま、すぐに走り去っていく。


「……」


 ミリスは、振り向かない。ただ、立っている。さっきまでの“効率”が、ほんの僅かだけ、途切れている。

 リンネが、息を吐く。


「……今、助け――」

「違います」


 言い終わる前に、声が重なる。


「優先順位を変更しただけです」


 ゆっくりと、ミリスが振り向く。その目は、やはり冷たいが、わずかに焦点が揺れている。


 ミリスがこっちに一歩、近づく。


「個体数の減少は、試行回数の減少に直結します。したがって……最優先は個体の保護でした」

「……」


 リンネは何も言わず、拳を握る。

 さっきのことを思い出す。

 “危ない“と言いかけた声。刃を消した、あの理由より先に動いた反応。


「これは……合理的、です」


 ミリスが、自分に言い聞かせるように繰り返した。その背後で、ヘヴィクムがわずかに笑う。


「ほう、優先順位をそうするか……面白い」


 ミリスは、もう一度だけ手を開いた。

 黒い霧が一瞬だけ、揺れる。


 ほんの一瞬だったはずなのに、リンネの目にははっきりと見えた。


「あれ、優先順位とかじゃねえだろ」

「違います」


 間髪入れずに返ってくる。その声はさっきより、ほんの少しだけ低い。


「私は常に最適解を選択しています」

「じゃあなんで、危ないと言った」

「……」

「刃、消えただろ」


 空気が止まる。その時、ヘヴィクムがわずかに前に出て、軽く笑いながら口を挟む。


「……観察はなかなか鋭いが、そいつは既に、その程度で揺らぐような構造では――」

「その通りです」


 今度は、少しだけ強く。ミリスが言葉を遮るように言う。


「私は、揺らいでいません」


 その瞬間、黒い霧がわずかに濃くなり、乱れた。そこで、確信する。


「……お前、自分で思ってるより感情が――」


 言いかけた瞬間、ミリスの姿が、消えた。

 次の瞬間、真横に気配を感じ、反射で身体を捻る。

 黒い刃が、頬のすぐ横を掠めた。


「っ……!」

「排除を優先します」


 再び、刃が形成される。

 今度はさっきより速い。迷いを打ち消すみたいに。


 シズクが、小さく呟く。


「触れたな」

「ああ」


 リンネは短く返す。


「……あいつは、まだ“人間”だ」


 黒い線が、再び空気に走る。けれど今度は、さっきと違う。ほんのわずかに、軌道がずれている。

 それを見て、避けながら、わざと声を投げる。


「なあ、ミリス。合理的ならさ。“子供を斬れなかった自分”も、計算に入れとけよ」

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