魔獣の襲撃・3
「心配しなくても、ラジエルはちゃんと責任もって飼うよ。……僕と、ユヅキが」
ほんのりと照れているところ悪いが、ヴィオレッタはユヅキがちゃんと魔獣を飼うとはとても思えなかった。
――だって、あの子、すでに竜のお世話もしているはずだし。
それがトロピコの攻略に必要だというのなら、彼女も竜を好きなふりぐらいするだろう。
しかし、シナリオ外の魔獣のことも、心を込めてお世話してくれるだろうか?
――だいたい、おうちが狭くて飼えないって……
めんどくさがってるとしか思えない発言だ。
悩むヴィオレッタの耳に、ラジエルの鳴き声が届いた。
――ワオオオオオオオンッ!
トロピコは意外そうにした。
「……ヴィオレッタ嬢。君に会えてうれしいって。ずっと探していたんだってさ。へえ、めずらしいね。属性違いの飼い主にこんなに懐くなんて、めったにあることじゃないよ」
「ラジエル……」
ヴィオレッタとしても、なんとかしておうちに置いてあげたい。
しかし、ペットはただ可愛がればいいというものでもない。魔獣であればなおさらだ。
「ねえ、トロピコ様。なんとかなりませんの? その、設備が必要ということならいくらかかっても用意いたしますわ。他に、わたくしにできることはないかしら?」
トロピコは目をぱちくりさせた。
「本当に飼いたいと思ってるの?」
「もちろんですわ! 山猫だと思っていたのは無知でお恥ずかしい限りですけれど、これからはちゃんと心を入れ替えてお世話いたします」
「へえ、やる気あるんだ……ちょっと見直したよ」
ヴィオレッタがあらかじめ開いておいたステータスウィンドウ内で、数値が変化した。
好感度がマイナス255から、254へ。本来は『知人』などと書かれていた状態の場所には、『すごく嫌なやつだけど手を貸してあげなきゃ』とあった。前回から、少し詳しく解説してくれるようになっているのだ。知らないうちにレベルアップでもしたのだろうか。
――基本的には面倒見のいい子なのよね。
マイナス254とは、嫌われっぷりにちょっとびっくりするが、ティグレのように嫌がらせをしてこないだけマシだ。むしろそんなに嫌っている相手にも手を貸そうとするなど、心優しい動物好きの少年ならではの行いではないか。
トロピコは陽気ににこりとした。
「なら、君が光属性になればいいよ!」
「ええっ……」
「できないの?」
生まれ持った属性を、途中で光属性に変えるケースもなくはない。
聖職者などはみんなその口だ。
しかし――
「わたくし、光属性はちょっと……」
光属性の魔法は神の祝福。
神様は、善良な人間にしか祝福はしてくれない。
ヴィオレッタは性格が悪属性なので、神さまからの祝福ももらえない。
光属性の魔法を習得するには、厳しい聖職者としての生活を送って、性格・善に変える必要があった。
「できないなら、諦めて。僕、無責任な飼い主にはペットを引き渡せないからね」
「ほ、他の方法は……?」
「光属性のお世話係でも雇ったら?」
「見つかりませんわよ……」
光属性は本物のレア属性。厳しい修行の果てに身に着けるものなので、天然の光属性はかなり珍しい。発覚した時点で教会が三顧の礼で迎えに来るぐらいレアだ。
十年単位の修行をしなければ使えない専門職の人間が、小銭程度のアルバイトにつられてやってくるわけがないのだった。
そうなるともう、ヴィオレッタにはお手上げだ。
「……と、とりあえず、朝晩に三十分のお祈りを追加してみますわ……」
「えらい! 気長にがんばったら、ヴィオレッタ嬢も光属性に目覚めるかもしれないもんね。僕も応援しているよ!」
トロピコはにこにこ上機嫌で、そろそろ帰る、と言った。
「おいで、ラジエル! ラジエル? こら、なんで嫌がるの!? ダメだよ、おいでったら!」
庭に伏せの姿勢を取り、首輪を引っ張るトロピコに一歩も譲らぬ構えを見せるラジエル。
「ガウウウウウ! ガウウウウウウ!!」
「え!? 帰らない!? ずっとここにいる!? ダメだよ、ヴィオレッタ嬢は君と相性が悪いんだから! 死んじゃうよ!」
「ガウウウウウウウウ!!」
――ラジエル……
ヴィオレッタはもう泣きそうだった。そんなにも慕ってくれている子に、ヴィオレッタはなんとひどいことをしてしまったのか。
浅はかな判断で、間違った飼育をしてしまった。
そのことはもう、変えられない。
いくら悔やんでも、取り返しがつかないのだ。
トロピコは行きがかりでちょうど暇をしていたティグレの協力を得て、なんとか力づくでお散歩リードを引っ張り、ズルズルとラジエルを引きずって帰っていった。
ラジエルが全力で抵抗する様は、散歩から帰りたくない犬のようだった。
――なんとかしてラジエルを引き取らなきゃ……
ヴィオレッタがどうしようか考えながら庭にできた大きなクレーターを埋め直していると、夕暮れどきに再び辻馬車が通りの前に止まった。
エマはヴィオレッタを見つけるなり、驚いたように言った。
「庭がすごいことになっていますね。魔獣でも攻めてきたのですか?」
魔獣が貴族の邸宅ばかりを狙ってあちこちを襲撃する事件は、パルフェ学園内にも届いていたようだ。
「実は……」
ヴィオレッタが事情を話すと、エマはぱあっと明るい笑顔になった。
「じゃあ、ヴィオレッタ嬢も光属性の魔法を覚えましょうよ!」
彼は以前から、『ヴィオレッタは聖女に向いている』などと言っていたが、ここでもやはり聖女修業には賛成らしい。
向いていないのにな、と思いつつ、ヴィオレッタは気弱に答える。
「……とりあえず、しばらく教会に通ってみようとは思いますけれど……」
「すごくいい心がけだと思います。きっとすぐに覚えられますよ」
「そうだといいのですけれどもね……」
「きっとそうなりますよ。神様っていうのは、ちゃんと見ているものですからね」
エマが無責任なことを言う。
「エマ様、違う宗教だから神様の祝福とか信じてないっておっしゃってませんでした?」
「覚えていてくれたんですか? 嬉しいですね。そうですよ、そちらはどうか知りませんが、僕のところの神様は正直者が大好きなんです」
「へえ……」
エマのところの神様は誰だろうと、ヴィオレッタは思ったが、エマが気にするのなら出自を探るようなことはしないと以前言ったばかりだ。
なんとなく、ヴィオレッタが質問できずにいると、エマは勝手に続きをしゃべった。
「騙されたと思って、しばらくはいいことをたくさんしてみてください。きっと神様が助けてくれますから」
エマのよく分からない話で、その日はお開きになった。