お祈りは暇人の仕事とパパは言い
翌日の朝、ヴィオレッタが自宅の礼拝堂で一生懸命祈祷をしている最中に、遠くから地鳴りのようなものが響いてきた。
ついで、獣の鳴き声が聞こえてくる。
――この感じ……もしかして、昨日の……
ヴィオレッタのペット、ラジエルかもしれない。
また庭に突っ込んでくるのではないかと思い、ばっと外に出るのと、ラジエルが庭に着地したのは同時だった。
「アオオオオオオンッ!」
「ラジエールッ!」
感動の再会であった。
「本当にごめんなさい、わたくしが悪い人間なばっかりに寂しい思いをさせて!」
ラジエルの首筋を両手でしっかりと抱きしめる。
彼女の毛皮はもふもふのふさふさだった。
「でもわたくし心を入れ替えるわ! すぐに良い子になって、飼い主と認めてもらえるようにするから!」
ラジエルが、ヴィオレッタの話を理解したかのように、小さく鳴く。
なんて賢い子なのだろうと、いとしさがあふれた。
「大好きよ! ラジエル! 待っててね!」
しばらくヴィオレッタはラジエルをぎゅーっと抱きしめていたが、ふとあることに気がついた。
ラジエルの大きさが、普通の大型犬ぐらいになっている。
「……あれ? そういえば、昨日よりずいぶんちっちゃいのね、あなた」
不思議がっていると、正門からトロピコがひょいっと顔を出した。
「あのままだと賠償金がすごいから、小型化の芸も仕込んだんだよ」
――仕込めば小型化するんだ!?
魔獣、便利である。
「すきあらば逃げ出そうとするから散歩するのも一苦労だよ。まったく……ほら、ラジエル、帰るよ」
トロピコにお散歩リードを引っ張られても、ラジエルはイヤイヤをした。ここから一歩も動かない構えだ。
「もう、わがままだなあ、ラジエルは……」
――アオンッ!
ラジエルが激しく吠えたてる。
トロピコはしばらく耳を傾けていたが、やがてヴィオレッタのほうに向きなおった。
「君のことをいつまでも待つってさ。本当に好かれてるんだね。魔獣に好かれる人に悪い人はいないと思ってたんだけどな」
「うふふ。まるでわたくしが悪い人かのようにおっしゃいますわね」
「だってヴィオレッタ嬢は闇属性だもんなー。光属性の魔法は使えるようになったの?」
「と、とりあえず、今日は一時間みっちりお祈りしましたわ……」
ヴィオレッタがまだ手に持っていた数珠つきの聖具をじゃらりと鳴らしてみせると、彼は意外そうに目を丸くした。
「へえ、本当にお祈りしてるんだ。えらいねえ!」
「わたくしにできるのはそのくらいですし……」
「全然いいじゃん、えらいよ! ユヅキにひどいことばっかりしてたあのヴィオレッタ嬢とは思えない!」
――冤罪! それ全部冤罪!
本当にひどいのはすべてを仕組んだユヅキと、ゲームの強制力の方であって、ヴィオレッタは学園にいたころと少しも変わっていない。
しかし、しょせんヴィオレッタはゲームの強制力で退場した悪役令嬢。
どんなに説明してもどうせ分かってもらえないことは目に見えていたので、ヴィオレッタは黙っていることにした。
代わりに、なんとなくパラメータを確認してみる。
昨日マイナス254ほどだった好感度が、230付近に移動していた。
状態には、『悪い子にも動物好きっているんだねぇ』とある。
――あくまで『悪い人間』の認識なのね……
トロピコの攻略に必要なパラメータは『光属性の魔法の習熟度』。
しかしヴィオレッタは光属性の魔法をまったく使えない。それどころか、性格・悪の闇属性だ。ふたつとも、これ以上ないぐらい悪い人間の目印となれば、トロピコからの評価がまるで上がらないのもうなずける。
トロピコから認めてもらいたければ、性格を改善するしかなかった。
――早く性格・善にならないかしら。
もちろん、朝晩のお祈りくらいではそう簡単に変わったりしない。
他にできることはないかと、ヴィオレッタは考えた。
***
ヴィオレッタは貴族令嬢の定番行動に出ることにした。
すなわち、慈善活動である。
修道院などで小さな子どものお世話を焼いたりして、コツコツパラメータを改善していこうと考えた。
父公爵に相談したら、どんどんやりなさいと言われた。
「では、かわいいお前のために、週末にはどこかの修道院に寄付金をはずんで、ぱーっと派手なミサでもあげさせよう」
「ミサ……? いえ、わたくし、恵まれない皆さまのために、この手で労働するということがしてみたくてですね……」
「おお……! お前はなんとすばらしい心がけの娘なのだ!」
父公爵は感激している。
鼻の奥がつーんとしたのか、目頭を押さえて今にも泣き出さんばかりだ。
シュガー公爵の親馬鹿ぶりには、実の娘のヴィオレッタも戸惑ってしまう。
シュガー公爵は、まじめな顔をしてヴィオレッタの両肩に手を置いた。
「いいかい、私のかわいいヴィオレッタ。慈善活動なんていうものはね、金だけ渡して、暇な聖職者にでも代わりにやらせておくのが正しい貴族というものなのだよ」
大真面目にクズっぽいことを言うので、ヴィオレッタは反応に困った。
「つまり……マネーイズパワーですのね、お父様?」
「そうだとも。だいたい祈祷だって、個人でちまちまと祈りをささげるのもそりゃあいじましくて美しいかもしれないが、そういうのはパパおススメしない」
シュガー公爵は優雅な感じにノンノンと首を振った。
父公爵は発言がときどき不穏だが、こういう振る舞いには大公爵家らしさを感じる。
「いいかいヴィオレッタ、祈祷なんてものはね、ぱっと金を使って派手なミサでも開催して、数百人くらいの聖職者に総出で祈らせておけば、個人でちまちまと祈りを捧げるよりよほど効果的なのだよ。我々は時間を節約でき、聖職者は仕事と金を得るという、みんなが幸せになるシステムだ」
「お……お祈りってそういうシステムなんですのね、お父様……」
ヴィオレッタは知らなかった。
ゲームの設定外の部分はまだまだヴィオレッタも知らないことでいっぱいだ。
「パパは寄付金の金額が年間一位で表彰されたことが何度もある。きっとパパたちは天国でいい思いができることだろうよ」
自慢げに言うシュガー公爵のステータスウィンドウを、ヴィオレッタはこっそりチェックしてみた。
性格・悪、とばっちり書いてあった。
――お父様のお祈り、全然神様に届いてない!?
しかも特記欄に『稀代の暴君の資質です。悪の道を究めれば、歴史に名を残せるでしょう』と書いてあった。
――だめだー!! お金頼りはだめだー!!
「お……お父さま、わたくしやっぱり働きとう存じます! 修道女のお仕事体験、してみたーい! ねーパパ、おねがいおねがーい!」
ヴィオレッタが少し子どもっぽく駄々をこねるようにして言い、父公爵に抱き着くと、彼はデレデレしながら言った。
「そうかそうか……かわいいお前の頼みだものなぁ」
かくしてヴィオレッタは、仕事のできる悪代官の手により、『どきどき修道女体験コース』に入門することになった。
――待っててね、ラジエル。すぐにこの悪い性格を直して、あなたを迎えに行くからね。
ヴィオレッタは悲壮な覚悟を胸に秘め、現地に向かった。




