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最強悪役令嬢のティーサロンにようこそ!  作者: くまだ乙夜


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29/40

クリスマスパーティの季節です


 悪役令嬢のヴィオレッタは学園を退学後、趣味でティーサロンを開いていた。


 社交界の知人や学園の生徒を中心に迎え入れ、珍しいお茶などを振る舞い、人脈を作る。


 すると、たとえ王子に婚約を破棄されて、王城や王族の関連行事一切から締め出されたとしても、それなりに貴族としての名誉を保ちながら悠々自適の生活が送れるというわけなのだった。


 その日も、修道院のアルバイトで知り合った貴婦人たちや、学園で友人だった生徒などを中心に、そこそこの賑わいを見せていた。


「ヴィオレッタ様、このお菓子はなんですの?」


 そう質問したのは、くるくるの巻き髪をたくさん作った貴族令嬢、コロネだった。


「ただの創作菓子パンですわ。なんだか急に、食べたくなっちゃって……」


 巻き貝の形に焼き上げたパンの中心に、チョコクリームを充填したパン。


 俗に言うチョココロネだ。


 コロネと名付けられたこちらのご令嬢も乙女ゲー『パルフェ学園』に登場するモブ令嬢のひとりだが、ヴィオレッタは彼女の髪型を見るたびに、チョココロネを思い出して仕方なかったのである。


 ――いっそのこと、作ってしまえばいいかしら。


 ゆるい世界観だったせいか、何でもアリアリな食文化だったわりに、チョココロネはまだ存在しなかった。


 そこでこうして自分の手で作ってみた、というわけなのだった。


 チョココロネを手に取って、目を丸くしたのはちりちりの細かなパーマをかけたご令嬢だった。


「まあ、このお菓子、なんだかあなたの髪型にそっくりね」

「いやだわ、うふふ」


 ――卵が先か、にわとりが先か。


 開発スタッフはおそらくどう考えてもチョココロネからヒントを得てコロネ嬢の髪型をデザインしたのであるが、その元ネタが存在しないので、まるで彼女からパンの着想を得たような状態になっている。


「そうね、せっかくだからこのお菓子にはコロネ様からお名前をいただいて、チョココロネとでも名付けましょうか」

「まあ、気恥ずかしゅうございます」

「すごいですわ、サブレー夫人みたいに後世にまで名前が残っちゃうかもしれませんわね!」

「広めていきたいですわねぇ」

「いやですわ、そんな……」


 照れに照れているコロネの髪型は、今日も完璧な縦ロール・ドリルだった。


 修道院の方からやってきた貴婦人たちもコロネの髪型を見て感心し、さかんにはやしたてたので、彼女は一躍時の人となっていた。


「ヴィオレッタ様、聞いてくださいまし、ブラウニー家の奥さまから遊びにいらっしゃいと誘っていただきましたわ!」


 こそこそと、しかし興奮を隠せない様子でコロネが打ち明けにきた。


 はたで聞いていたワッフルがハッとする。


「ブラウニー家って、あの?」

「そうよ、あの、美男子ぞろいのご子息たちが三人もいらっしゃるあのブラウニー家よ!」

「えぇー!? コロネ様ばっかりずるーい!」


 サロンなどに出かけて人脈をつくり、よさげな相手との縁談をつかむのも、この国では大事なことなのだった。


「わたくしだけでは不安ですわ。皆さまもご一緒に来てくださらないと!」

「きゃあ、絶対に行きますわ!」


 きゃいきゃい盛り上がっているのを横目に、ヴィオレッタはちょっと悲しくなった。


 ――わたくしの嫁ぎ先、ちゃんと見つかるかしら……


 なにしろヴィオレッタは王子から婚約破棄をされた女。シュガー公爵家の力が強大なので、社交界すべてから締め出されるということはないが、それでも、表だって交流しようとする貴族はかなり少なくなっている。結婚となると、もっと遠い。


「もちろんヴィオレッタ様もいらっしゃいますよね!?」


 コロネから勢い込んで尋ねられ、ヴィオレッタは少し悩むふりをした。


「わたくしは遠慮しておくわ」

「えー!? どうしてですの!?」

「まだもう少し……ほとぼりを冷ましたいですもの」

「ああー……!」

「本当においたわしいですわ……!」


 コロネとワッフルは口々にヴィオレッタをいたわってくれた。


「ほんとにあの王子ときたら……!」

「婚約を破棄するにももっとやり方があったでしょうに……!」

「ねー! 許せませんわよねー!」


 王子の悪口で盛り上がっている最中に、ぬっと後ろから影が指す。


 ヴィオレッタがついその人物に視線をやると、つられてコロネとワッフルも後ろを振り返り、固まった。


「楽しそうなお話をなさってますね?」

「ちょっと、アズ! やめなよ!」


 眼鏡を指で押しあげながら言ったのは宰相家のプリンス、アズライトだった。


 裾を引っ張って、もとの席に戻そうと無駄な努力をしているのは伯爵家のトロピコだ。


 宰相家といえば、超がつくほどの現王家ラブな派閥に属し、傍系王家でなにかと父公爵が国王に反目しがちなヴィオレッタの家とは仲が悪い。


 そういう事情はコロネとワッフルのふたりも分かっているのか、とても気まずそうにしている。


「ごめんね、ヴィオレッタ嬢。僕たちもう帰るからさ。新しいチョコパンおいしかったよ!」


 トロピコがアズライトを引っ張っていこうとするが、彼はヴィオレッタの前で立ち止まり、動こうとしない。


「ブラウニー家の招待を断るんですか?」


 アズライトがどこか鼻で笑うようにして言う。


「どうしてですか? 今のあなたにはお似合いじゃないですか。どうせ誰にも相手にされないくせにえり好みですか?」


 ――うーん、今日は一段とイヤミね。


 ヴィオレッタがびっくりしていると、トロピコがとうとうたまりかねたように友人の前に立ちはだかった。


「ヴィオレッタ嬢に失礼だよ! どうして君はそうなのさ!? ヴィオレッタ嬢は可愛いし、優しいし、素敵じゃないか! 僕だってお嫁さんだったらいいなって思うくらいなんだから、きっといろんな人から縁談が来てるに決まってるよ!」


 アズライトはトロピコを、どこか小馬鹿にしたように見下ろした。


「ふぅーん……ピコも気があったんだ? いいじゃん。よかったですね、ヴィオレッタ嬢?」


 彼はチラリとヴィオレッタを見た。


 ――か、感じ悪……


 ヴィオレッタが絶句していると、アズライトはまたフンと鼻を鳴らした。


「どうせ『並みの貴族ごときが王族のわたくしに懸想だなんて身の程知らずね』とでも思っているんでしょう」

「わたくしひとこともそんなこと言ってませんわよね!?」


 心外極まるアテレコに、ヴィオレッタは思わず猛抗議した。


「じゃあ、ピコの何が気に入らないんですか? 身分? 身分ですよね? 公爵家の俺も笑い飛ばすくらいなんですから、伯爵なんてちゃんちゃらおかしいってところですよね」

「言いがかりもはなはだしいですわね」


 ――やる気なのかしら?


 ヴィオレッタが、これは自分の剣術パラメータ577(※とても高い)を活かす機会かもしれないと、若干闘志を燃やし始めていると、トロピコは自分の頭ごしに会話しているヴィオレッタとアズライトの注意を引くように、頭上で手を振り回した。


「アズ! そんな言い方しても嫌われるだけで、ちっとも解決しないよ!? どうして君は素直に『僕もヴィオレッタ嬢を招待してみたいけど、断られたら悲しいなあ』って言えないんだい!?」


 トロピコが言い終わるか終わらないかのうちに、顔を真っ赤にしたアズライトがトロピコに飛びついた。


「だいたいアズはヴィオレッタ嬢が――」

「やめろ、馬鹿!」


 アズライトはトロピコの口を手でふさぎ、なんとか黙らせようとしたが、もごもごとトロピコがしゃべっているので、切れ切れに「もっと素直に」とか、「あんなに注意したのに!」といったような言葉が聞こえてきている。


 しまいにアズライトは、トロピコをズルズルと引きずって戸口に向かい出した。


「ヴィオレッタ嬢、ごめんねー! また来るからあぁ! 痛った、アズ、自分で歩くから離せって!」


 アズライトとトロピコは互いに小突き合いながら、帰っていった。


「……なんだったのかしら……」


 思わずつぶやくと、ワッフルとコロネはそれぞれ首をかしげた。


***


 深夜の自室。


 ヴィオレッタはつい独り言をこぼしてしまう。


「アズライト様、どうしてあんなに喧嘩腰なのかしら……?」


 乙女ゲー『パルフェ学園』のアズライトは、規律にうるさく真面目な性格で、王子アルテスに近づく主人公にも嫁いびりのような態度で接することはあった。


 ――でも、あそこまでひどくはなかったような気がするのよね。


 少々嫌味ではあっても、あそこまで露骨に喧嘩を売ってくるような子ではなかった。


 これも好感度がマイナスであるせいなのだろうか。


 それとも。


 ――わたくしが、サイ=ショーさんの名前を聞くたびに笑うから……?


 好感度のマイナスもさることながら、そちらの要因も大きい気がするヴィオレッタだった。


 ――パラメータの微調整が必要かしら……


 前世知識を得る前のヴィオレッタであれば、名前を聞くたび大笑い、なんてことにはならなかっただろう。


 であれば、前世知識を使って、少し調整する必要があるかもしれない。


 この先もずっとあの調子でつっかかってこられるとヴィオレッタもやりにくい。間に立っているトロピコもかわいそうだ。


 ――少しだけ好感度をあげて、友人未満ぐらいの関係にしておくべきかもしれないわ。


 機会があったらダンスに誘ってみようと考えて、アズライトのことで悩むのはおしまいにした。


***


 あくる日、ヴィオレッタは修道院のアルバイトに顔を出した。


「ねーヴィオ、もうすぐクリスマスパーティだね!」


 浮かれ調子で話しかけてきたのは主人公のユヅキだった。


 さらさらのピンク色のミディアムボブに、前髪はきっちり計算された長さと角度で、今日もばっちり決まっている。


「今年のパーティは、ヴィオとペアで回りたいな!」


 ユヅキが屈託なく言うので、ヴィオレッタは面食らった。


「……クリスマスパーティって、毎年恒例のアレですわよね?」

「そうだよ! 今年は三年目だから、これで最後! 楽しみだよね~!」


 ヴィオレッタは前世のプレイ知識を引っ張り出した。


 クリスマスパーティとは、『パルフェ学園』で毎年行われている年末のパーティのことである。


 主人公のユヅキはクリスマス当日までに攻略対象をひとり選んで誘っておき、一緒にパーティを過ごす。


 実はここでのパートナー選択はものすごく幅広く、連絡先を知っているキャラであれば誰でも連れていけることになっている。


 すでに学園を退学したヴィオレッタとも、クリスマスを一緒に過ごすことができるのだ。


 現実世界のパーティは男女同伴が基本。


 未婚女子同士で連れだってパーティに参加するというのはあんまりないことなのであるが、『パルフェ学園』ではオーケーなのだった。


「ヴィオも学園のパーティ、最後まで参加したいでしょ? 一緒に行こうよ!」

「……ええと……アルテス様はいかがなさいますの?」

「あぁ、もう攻略パラメータは満たしたから、ほっといても大丈夫」

「えぇ……? でも、三年目のイベントって、結構面白いんじゃありませんでしたっけ……?」

「そうだよ! 三年目はチークダンスと、将来の約束!」


 チークダンスとは、その名の通り、頬をくっつけ、身体を密着させてするダンスのことだ。


 中世ヨーロッパ風の貴族のパーティにチークダンスはあんまりないような気がするが、パルフェ学園は馬車や剣が現役の世界観に反して、意外と現代的なのである。どのぐらいかというと、シャワーなどが存在するぐらいだ。


 それはともかく、抱き合うようなシチュエーションがプレイヤーの間でもかなり好評だったと記憶している。


「アルテス様とチークダンスしなくてよろしいんですの?」

「うーん、私、アルテス単推しじゃないからさ。あのイベント、選ばれなかった子たちの好感度が下がるでしょ? でも、女子キャラだとマイナスのペナルティないから、逆ハーエンドのときは、ね?」


 なるほど、とヴィオレッタは思った。


「ユヅキ様って逆ハーエンドを目指してらしたんですのね」

「そうだよ。だってみんな大好きだもん。ひとりなんて選べないよ」


 それはどうなんだろうとヴィオレッタは思わないでもなかったが、ヴィオレッタもまた前世で逆ハーエンドに到達して、しっかり楽しんだ身なので、あまり彼女のことは責められない。


 逆ハーエンドが存在しない乙女ゲーでも、ヴィオレッタは全部のゲームで最初からやり直して全員攻略しているのだから、同じことだとも言える。


 ――私も誰でも大好きのDDなのよねぇ。


 DDとはアイドル用語で、好きなアイドルが決まっておらず、アイドルグループに所属する全員が好きというような人のことを指す。


 この世界には実際に聖女王エンドという逆ハールートが存在するのだが、その内容はいたって軽く、女王様とその側近になった推したちといつまでも仲良く暮らす、というようなものだった。


 彼女が自分の好きな相手を集めて自分の王国をつくりたいというのであれば、別に止めはしない。


「それに、私、ヴィオのことも好きなんだよね」


 ユヅキがかわいらしくはにかんだように言った。

 小首をかしげる仕草はまさに正統派のヒロインでかわいらしい。


 しかしヴィオレッタにはあざといポーズなど効かないのである。


 ――もって何、もって。


 逆ハーエンドを目指すのは勝手だ。好きにすればいい。


 しかし、人を巻き込まないでほしいと思うヴィオレッタだった。


「ヴィオのクリスマススチル、すっごく可愛いよねー! 顏真っ赤にしちゃってさあ! 見たらついうっかりチューとかしちゃうかも! いいかな? いいよね?」


 ――よくないです!!!!


 ヴィオレッタは叫びたかったが、ユヅキが怖いので、何も言えなかった。




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