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モテ期朱里の全開走行 転

 再起不能はダメだが……

 朱里は思っている。やはりハッキリするところはハッキリしないといけないかもしれない。特にニコラスに関しては、その気もないのに散々金を使わせてしまっていることが怖い。

 朱里は目の前の神様に尋ねた。

「あの……神様は何ができるんですか……?」

「通話とメールと、時間を知らせることと一日何歩歩いたかを計測することができます」

「意味ないーーーー!!!」

「え? ごめんなさい……。僕、携帯電話なもので……」

「あ、いえ、そ、そうですよね。ていうか、再起不能は、それでできるんですか……?」

「やはり再起不能をお望みですね?」

「違います!!!」

 例えの話だ。万歩計の機能でどうやって人を再起不能にするのか。

「ごめんなさい、僕、携帯電話なものですから、再起不能ならできるんです」

「話が繋がりません!!」

「音波が扱えますから、それはもう……再起不能は隣り合わせです」

「え……?」

「まず、耳から直接鼓膜破るところから始まって精神崩壊する音波を脳に直接流し込み……(以下自主規制)」

「……もういいです。わかりました。やめてください。わたしが悪かったです」

 自主規制が入ってしまったが、確かにそんな攻撃されたら死ねる。朱里はマフラーをしてるのに首筋がすっかり寒くなってしまった。

「お気持ちだけいただいておきます」

「ごめんなさい。でも僕、朱里さんの役に立ちたいんです」

 無表情で、まるで無気力な男が立ち尽くしているだけなのに、その言葉には熱がこもる。

「朱里さんは僕を大事にしてくれます。まだガラケー? ってあざ笑われても、ラインができなくて一人仲間はずれにされても、どんないじめにも耐え抜いて、僕を大事にしてくれます」

「ちょ、ちょっと……別にいじめられてないし、あざ笑われてもいないです」

 たぶん。

「みんなからは爪弾きにされて、一人屋根裏部屋に押し込められ、バラの花びら一枚窓辺に飾りながら「寂しくない」と涙を拭きつつ、僕を大事にしてくれます」

「わたしは小公女セーラですかぁぁぁぁ!!!」

「とにかく、僕は朱里さんの携帯でよかった。だから、役に立ちたいんです」

「……」

 気持ちだけは、伝わってくる。相変わらずの無表情なのに、彼の温かみが伝わってきて、胸のあたりが少しくすぐったくもなった。

 どんなものにも神様はいて、大事にすればその神様は自分を守ってくれる。……櫻花がいつも朱里に言っていることを裏付ける存在であることを知った時、朱里から怪訝は消えていた。

 しかし、とはいえ、何せ携帯電話の神様。できることが、相手を再起不能にさせることだけでは、協力を仰ぐことはできない。

「ごめんなさい、正確にはもう少しあります」

「え?」

 今の思考は言葉にしてない。なのに彼はそれに答えた。

 朱里がまたたきをするのを忘れると、神様は無表情のまま言った。

「一度声を聞けば、その人が何を考えているかとか、だいたい分かります」

「じゃあ……」

「はい、朱里さんが何を考えてるか、わかります。ごめんなさい」

「……」

「例えば、久しぶりにこの物語に出演して、朱里さん、こう思ってますね?」

「へ?」

「小説のコンテストが続いて作者が忙しくしてたから、ここのところ平穏に暮らせてたのに、また出番なのか」

「う……」

「ここに出演するとろくなことがない。かわいそう萌えとか言って、中途半端に脱がされたり泣かされたりひどい目にあわされたり……」

「……」

「どうせならもっと行くところまで行ってほしい。掲載後一時間で掲載中止が申し渡されるようなエログロだって望むところよ」

「思ってません!!!!!!」

「実はドMなわたしは刺激がほしいの!」

「思って、なぁぁぁぁぁぁい!!!!!」

「……とまあ、こんな感じです。ごめんなさい」

「思ってませんからね!!?」

「では、そういうことにしておきます」

「思ってないーーーーーーー!!!!!」

 それで?……朱里は思う。心が読めてなんだというのだ。

「ん?」

 男は少し首をかしげた。

「「朱里さんの相手は無理だな」って思わせること。たぶんできます」

「平和的な方法で?」

「はい、あの二人の男達の声を聞きたいですね……」

 夜、ニコラスさんを峠の高台に連れて行けますか?……彼はおもむろにそう述べる。

 朱里は、了承した。


「今日はどこに連れて行ってくれるの?」

 ニコラスの大柄な身体には、朱里(の兄)の車の助手席は狭い。半ば車に固定されるようにシートに身体を押し付けて座っている。

「風景のきれいなところです」

「うれしいなぁ。朱里ちゃんから誘ってくれるなんて」

 実際は彼の方から「次はいついけば空いているか」を聞かれたわけだから、誘ったというのは語弊がある。しかし確かに、行く場所を朱里が指定したのは初めてだった。

 彼はいい人ではあるのだけど、やはり、「少し違う」と思っている。住んでる世界?フィーリング?……歳もだいぶ離れている。見てるテレビも違う。共通の話題があるわけでもない。

 勘で生きてる朱里にとって、理屈は分からないけど、彼とずっと一緒に何かをしていく実感がどうしても沸かないのだ。

 車は峠を登り始めた。午後八時だ。すでに暗い。

 RX-7はリトラクタブルという開閉式のライトが特徴的で、夜は独特のフォルムで闇を切る。

 ただし、今日はニコラスがいるために、ごくゆっくりだ。まるでベルトコンベアーに乗せられているかのようにゆるゆると車は坂道を登っていった。

「朱里ちゃんって運転うまいんだね」

 車内に振動がない。マニュアル車であり、たえずシフトをアップダウンしているのだが、加速減速、左右の切り返しに、慣性の圧迫感がほとんどないのだ。

「運転好きなんです」

「それなら今度、二人で北海道の一周旅行をしようよ。いいとこだよ、北海道」

 やがて、峠の山頂につき、展望台の脇の駐車場に滑り込む様は、赤ん坊を乗せたゆりかごのように穏やかだ。

 車から降りれば、山頂の風がシン……と身体を引き締め、まるで氷の妖精が指先をすり抜けるかのような冷たく澄んだ空気となって二人を出迎える。

「寒くないですか?」

「僕は函館育ちだからね」

 風情のある函館の街。函館山の高台から見える風景はさぞ美しかろう。朱里は今の風景と重ねて、その光景に思いを馳せる。

 このままいれば、神様が何か指示を出してくれるのだろう。それまではこの風と共に、眼下に広がる街の明かりを眺めていればいい。

 そして、変化はすぐに起きた。

「あれぇ? 朱里ちゃん。誰それ?」

 俊介である。今日も彼女を待っていたらしい。

「お父さん?」

「いえいえいえいえいえ!!」

 確かに歳は離れているが、父親になれるほどではないだろう。

「誰って言われても、ねぇ? 朱里ちゃん」

「え……」

 その、恋人前提みたいな以心伝心は困る。

「ねぇ? ってなんだよ。付き合ってるとか言うなよ? 歳の差考えろ、オッサン」

「オッサンとはなんだ。そもそもお前はなんなんだ」

「彼氏だよ」

「えええ!?」

 声を上げたのは朱里だ。ニコラスはそれを見逃さない。

「えええって言われてるじゃないか。勝手な思い違いは恥ずかしいぞ」

「……」

 あなたもなんですけど……隣で小さくなっている朱里は、櫻花相手のようには口が開かないらしい。言葉を飲み込み、この場の様子を見守るしかない。

「朱里、このオッサンは、まさか援交?」

「お前本当に失礼なヤツだな。もうみっともないから早く帰れ」

「オッサンこそ帰れよ」

「残念だな。僕は朱里ちゃんに乗せてもらってここまできたんだよ。帰るときも一緒さ」

「心配すんな。二時間も歩けばこの山は下りられる」

「お前と朱里ちゃんを二人にしておけるか。危なっかしい」

 ニコラスが俊介を見下ろしながら続ける。

「お前のようなヤツが、NOと言ったら女を襲いそうで怖いな!」

「はぁ? ふざけんな! 自分の娘みたいな歳の女に絡もうとしてるオッサンのほうが怖いわ!」

(ああもぅ……争わないで……)

 朱里を置いてけぼりにして激昂していく二人。

 よく、『一生に一度は言ってみたい言葉ランキング。女性部門』の上位に『わたしのために争わないで』みたいなのがあるが、あれは、女性がどっちの男も愛した場合限定じゃないだろうか。

 思い入れがないことには、ヒロインに祭り上げられてもテンションが上がらない。対岸の火事というか、隣の家が燃えて火の粉が飛んできて熱いだけというか……。

「だから、オッサンは朱里のなんなんだって聞いてんだよ!」

「呼び捨てにするな!!」

「いいから質問に答えろ!!」

「将来を約束した仲」

「なにぃぃ!?」

「……になる予定だ」

「未定かよ!!!」

「お前こそなんだ。朱里ちゃんとキスの一つでもしたことがあるのか!?」

「今日する!!」

「えええええええええーーー!!!!」

「予定だ!!!!!」

「未定じゃないか!!!!!」

「じゃあオッサンはしたことあるのかよ!!」

「キスどころか、今からホテルさ」

「ええええええええええええーーーーーーー!!!!」

「予定だがね!!!!!」

「未定じゃねぇかぁぁぁ!!!!!」

「すでにホテルは取ってある!! こんな時間を朱里ちゃんに指定されたのなら、彼女もその気ってことさ!!!」

「違いますーーーーーーー!!!!」

 叫びたかったが、口を挟ませてもらえない。

「僕はそのために、大金をはたいてさまざまな道具を用意させてもらった! これで朱里 ちゃんは朝まで休むことなく快楽に浸ることができるんだ!! 朱里ちゃんだって喜ぶに違いない!!」

「ぇぇぇぇぇぇぇぇぇ…………」

 結局この展開!やっぱりこの物語に出演したくないーー!!

 ……携帯電話の神様が先日言い当てた朱里の心情が、そのまま魂の悲鳴となって峠に響く。

「あの……ホテルって嘘ですよね!?」

「いやまぁ、今日はもう北海道に帰れないから、泊まるためのホテルを予約しといたんだけど」

「あ……」

 そうか……じゃあ、売り言葉に買い言葉。冗談なんだ……朱里はほっと胸をなでおろした。

 矢先。

「まぁ、そんなことがあってもいいようにと、ロイヤルスイートルームを予約してはおいたけどね!!」

「えええええええええ!!!!」

「一泊八十万」

「…………」

 冗談って言って……。身体の水分が一瞬で蒸発して真っ白になる課程で、その言葉が辞世の句のように浮かぶ朱里。

「とにかく朱里。お前は俺と付き合うんだよな!?」

「何を言ってる。彼女はもう僕の虜さ。ね? 朱里ちゃん?」

 しかもその展開やめて……。フシアナと化した目には、二択しかないという状況が絶望的に映っている。


「さぁ、ハッキリしてもらおうか朱里。お前が決めればいいんだよ」

「朱里ちゃんにだって優しさというものがあるんだ。そんな風に詰め寄られたら、お前を傷つけずに断れないジレンマに悩むだろう!?」

「言っとくけど、若さと夢があるのは俺のほうだからな」

「朱里ちゃんはそんなものでは人を決めないよ」

(もう、ほんとやめて……)

 このままではどちらかを選ばなければただで済みそうにない。

 が、しかし、そのタイミングで声が聞こえた。

「(ごめんなさい。そろそろいいですか?)」

「え……?」

「(声にしなくても聞こえます。言葉をイメージしてくれれば)」

「(か……神様!?)」

「(はい、神です。ごめんなさい。落ち着くまで待とうかと思ってましたけど)」

「待たないでーーーー!!!!」

「え?」「え?」

 いきなりの悲鳴に男二人が怪訝な表情を浮かべるが、朱里はそれどころではない。

「(助けてくれないとわたし!! よく分からない恨みを買いそうです!!!)」

「(ごめんなさい。よければ始めましょう)」

「(はいぃぃぃ!!!)」

「(ニコラスさんはズバリ、かなりの安全志向です)」

「(え……?)」

「(俊介さんはズバリ、対抗心の塊です)」

「(は、はい……)」

 どこで判断したのか分からないが、彼はお互いの人となりをそう判断したらしい。

「(ごめんなさい、たぶん一発で解決できます。僕の言葉をなぞって、二人に伝えてもらっていいですか?)」

「(は、はい……)」

「(では……)」

 電話の神様。一度咳払いをする。そして

「(わたしは車が好きです)」

「わたしは車が好きです」

「え?」

「あ、うん」

 二人がそれぞれの反応をする。

「(だから、彼氏も車が好きな人がいいです)」

「だから、彼氏も車が好きな人がいいです」

「じゃあ俺じゃん!!」

 俊介が歓喜の声を上げる。彼も夜な夜な峠道を走るくらいなのだから、その条件で行けばそうなのだろう。

 が、朱里はセリフをなぞるのに必死で、男達の反応など見ていない。

「わたしの助手席に座って、一緒にいろんなところに行ける人がいいです」

「ああ、それなら僕なんか、すでにいつもそうしている」

「それか、わたしより速い人」

「え…………?」

 二人の声がシンクロする。

「わたしが憧れるような、目標とできるような人を好きになると思います」

「……」

「だから俊介さん。わたしと勝負してください。ニコラスさんはわたしの車の隣に座ってみてください」

「もし、俊介さんが勝つか、ニコラスさんが下まで降りたときに、わたしの運転が大丈夫なら、その時は条件に合うほうと付き合います……って、ええーーーー!?」

 なぞるだけなぞって、朱里は驚きの声を上げた。

「え、それってそんなに難しいこと?」

 思わず言葉を返したのはニコラスのほうだ。しかしニコラスはすぐに、「あ、なんでもない」と訂正する。

 つまり、彼女は自分を選んだのだと、彼は錯覚した。その脇で俊介が尋ねる。

「それで、もし朱里が俺に負けて、かつそのオッサンが運転に耐えたらどうするつもりだよ」

「その時は、二人で煮るなり焼くなり好きにしてください。って、ええええええええええーーーーーー!?」

 ……自分ツッコミが盛大な朱里であった。


「(カ・ミ・サ・マーーーーー!!!!)」

「(ごめんなさい。なんでしょう?)」

「(わたし車の競走なんてしたことないですっっっ!!!!)」

「(多分大丈夫です)」

「(ホントですかぁ……?)」

「(多分……)」

「(多分じゃ困りますーーーー!!!)」

「(だって後は朱里さん次第だから……)」

「……」

 この神様に任せたのが間違いだった……。心底後悔する朱里。

 だってニコラスを横に乗せて大丈夫かって、そりゃ大丈夫に決まってる。逆に、ダメな時は二人で谷底に落ちた時だ。

「(俊介さんの方は心配じゃなさそうですね)」

「(心配ですっっっ!!!!)」

 だって競争なんてしたこともない。抜かせてくれない相手を抜く方法なんて知らない。

「(絶対ヤバイです!!!)」

「(まぁやってみましょー。僕いつも朱里さんの運転見てますけど、大丈夫大丈夫。うまくいきます)」

「(……ホント……?)」

「(……ごめんなさい……)」

「(謝らないでーーー!!!!)」

「(あ、単なる口癖です)」

 ……そうこうしているうちに二台の車は駐車場の入り口へ……。

 助手席のニコラスは心配そうだ。

「大丈夫? こんな危ないこと……」

 実はニコラスは、話が決まってからそれを連呼していた。が、朱里はといえば神様との話に没頭していて、ほとんど聞いてない。

 でも、答えないなら答えないで、そのまま流してしまうのがニコラスの性格でもあったから、不自然なくここまでやってきている。

「ニコラスさん、ホテルのこと……ホントですか……?」

 シフトレバーをニュートラルに戻した朱里が呟いた。ニコラスは言う。

「もちろん朱里ちゃんの気持ちを最優先って思っているよ。もしそういうことになっても、朱里ちゃんに失礼のないような準備をしておいただけだから……」

 ……優しいのか、まぁ優しいとは言えなくもない気もしなくもない感じがしなくもないが、それで八十万をつぎ込むなど、感覚がずれているとしか言いようがない。

 自分のような庶民的感性では、彼と付き合ったら肩が凝ってハリも通らなくなるだろう……と、思いながら、彼女は、右手をハンドルに絡めた。

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