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聖女認定試験(2/3)


「さて、ユヅキ嬢。あなたはヴィオレッタ嬢の傷害未遂事件について、本当に何も言うことはありませんか?」

「ど……どういうことですか?」

「僕は本来、死後の世界を管理するのが役目なんですが、生きている皆さんが改心していい人生を送れるよう、ちょっとした力の利用も現世で許されています。もう一度おうかがいしますが、あなたは罪もないヴィオレッタ嬢を陥れたりしませんでしたか?」


 ユヅキは引きつった笑顔で、「なんのことですか?」と言った。


「私……知りません」

「分かりました。それでは、あなたが嘘をついていないかどうか、この鏡で見てみましょう」


 巨大な鏡は、ユヅキとヴィオレッタのちょうど真ん中に置いてあった。


 鏡の表面が揺れ、徐々に何かの場面に切り替わる。


 鏡の中に映し出されているのは、ユヅキの姿だった。


「うそ……閻魔大王の浄玻璃鏡……? 知らない、そんなの、覚えてない……! そんなの、『パルフェ』には出てこなかったはず……!」


 ユヅキがぶつぶつとつぶやいている間にも、鏡は過去を映し続ける。


 やがて鏡の中のユヅキの手元が大写しになった。


 ユヅキの手に握られているのは、ヴィオレッタの香水ビンだ。


 ヴィオレッタはあれに硫酸を入れて自ら顏に吹きつけようとしていたなどと、無茶苦茶な嘘で陥れられたのだ。


 ユヅキは香水ビンの中身を洗面台にすべて捨てた。


 その後、持ってきた青い小ビンの中身を香水ビンに注ぎ入れる。


 青い小ビンのラベルが大写しになり、『危険!』というマークが現れた。


 その下に、『硫酸』という文字も。


「――おや? ユヅキ嬢。ヴィオレッタ嬢の香水ビンに硫酸を仕込んだのは、あなただったんですね」


 エマののんびりした問いに、ユヅキは見たこともないほど絶望した顔をした。


「ち……ちがいます! こんなの……! 嘘です……! 何かの間違いです……!」


 鏡の場面は切り替わり、ヴィオレッタが何気なく香水ビンを手に取ったところで、いきなり大声を出すユヅキが映った。


『やめて、ヴィオレッタ様、何をするの!?』


 何を言われているのか分かっていなくて驚いているヴィオレッタに、『これ、硫酸じゃない!』と叫ぶ。


 ユヅキの叫びに、周囲の人たちの注目が集まってきた。


『誰か来て! ヴィオレッタさんがたいへんなの!!』


 ユヅキの悲鳴で、アルテスが動いた。


 ――ああ……覚えているわ。このあと、なぜか私が硫酸をかぶろうとしていたのはユヅキ様を陥れるためだってことになったのよね。


 まったく意味不明なガバガバ冤罪だったと思うが、当時は本当に誰も疑っていなかったのだ。


「……なるほど。あなたはこうやって、ヴィオレッタ嬢に濡れ衣を着せたんですね」

「ち、ちがう、違うの、これは……!」


 鏡はまた別の場面に移り変わり、ユヅキが階段を何段か飛び降りて床に転がったかと思えば『ヴィオレッタ様がいきなり押してきて……!』と訴えるシーンや、また別の貴族令嬢を体育館裏に呼び出して、彼女が持っていた財布から金貨を奪い取るシーンなどが映し出された。


 ――こうしてみると、本当にろくなことしてないわね、この子……


 ヴィオレッタだけでなく、会場の誰もがドン引きしていた。


 ――この女、どうしようもないな……


 そんな空気があたりに満ちている。


 中には明らかに怒り狂っている金髪のイケメンもいて、「信じられない! 私たちは騙されていたんだ!」などと喚いていた。


 エマが「お静かに」と注意する。


「裁きは僕が下します。私憤にかられてユヅキ嬢を私刑にするようなことがあれば、僕はその人にも罰を与えますよ。人が人を裁くことはなりません」


 エマの念押しで、騒いでいた人たちも静かになった。


「さて、ユヅキ嬢。最近は地獄でも罪刑法定主義を取るようになっていまして。いえ、僕は堅苦しいのは嫌いなんですが」


 ヴィオレッタはさすがに『うわー』と思った。


 ――地獄の刑罰って、かなり重いんじゃなかったかしら……


 地獄の火で焼かれるのは序の口で、かなり痛い罰がたくさんあったような気がする。


「生きている人間の場合、この鏡で見て、嘘をついていることが分かると、舌を切られる決まりになっています」

「やだやだやだ嘘嘘うそ! ねえ嘘でしょう!?」

「うーん、そうですね。先ほども言いましたが、僕は死人を裁くよりも、生きている人間に反省をしてもらう方が好きなんです。悪いことをしていたそれまでの人生を反省して、その後まっとうに生きてくれると約束してくれるのなら、刑罰はもっと軽くしてあげることもできます」

「ごめんなさい、反省します! もう悪いことなんてしません! ごめんなさいごめんなさい!」


 ユヅキは目にうっすらと涙を浮かべていた。

 さすがに今回ばかりは演技ではないだろう。


「いい心がけですね。量刑に手心を加えるには複雑な処理が必要なので僕も大変なんですが、これもユヅキ嬢のためですからね。ひと肌脱ぐとしましょう」


 エマは手元の紙にさらさらと何かを書きつけた。


 その紙を手に、立ち上がる。


「地獄の十番法廷から、天界の『至天』へ、異議申し立てを行います。ユヅキ嬢は神の加護を悪用して、ヴィオレッタ嬢に危害を加えていました。よって、彼女に授けた加護の取り消しと、ヴィオレッタ嬢には慰謝料として、神の祝福の再分配を請求します」


 エマの手にしていた紙はあっという間に炎に焼き尽くされて、消えた。


 間もなく虚空にきらめかしい幾何学模様が浮かび、そこから生き物が浮かび上がる。


「天の使いでやってまいりました!」


 舌足らずな幼い女の子の声で元気よく答えたのは、四足獣に羽根が生えた巨大な生き物。


 ――ら、ラジエル……!?


 久しぶりに見るラジエルの原寸大わがままボディを前にして、ヴィオレッタは吹きそうになった。


 ――お、大きいわ……


 何メートルもある巨体が浮いているので、怪獣映画のような趣がある。


「天界のお父さまより地獄の十番法廷へ、返答します。ユヅキの加護悪用の件、天のお父さまはこれを認めて取り消し請求を受け入れることにいたしました。ユヅキの特殊スキル、『聖女候補』は、本日このときをもって抹消されます」


 ラジエルの言葉が終わると同時に、ユヅキを幾何学的な模様が取り囲む。


 ヴィオレッタが慌てて彼女のステータス・ウィンドウを開くと、本当に彼女の『聖女候補』のスキルは消えていた。


「スキルの抹消により、聖女認定も取り消しとなります」


 ラジエルの宣言に、ユヅキは椅子を蹴立てて立ち上がった。


「そんな……! うそでしょう!?」

「続いて、ヴィオレッタ・シュガーです」


 ユヅキは必死にラジエルへ訴えているが、ラジエルは彼女の方を振り返りもしなかった。


「天のお父さまはヴィオレッタ・シュガーの性格の再判定を行いました。彼女の性格は本日このときをもって、『善』に変更されます」


 今度はヴィオレッタが不思議な光に包まれる番だった。

 おそるおそる目を開けて、ステータス・ウィンドウを確認すると、上書きしていた黒いペンのようなものが消え、性格が『善』に直っていた。


「また、これまでに積んだ善行、および祈りの数に応じて、お父さまの加護の遅滞分をまとめて付与いたします」


 ラジエルが言うや否や、ステータス・ウィンドウに新たな項目が加わった。


 これまで使えていたはずの闇属性魔法が暗転し、代わりに光属性魔法のタブが加わる。


 ずらりと並んだ光属性の魔法一覧の一番上に、『光魔法の習熟度・120』とあった。


 おまけに、特殊スキルの欄に『聖女』とある。


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