シスターのアルバイトをします
「わぁ、このシスター服、かっわいーい」
ヴィオレッタは学園の制服とシスター服の合いの子のような、かわいらしいデザインのワンピースを手に取った。
「……シスター服?」
袖口についた真っ白なレースのカフスを見て、ヴィオレッタは困惑した。
こんなのを着て掃除でもしようものなら、三日で袖のレースがネズミ色の雑巾になりそうだ。
「……あ、魔法ね。レースを白く美しく保つ魔法がかかっているのね。そうよね、庶民には高価な服に魔法をかけないはずがないのだわ」
服には『後で返却してください』というメモもついていた。きっとみんなで着まわして大事に使っているのだろう。
「心配も晴れたことだし、さー思いっきり働きますわよー!」
ヴィオレッタは思いっきり伸びをして、早朝の庭掃除に繰り出そうと、部屋のドアを開けた。
「あ、ヴィオ! 着替え終わったー? やっだ、かっわいーい! さすが私のヴィオだね! 清楚な服も似合うー!」
テンション高く話しかけてきたのは、主人公のユヅキだった。
ヴィオレッタは半泣きになりながら、『ありがとうございます』と応えた。
――って、なんでユヅキのバイト先と同じ修道院にするかなあ!?
ヴィオレッタはシュガー公爵を思いっきり恨んだが、冷静に考えてみればバッティングするのもうなずける。
まずこの修道院は王都から近すぎず遠すぎず、ほどよい郊外にある。設備にも手入れが行き届いていて、貴族でも出入りしやすい雰囲気だし、年頃の娘を預けても大丈夫なほどセキュリティがしっかりしている。
貴族の娘が、ちょっとだけ修道院の雰囲気を体験してみたい――という願望をかなえるにはうってつけの施設だった。
ユヅキがここでアルバイトをしているのも、聖女候補を預かれるほどの由緒ある場所だからだ。
となれば当然、大公爵家のヴィオレッタもこの修道院があてがわれるのは、最初から読めていたオチと言わざるを得ない。
――しくじったわ。もっと厳しい修道院をリクエストしておけばよかった……!
「ねえ、ヴィオ。どうしてここでアルバイトなんかしようと思ったの?」
ユヅキが透き通った桜色の瞳を向けて、ヴィオレッタに問う。もじもじと髪のあたりをいじくる彼女は、ほのかに頬が染まっていた。
「も……もしかして、私と一緒に働いてみたかったとか?」
照れるユヅキは、それは可愛らしい。
しかし彼女の内面を知っていると、とても無邪気に喜ぶ気にはなれなかった。
――違うなんて言ったら、手のひら返して攻撃してきそうよね……
ヴィオレッタの脳裏に、ユヅキからイジメられて心が折れた貴族令嬢たちの凄惨な姿が蘇る。
髪を強制的にアシンメトリーのベリーショートにされたご令嬢。アシンメトリーのベリーショートなんていうとおしゃれに聞こえるが、要するにはさみでザクザク髪の毛を切り落としたのだ。
靴箱に大量のしじみを詰め込まれて『しじみ令嬢』のあだ名が定着してしまったご令嬢。被害者のご令嬢はお育ちがいいので、食べ物を粗末にしてはいけないと思ったらしく、泣きながらしじみをちゃんとおうちに持って帰っていた。おいしかったそうだ。
テストの点数が悪かったことを教室中にバラされて、ユヅキのオール満点の答案を押しつけられ、『これを見ながら勉強したらいいよ!』と言われたご令嬢。ユヅキはこう見えて優等生である。
身の毛もよだつような嫌がらせの数々を思い浮かべて、ヴィオレッタは必死に自己暗示をかけた。
――わたくしとユヅキ様はおともだち、わたくしとユヅキ様はおともだち、わたくしとユヅキ様はおともだち……
「一緒にがんばりましょうね、ユヅキ様」
ヴィオレッタがとりあえず無難に返すと、ユヅキはとたんにデレっとした。
「も、もう、やだなー、私、攻略するのは得意だけど、攻略なんてされたことないんだよ? こんなのって、反則だよ……」
ユヅキはなぜかくねくねしている。
「私、ヴィオのこと、もっと好きになっちゃったかも……」
――やめて!!!!
ヴィオレッタは心からそう叫びたかったが、意に反して、ユヅキと仲良くお手々をつないで庭に出ている自分がいた。
ヴィオレッタはしょせん悪役令嬢。主人公様に逆らってもいいことなどないと、学園生活で思い知った。
暗澹たる気持ちで――隣のユヅキは終始はしゃいでいたが――ヴィオレッタが庭に出ると、なぜかトロピコがいた。
「あれ? なんで、ヴィオレッタ嬢が……?」
向こうもシスター服姿のヴィオレッタが意外だったらしく、戸惑っている。
「ヴィオも今日からここでバイトするんだって!」
ユヅキが元気よく答えると、トロピコはより一層戸惑ったようだった。
「ユヅキ、君はもうヴィオレッタ嬢のこと怒ってないの?」
「うん? もう怒ってないよ。だって私とヴィオはお友達だもん。ねー?」
ヴィオレッタは勘弁してくれと思いつつ、にこやかに彼女の差し出す両手にハイタッチした。
トロピコは感動したように、若干ぷるぷる震えていた。
「えらいじゃん! ヴィオレッタ嬢、本当に心を入れ替える気になったんだね!」
華やかな笑い声をあげながらユヅキとヴィオレッタにぴょんと飛びつくトロピコ。かわいい系年下少年だから許される行動だ。
「その服、すっごく似合うよ! ユヅキと一緒だと本当に素敵だね! 本物のシスターさんみたいだ!」
トロピコがにこにこ言うのに、ユヅキが照れたように反応した。
「私たち、お似合いのカップルに見えるかなあ?」
――見えないです。
この子はシスターさんをいったい何だと思っているのか。修道院は恋愛をしにくるところなどでは断じてない。そもそも彼女、攻略中の王子はいったいどうしたというのか。
こんなに罰当たりな女がどうして『聖女候補』などをやっていられるのだろうとヴィオレッタは心底思った。
「うーん、凛々しいお姉さんと可愛い妹さんって感じ! あはは! ほんとに姉妹みたい!」
「えー、カップルじゃないの?」
くだらないことを言い合うふたりからさりげなく距離を取り、ヴィオレッタはほうきを片手に黙々と庭を掃き始めた。
ヴィオレッタには性格を改善するという大いなる目標があるのだ。こんなところでくじけているわけにはいかない。すべてはかわいいペットのためなのだ。
しばらくは三人で掃除した。
ふたりは庭の掃除が終わると、授業があるからといって修道院をあとにした。
ヴィオレッタは朝七時の大きなミサにお邪魔させてもらって、祈りをささげた。
――性格は……変化なし。
性格パラメータの変化には結構な時間がかかる。
分かっていても、焦れてしまう。
――さて、今日はこんなところかしらね。
いつの間にか、夕刻になっていた。
教会が、そろそろ晩御飯ですよという意味のチャイムを鳴らしている。
ユヅキやトロピコたちも学校が終わったころだろう。
ヴィオレッタがそろそろ今日の仕事を切り上げようと、草をむしっていた畑から立ち上がったとき、かなり近くから狼の遠吠えがした。
――この声は……!
繁みがガサガサ言い、やがて本物の獣が飛び出した。
犬とも猫ともつかない、大型の魔獣。
「ラジエル!」
「脱走ばっかりで散歩にならないから、今日はヴィオレッタ嬢を目指して歩いてきたよ!」
トロピコが何匹もの魔獣を従えて、ラジエルの後ろから姿を現した。