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後日談


 ヴィオレッタが聖女に就任したことで、周囲は一気に慌ただしくなった。


 教会での正式な聖女の就任式に備えて膨大な量の祝電と手紙をやり取りし、サロンにも数えきれないくらいの訪問客を迎えた。


「やっぱりヴィオレッタ様はすごいですわ!」

「本当に! あのユヅキ様を差し置いて聖女に認定されてしまうなんて!」


 きゃいきゃいと華やかな声をあげて談笑しているのは、ワッフルとコロネだ。


「でも、どうしてヴィオレッタ様は学園をご退学になったのでしたっけ?」

「ええと……どうしてでしたっけ? 思い出そうとすると、頭が……」


 ――聖女認定試験で見せられた鏡の過去のこと、みんなきれいさっぱり忘れてしまっているのね。


 世間では、ユヅキが仕掛けた悪質な工作のことはすべて忘れ去られた。


 ヴィオレッタは聖女を志すためには学園の授業だけでは物足りないとして自主退学し、修道院などで厳しい修行を積み、最後に聖女となった、と認識されている。


 かくいうヴィオレッタも、あの日のことは断片的にしか覚えていない。


 過去の悪行が見通せる鏡がキーアイテムになったことだけは覚えているが、なぜそれが出現したのかなどはよく思い出せないのだ。


 その場にいたラジエルが天界にかけあってくれて、ユヅキの悪行が暴かれ、ヴィオレッタが聖女となったことは覚えている。


 しかしそれも、ラジエルとヴィオレッタとユヅキしか覚えていないようだった。


 ――天のお父さま、って、たぶん神様のことなのでしょうけど、これだけ大規模な改変をしてしまえるなんて、やっぱりすごいのね。


 だいたいのことは神様がいい感じに処理してくれたおかげで、ヴィオレッタの名誉も回復されたのだった。


「それにユヅキ様も、以前はあんなに自信に満ち溢れていらっしゃいましたのに……」

「最近のユヅキ様はなんだか、オーラがないのですわ」

「ふてぶてしいだけの嫌な女性ですわね」

「以前のユヅキ様は、どんなにひどいことをしてらしても、どこか憎めない魅力がありましたのに……」


 ――ユヅキの『聖女候補』の属性も外れたから、カリスマ性もなくなっちゃったのよね。


 ヴィオレッタが確認した限りだと、ユヅキに対する好感度も一律で大幅に下がっている。これも『聖女候補』の属性が外れた影響なのだろう。


『パルフェ学園』の卒業式も、先日しめやかに行われた。


 卒業式には本来、一番好感度が高く、なおかつ条件を満たしているキャラが告白しに来るものなのだが、ユヅキのところには誰も来なかったらしい。


 典型的な、ノーマルエンドだ。


 それによって、すべてのゲームの強制力はなくなり、最近ではじょじょにユヅキのワガママで横暴なところが認識されるようになってきている。


 人気の凋落ぶりに落ち込んでいる姿は少し可哀想だが、彼女から陥れられたヴィオレッタとしては、因果応報だと思う。


 ――悪いことをしたらそれなりの裁きがあるものよね。


 ヴィオレッタが着せられた濡れ衣の数々はすべて晴れ、今では学園を卒業して、いよいよ社交界デビューしようとしている卒業生のみんなが顏を出してくれている。


 ヴィオレッタのティーサロンは、いまや王都内でもちょっと名の知れた人気サロンとなっているのだった。


 おかげで、『サロンを大きくする』というヴィオレッタの野望はすっかり叶ってしまった。


 ――ユヅキ様もあれ以来わたくしのところに押しかけてこないし、大団円じゃないかしら。


 これを期に、ユヅキも改心してくれればいいなと、ヴィオレッタは思う。


「ヴィオレッタ嬢。注文した品はまだですか?」

「はいはい。少しお待ちになって」


 アズライトからクレームをもらってしまったので、ヴィオレッタはおしゃべりをやめて、キッチンに舞い戻った。


 簡単なパフェを二つ作り、トロピコとアズライトのふたりに振る舞う。


「わあーい! やっぱりこれだよね!」

「甘味はヴィオレッタ嬢が作ったものでないと、どうにも落ち着きませんね」


 アズライトがツンデレなことを言うので、ヴィオレッタは苦笑してしまった。


「気に入ってくださったのなら、よかったわ」

「ヴィオレッタ嬢。俺もお代わりを頼んでいいだろうか」


 ティグレから声をかけられて、驚いて振り向けば、彼は先ほど与えておいた大きなハンバーガーをぺろりとたいらげていた。


「ティグレ様はうちを無料のごはんどころと勘違いしてらっしゃらない?」

「ここの飯がうますぎるのが悪い。よそで食う気がせん」


 そんな風に言われてしまっては、断れないのがヴィオレッタの弱いところだった。


「いっそカフェにしてはどうだ? 開店してくれたら、俺も毎日通うんだが。喜んで金も払う」

「あ、それいいね! 僕も毎日来るよ!」

「……まあ、通ってあげてもいいですけど」


 ヴィオレッタはうれしいやら困るやら、だ。


「聖女の仕事だって始まるのだもの、そんなに頻繁にはできないわ」

「それもそうか……」

「でも、そう考えるとすっごいよねえ。僕たち、聖女様のつくったごはんを食べさせてもらってるんだよ?」

「ピコは聖職者の女の人だったら誰でもいいんだろ」

「アズ! 変なことヴィオレッタ嬢に吹き込まないでよ! 誰でもいいなんて全然思ってないもん!」


 いつまでもおしゃべりがやみそうにないので、ヴィオレッタは適当なところでそろりそろりと遠ざかり、キッチンに戻った。


 ――あちらのマダムにも紅茶をお出しして、向こうの方は少し元気がないようだから、季節の果物をおつけして……それからそれから……


 忙しすぎて目が回りそうだが、ヴィオレッタは楽しかった。


***


 日没後、お客様をすべてお見送りしてから、ヴィオレッタはそろそろ看板を片づけようと思い、外に出た。


 表の通りは閑散としている。


 ヴィオレッタはつい、左右を確認して、辻馬車が来ないか確認してしまった。


 あたりに人気はない。夕飯の時間だから、みんなどこかで食事をしているのだろう。


 ヴィオレッタは、なぜか急にとてつもなく寂しくなった。


 ――どうしてかしら? サロンが終わってこの時間になると、いつも寂しいのよね。


 大事な誰かを忘れているような、そんな気がしてならない。


 ヴィオレッタはひとりきりになった薄暗いサロンの部屋で、残り物のポテトをつまみながら、お気に入りの紅茶を淹れた。


 ヴィオレッタの好きな、癖のない味わいの茶葉を使ったストレートティだ。


 それを水のようにごくごくと飲むのがいつもの飲み方なのだ。


 ――あら、おいしくできたわ。


 うれしくなって、誰かにも飲んでもらいたくなり、ヴィオレッタはあたりを見渡した。


 ぽつんと、ひとりきりでテーブルにいる自分に気がついて、胸が痛くなるような寂しさに見舞われる。


 ――何をしているの? 誰もいないわよ。分かってるでしょう?


 そう、誰もいないのだ。


 ヴィオレッタはふいにこみあげてきた寂しさに耐え切れなくなって、涙を流した。


「あ……あら? 変ね……どうして、涙なんか」


 ヴィオレッタのティーサロンは順調だ。みんなヴィオレッタの淹れる紅茶がおいしいといってくれる。きっと来週もたくさんの人が遊びに来てくれるだろう。


 聖女の仕事だって、簡単なところからさせてもらえると聞いている。話を聞く限りでは、研修を引き受けてくれた教会の人たちもみんな優しそうだった。


 父母もヴィオレッタの聖女就任をわがごとのように喜んでくれた。


 ヴィオレッタは今、とても幸せなのだ。


 さびしいはずなんてない。


 それなのに、あとからあとから涙が込み上げる。


「ただいま戻りましたぁ~……って、ヴィオレッタ様!? どうしたんですか!? おなかいたいんですか!?」


 おつかいから戻ってきたラジエルがヴィオレッタを見て、ぎょっとして駆け寄ってきてくれた。


「ううん、なんでもないのよ」

「どうして泣いてるんですか!? 私が作り置きの唐揚げ全部食べちゃったからですか!? それとも隅っこにおいてあったインテリアの変な置物かじってこわしちゃったからですか!? うわああんごめんなさい~~~~~」

「いえ……ていうか、犯人あなただったの……」


 ヴィオレッタは泣く気力も失せてしまい、きゃんきゃんとうるさく吠えるラジエルの頭をなでなでしてあげた。


 ラジエルは光属性の飼い主を必要とする聖獣。


 なので、ヴィオレッタが聖女になった日から、ヴィオレッタの家に帰ってきていた。


「おっかない大人の人が来ても笑顔で抱え上げて外に放り出すヴィオレッタ様が泣くんですから、これはもうよっぽどひどいことがあったと見ました! 何をされたのですか!? どこのどいつですか!? ヴィオレッタ様を泣かせる悪い大人はラジエルが食べちゃいますよ!!」

「いいえ……ほんとに何でもないのよ」


 ヴィオレッタは可愛らしいラジエルの両頬をつかんで、うりうりした。


「ただ……なにか、大切なことが抜け落ちているような……」


 ヴィオレッタがそうつぶやいたとたん、ラジエルはきゃんきゃん吠えるのをやめて、神妙な顔つきになった。


「ときどきね、夜にサロンの片づけをしていると、さびしくてたまらなくなるの。変よね。とっても楽しかったはずなのに……何かが違う気がするの……」


 ヴィオレッタの話は自分でも要領を得なくておかしいと思ったが、ラジエルはすりすりと身をよせてくれた。


「私はずっとヴィオレッタ様のおそばにいますよ」

「ええ。ありがとう、ラジエル」


 こんなにかわいいペットがいてくれるのだから、ヴィオレッタがさびしがるのは間違っている。元気を出さなければならないと思った。


「ヴィオレッタ様のことを泣かせるなんて、あのヘル野郎、許せませんね。今度会ったらとっちめてやります」

「ラジエル?」


 急におかしなことを言ったラジエルに、なんのことかを尋ねると、何でもないと一蹴されてしまった。


「ヴィオレッタ様、私おなかがすきました! おにくが食べたいです!」

「あなたはいつもそればかりね……たしか唐揚げの残りが……あ、食べてしまったのだったわね」

「ディナーに行きましょうよーっ! ほねつきにくもあるはずです!」


 ラジエルがふんふんと鼻息荒く入り口にかけていく。


 その背を追いかけながら、確かにヴィオレッタは幸せなのだという思いを強くした。



これにて終了です。

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