聖女認定試験(1/3)
聖女認定試験。
それは一年に一度、世界中の聖女候補を集めて行われる、一大イベントである。
参加資格はとてもシンプル。
光属性の魔法に習熟していること。
二名以上の聖職者に推薦されていること。
それだけである。
『パルフェ』学園生の場合は、テストの結果で選抜される。
学園の校庭はすでに見物客でいっぱいだった。
ヴィオレッタは目立たないように地味なワンピースを着ていたが、速攻でユヅキに発見された。
「ヴィオ~! 会いにきてくれたの!? やーん、ユヅキ感激ぃ~!」
その日の彼女はいつになく美少女だった。ふんわりフェミニンなカールをかけたピーチピンクのミディアムボブに、計算しつくされたカットの前髪。ぱっちりとした大きな目にはさりげなく垂れ目風の可愛らしいアイラインが入れてあり、うるうるつやつやの唇は淡い桜色で、食べてしまいたくなるくらいかわいらしいが、よく見ると、自然な血色がにじんでいるかのように偽装するため、入念にグラデーションがかけられていた。
「……また今日は一段と愛らしいんですのね」
「あっは、分かるぅー? 二時間くらいかかっちゃった」
「すごいですわ……完璧な作り込みですのね。こんなにきれいな質感の肌が作れるなんて、職人芸の域ですわ」
「ま、モトがいいですしぃ? 『塗り』は前世から得意だったからねぇ」
――塗りって。
まるでCGか何かのような言い方をする。
「今日は私の晴れ舞台だからねぇ。聖女になれたらヴィオのこともさっそく『祝福』してあげるから、楽しみにしててね?」
瞳孔がかっ開いた真っ黒な笑みを見せるユヅキ。
――祝福って……要するに初期化でしょうが。
こんなに明るい人殺し宣言はなかなか聞けるものではない。
ヴィオレッタは胃がきりきりと痛むのを感じた。
あれからせっせとお祈りをしてもらう生活をつづけたが、最後までヴィオレッタの性格は『悪』から変化しなかった。
ヴィオレッタはユヅキのステータスウィンドウを確認して、よりいっそう憂鬱になった。
――聖女の条件は完全に満たしているのね。いいえ、それどころか、聖女王の条件も完璧……
このまま順当に行けば、最後はユヅキの聖女王エンドとなるだろう。
――なんとかして聖女王エンドを阻止すればよかったのかしら?
しかし、他人への嫌がらせなどは『性格・悪』に堕ちる条件のようなもので、改善を狙っている時期にはよくないと思い、差し控えていた。
――最後に判断をするのは神さまだって、ラジエルも言ってたけれど……
はたしてヴィオレッタが捧げた祈りでゲームの強制力に勝てるのかどうか。
かたずをのんで見守るヴィオレッタの前で、聖女候補たちがそれぞれ認定試験を開始した。
聖杯を模したガラスの巨大なワイングラスが、祭壇布をかけた長テーブルの上に置かれた。
水をワインに、石をパンに変えた過去の聖女の事例に倣い、手で触れた瞬間にこの水を変化させられたら、その生徒がめでたく聖女となるのであった。
聖職者たちが水差しにつめられた水を祝福し、ワイングラスにそそぐ。
最初のひとりが進み出て、聖女祈願の祈祷を受け、一定の儀式を終えたあと、そっとワイングラスに張られた水に指先を触れた。
最初の生徒が触れたワイングラスには、何も起こらなかった。
彼女は認定試験に不合格したのだ。
残念そうな彼女が退いたあと、すぐに次の生徒が祭壇の前に立った。
聖女の認定試験は小一時間ほど続いた。
――もうすぐユヅキ様の出番ね。
ユヅキが出てきて、かわいらしくお辞儀をしたところで、少し周囲がざわついた。
芸能人並みにかわいい彼女は、だいたいどこに行っても注目の的だ。
ユヅキに聖職者の祈祷と祝福があり、ユヅキも聖女祈願の宣誓文を唱えた。
ワイングラスの前に立ち、深呼吸するユヅキ。
いよいよ手を伸ばすというところで、ヴィオレッタは胸がしめつけられるような緊張感を覚えた。
――ダメ。どうか、あの子を聖女になんかしないで。
人を呪うのはいけないことだと思いつつ、ヴィオレッタはどうしてもそう祈らずにはいられなかった。
水の表面にユヅキの指先が振れたとたん、鮮やかな変化があった。
赤い波紋が広がり、透明な液体がみるみるうちに深い赤の色に変わっていく。
「聖女だ……!」
「選ばれたんだわ!」
誰かの歓声が飛び、周囲がいっとき騒然となった。
ヴィオレッタはズキリとする心臓を押さえつつ、会場に視線をさまよわせる。
遠くの方に、アルテスたちの姿が見えた。
ユヅキの選出に興奮して、席を立ちあがっている。
ティグレやトロピコ、アズライトたちの姿も見つけ出せたが、ヴィオレッタが探している人物は影も形もない。
――エマ様、いないのかしら。
ユヅキが聖女になれば、ヴィオレッタの記憶は消されてしまう。逃げる算段を立てるなど、出来る限りあがいてみるつもりではあるが、今はエマに会って、話がしたかった。
聖女が力をふるうところはヴィオレッタも見たことがない。記憶の消去がいつになるのかも分からないが、せめてひと言ぐらいお別れを言う時間は取ってもらえるのだろうかと、暗い気持ちで考えた。
――この国から逃げるにしても、せめてエマ様の連絡先くらいは知りたいわ。落ち着いたら、手紙が出せるように。
やがて聖職者の告知によって、晴れてユヅキを聖女と認めるための簡単な儀式をすることになった。
ひざまずくユヅキに、聖職者たちがティアラをかぶせようとする。
ユヅキの頭にティアラが乗ろうとする、まさにそのとき。
儀式にのこのこと無防備な足取りで近づいていく男子生徒がいた。
聖職者の真横で、男子生徒は立ち止まった。
栗色の地味な髪に、温和そうな垂れ目の顔立ち。
会場がざわざわとし、誰何する声で満ちるが、誰も彼の顔や名前を知らない。
ヴィオレッタ以外は。
――エマ様……!?
いったい何をしているのかと、ヴィオレッタが不審に思った瞬間、エマが口を開いた。
「こんにちは、ユヅキ嬢。お久しぶりです……といっても、あなたは覚えていないでしょうけれど」
「……あの? どちら様ですか?」
ユヅキは怯えた様子で、ひざまづいた状態から立ち上がった。エマと正面切って見つめ合う。
「あなたには以前、ラジエルの前世を見せてさしあげましたね」
「――!?」
ユヅキの顔色が変わった。
それもそのはずで、ラジエルの前世をどうやって覗き見たのかは、今の今まで、ヴィオレッタも知らなかったくらいなのだ。
こんなことを言い出す相手が、普通の相手であるはずはない。
――あのとき、ユヅキ様は方法を教えてくださらなかったけれど……
エマの仕業だったのかと、ヴィオレッタは驚きつつも納得していた。
――過去を覗いたことは覚えていても、エマ様のことはきれいさっぱり忘れてしまったから、ユヅキ様にもよく分かっていなかったのね。
「なに……? あなた。何のつもり?」
「実は、さるご令嬢が冤罪をかけられて学園を退学させられたという件について、少しユヅキ嬢に質問があるんですよ」
「なんですって?」
「ヴィオレッタ嬢をニセの傷害未遂事件で断罪し、追い出したのは、あなたですか?」
ユヅキは固まった。
会場のざわめきが大きくなる。
聖職者や職員たちも、どうすればいいのか分かっていない様子だ。
「……私は今でも、何かの間違いなんじゃないかって思っているところですけど、でも、証拠があってのことです」
ユヅキが果敢に反論した。
「では、断罪したのは事実と認めますか?」
「そうですけど、でも、あれは、私じゃなくて……周囲の皆さんが、勝手に……」
「ああ、それはいけませんね。裁きとは、人が勝手にするものではありません。人を裁くのは神の役目と、昔から決まっているのです」
エマはにこりとした。
「これから少し法廷を開きたいと思いますが、よろしいでしょうか」
――ほ、法廷?
なんのことやらと思っているヴィオレッタを置いてけぼりに、エマはいつもののんびりした口調で、続ける。
「地獄の十番法廷よ、来たれ」
地鳴りはまたたく間に大きくなり、エマの立っている場所に大きなクレバスが出現する。
真っ赤なマグマの中に、エマや聖職者、ユヅキもまとめて真っ逆さまに落ちるかと思いきや、大きな地割れの上で、みんな宙に浮いていた。
「被告はユヅキ嬢、原告はヴィオレッタ・シュガー嬢です。お招きしてください」
周囲に巨大な卓がいくつも出現し、椅子が等間隔に並べられた。
ヴィオレッタの足元がふいに消失し、真っ暗闇に落ちる。
――ちょっと、ちょっとおぉぉ!?
もがいていたのは一瞬で、気づいたら、エマが作り出した不思議なセットの中の椅子に、勝手に座らされていた。
正面にはユヅキがいる。
エマは一段高い場所にある椅子に座って、にこやかにこう宣言した。
「裁判長はこの僕、地獄の閻魔大王でお送りします」
ヴィオレッタは驚きのあまり、悲鳴がのどまで出かかった。
――えっ、えっ、閻魔大王~~~~~!?
閻魔。
英語のスペルであればEmmaになるのだろうか。
読みようによってはエマと読めなくもない。
――大王……あ、グレートキング……!?
いくらなんでも直訳がひどいとヴィオレッタは思った。こんなところでまで製作元の雑なネーミングセンスを発揮しないでほしい。ヴィオレッタには本気でエマの正体が分からなかった。
――そうだわ、あのゲームって、確か魔界の王子ルートも存在していたはずなのよ。
かなり重要なメイン攻略対象だったはずなのに、ヴィオレッタはなかなかそのキャラの顔や名前が思い出せないでいた。
もしもそれがエマだったのだとしたら、一人だけやけに強い呪いがかけられている理由も、学園の生徒全員を覚えているヴィオレッタがエマのことだけ思い出せなかった理由も、分かってしまう。
おそらくエマの呪い、『記憶の強制リセット』は、ヴィオレッタの前世の記憶にまで及んでいたのだ。
――それにしても、閻魔大王って、閻魔大王って……
ヴィオレッタの脳裏に、金剛力士像のようないかついおじさんの画像がちらつく。官吏のような服を着て、四角い帽子をかぶり、顔を真っ赤に染めている、あのお馴染みの閻魔大王の姿だ。
一方、エマは月桂樹の冠と白いシーツでも着せておいたら似合いそうな、内面の温和なやさしさが外見にまでにじみでている、正統派の『いい人』系美青年である。
――原型とどめていなさすぎじゃない!?
ゲーム内で描写されるキャラクターが美化されるのは、乙女ゲーの宿命。とはいえ、あのコワモテのおじさんがこの美形になる理屈が、ヴィオレッタにはさっぱり分からなかった。




