クリスマスパーティ(2/5)
「ピコ、お前またそうやって……誰にでもいい顏しようとするのやめろよ。殿下だってヴィオレッタ嬢とは踊りたくないだろ」
「いいんだよ、ユヅキだってもう怒ってないみたいだし、今日なんてヴィオレッタ嬢と一緒だったじゃん! ユヅキが大丈夫なら、きっと殿下も仲直りする気になるよ! ほら!」
アルテスはユヅキと談笑中だった。
トロピコにぐいぐい背中を押されて、ヴィオレッタはその前に押し出されてしまった。
「殿下……ええと、お久しぶりでございます」
「ヴィオレッタか。よくパーティに顔が出せたね?」
「え、ええ……そちらのユヅキ様にお招きいただきまして」
さりげなくヴィオレッタがユヅキのせいにして逃げると、ユヅキは何を思ったのか、ヴィオレッタの腕に抱き着いた。
「アルテス殿下、ヴィオレッタ様をいじめちゃダメですよ?」
「ユヅキ……君は、あんな目に遭わされたんだから、しっかり怒らないとダメだよ」
「いいんです! 私、ヴィオレッタ様がとっても反省して謝ってくれたから、許すことにしたんです!」
――またこの子はさらっと大嘘を。
ヴィオレッタはちょっとげんなりしたが、アルテスの感激ぶりはユヅキ以上にヴィオレッタを脱力させた。
彼はユヅキの腰を抱き寄せて、甘い睦言をささやくように、ひそひそとやりだした。
「ああ……君はこんな女にも平等に優しいんだね。聖女とはかくあるべし――とはいえ、実物を前にすると胸が震えるよ」
――ちょっと。こんなところでいちゃつかないでくださいませんこと。
ヴィオレッタはよっぽど突っ込んでやろうかと思ったが、もうゲームの強制的なつじつま合わせの力はないようなので、にこやかに見守るにとどめた。
「アルテス殿下、よかったらヴィオレッタ嬢と踊ってあげてくれないかな? アズが、殿下の許しもないうちにヴィオレッタ嬢とは仲良くできないって言うんだ。きっとこの会場にも、同じ理由でヴィオレッタ嬢と仲良くできない人たちがいっぱいいると思うんだよね」
アルテスは少し嫌そうな顔をした。
「私はまだヴィオレッタのことを許したつもりはないよ。私の大事なユヅキにあんなことをした報いとしては、軽すぎるくらいだと思ってる」
――だって冤罪ですもの。
大した処罰じゃないからまだ心情的に許せているが、そうでなければユヅキと一緒に踊ってヘラヘラする気にはなれないとヴィオレッタは思った。
「ねえユヅキ、君はもうヴィオレッタ嬢のことを怒ってないんだろ? 今日だって一緒にパーティに来てたじゃないか。ダンスだって……」
「そうだけど……ヴィオレッタ様。アズライト様と踊りたいんですか? どうして?」
「アズはヴィオレッタ嬢を一方的に嫌ってるんだ! ちょっとでも仲良くしてほしいから、僕がお願いしてるんだよ!」
「ふーん。そう……」
ユヅキは少し疑うような目つきをしていたが、「ま、いっか」とつぶやいた。
「アルテス殿下、私からもお願いします。ヴィオレッタ様はもう、私のお友達ですから」
「ユヅキ……!」
アルテスの好感度はうなぎのぼりだった。数値にして250オーバー、ゲーム内であればほぼカンストに近い。ヴィオレッタもここまでの数値を目にするのはこれが初めてだ。
底なしの親馬鹿であるヴィオレッタの父が娘に向ける感情の数値が200ぐらいなので、それ以上となると、なかなかヴィオレッタにも想像がつかない。
――うちのお父さま、わたくしにはあまあまのゆるゆるで、一度も叱ったことなんてないくらいだったのだけれど……
ともかく、それだけユヅキのことが好きなのだろう。
「いいよ。ユヅキに免じて、ここは踊ってあげる」
「感謝のしようもございませんわ、アルテス殿下」
「でも、勘違いはしないでほしいな。私はあのときのことを永遠に許さない」
キリッとしたお顔で言うアルテスはかっこよかった。
しかし、それも冤罪だと思うとヴィオレッタはシリアスなこのイケメン面を間抜け面に変えてやりたくなるのである。
次の曲が始まり、ユヅキは他の生徒と、ヴィオレッタはアルテスと向き合った。
「……ユヅキ様の本命じゃないくせに彼氏ヅラとかおっかしー」
ヴィオレッタがぼそりと、腕を組みあったアルテスにだけ聞こえるように言うと、彼は初手のステップを踏み間違った。
「あ、これ、ユヅキ様には内緒にしておいてほしいって言われていたんでしたわ。お忘れになって?」
「忘れられないよ!? 君たちどういう話をしてるんだい!?」
「女子同士の本音トーク?」
「どういうことなのかな!? ちゃんと説明してもらえる!?」
ヴィオレッタの舞踊スキルは相手がへまをしてもカバーできるほど高い。
踊りがガタガタになったアルテスをリードするように、大きく彼自身の腕を引っ張り、強引に踊らせた。
「ダンスくらいきちんとなさってくださいましね。みっともない。ユヅキ様も踊りの名手なのですから、愛想を尽かされてしまいますわよ」
「くっ……! 言われずともやるさ!」
アルテスは完璧王子と言われていただけはあり、本来はダンスもうまい。
落ち着いてきたころを見計らい、ヴィオレッタはふたたび口を開く。
この件でのちのちアルテスがユヅキを問いただしでもしたら、余計なことを言ったヴィオレッタが窮地に陥ってしまう。
「ユヅキ様は聖女を目指すのに精いっぱいで、殿方のことなどとても考えられないとおっしゃっていましたわ」
「あ、ああ、なんだ、そんなこと……それはそうだよ。彼女のように気高い志を持った人が、男なんかにうつつを抜かすわけがない」
ヴィオレッタはちょっと同情した。
――その気高い聖女様、逆ハーレムエンドを狙っているのだけれど。
知らぬが仏とはこのことか。
ともあれ、慌てふためくアルテスが見られたことで、ヴィオレッタの溜飲も下がった。
わだかまりさえなければ、アルテスとのダンスは楽しい。
踊りが上手で、物腰もやわらかく、しかも美形だ。
「懐かしいね。舞踏会では、いつも君とダンスを踊っていた。私は君の美しさや愛らしさに夢中だったよ」
アルテスがそんな風にささやくので、ヴィオレッタは若干気持ち悪くなった。
――あぁ、いくら美形でも、アルテス殿下だけは無理になってしまったのね……
ヴィオレッタは自分の変化を悲しみとともにそう分析した。
彼は天然人たらしというのか、自分が拒絶されることなど絶対にありえないと思っているので、よくこういう口説きまがいのことをする。
ときめいていたのはユヅキが出てくるまで。
今では、『何を勘違いしてるんだろ……』と思っている。
――ユヅキ様なんかにたぶらかされるような男って、この先何回も女で失敗しそう。
見る目がなさすぎる男などに用はないのだった。
「私はよく、君に口づけをねだっては断られていた」
「それは、将来好きな女性ができたときになさればよろしいと、さんざん申し上げていたではございませんか」
ヴィオレッタはゲーム知識を前世から得てしまっていたので、万が一のときに自分のキズが深くならないよう、一切接触せずに来た。
妥当な判断だったと、今でも思う。
「当時の私はなぜ君がそんな風に言うのか分からなかったけど、ユヅキに出会って、やっと意味が分かったよ。確かにあれは、好きな人とするべきだ」
「のろけですの? よそでやってくださいませんこと?」
「いや……」
アルテスは何やら感傷的になっているのか、少し間を置いた。
「ただ、私は君に断られるたびに、ガッカリしていたんだ。君は私のことが好きじゃないんだと言われているようで」