モブ達の緊急クエスト
俺はギルドに行く準備ができると玄関の前にいるシルヴィに声をかけた。
「それで、なにがあったんだ?」
「すいません。それで、朝のこと覚えていますか?」
「あぁ~、まあ。……そりゃ」
朝か。朝で思い当たる節と言えば、あれしかないな。
あれは大変だった……。
どうして俺が、シルヴィとアイシアの修羅場のとばっちりを受けなければいけなかったのか。未だに疑問だ。
理不尽すぎる。
それから、俺とシルヴィはギルドの方へ歩きながら話を始めた。
「……実はあれから進展があったんです」
なにっ!? 進展というのは、まさかジンとのか!
マジか。あの後何が起こったら、ジンとの距離が縮むのだろう。
あぁ、逆にこれは俺としてもマズい気がする。
絶対、アイシアのやつ。俺に当たってくるだろうなぁ。そして、また泣かされるんだ。
そこまで全部読んでしまった自分が悲しい!
というか、二人とも仕事はどうしたんだよ……。仕事を置いてまで喧嘩してたんじゃないだろうな?
でも、この二人ならなかなかあり得そうな話だが……。
「そ、そうか。何があったのかは聞かないけど、俺で良ければ協力するよ」
もう、乗りかかった船だしな。
二人が暴走しないように見張ってないといけないと、それも俺の責任にされかねない。
俺はいつから他人の保護者的な位置に納まったんだろうねぇ。
「それならまず、あの金髪の娘をなんとかしないとな……」
「えっ!? 知ってたんですか!?」
いや、まぁ。そうなってるだろうなぁ、とは簡単に予想できたけどね?
二人ともわかりやすぎだから。
「そりゃ、まあ。見てれば、ね」
「見てれば? あの……すいません。何の話をしてるんですか?」
「え?」
だから恋の競争の話だろ、と言いたげな表情でシルヴィを見たが、なんかとんでもなくズレているような感覚になる。
まさか、俺。勘違いしてない?
いやいや、まさか。
変な自信を持っていると、シルヴィがおそるおそる答え合わせをしてくれた。
そうだよな。確認は大事だな。……で、今は何の話?
「私は、今朝エリクさんが話していた粉の話をしてたんですけど……」
……粉? 粉って何のことだ? ……小麦粉?
小麦粉ならちゃんと買っておいたぞ、と言いかけたが、シルヴィが俺の買い物事情を知っているはずがない。
アイツじゃあるまいし。
それじゃ他に一体何かあっただろうか?
今朝。俺が話した、ねぇ。
…………あ。
ありましたね。うん、あった。あれだ。
【ウルフェンロード】の粉だ。むしろ、それ以外ねぇわ。
………………は、恥ずかしいっ!! か、帰りたいっ!!
「あの……エリクさん? できれば、もう少し早く歩いてほしいんですが……」
「はい、すいません」
「い、いえ。そんな真剣に謝らなくても」
「いや、まあ。うん、とにかく話を続けて」
怪訝そうに俺を見るシルヴィだが、事態はそれどころではないのだろう、すぐに話を戻してくれた。
そうしてもらうと助かる。俺も今度は真剣に聞くんで。
「実はあの粉なんですが。ただの粉ではありませんでした」
「と、いうと?」
「あの粉は魔力が込められた粉だったのです」
なるほどな。
それならある程度説明が付く。
魔力が込められている粉であれば【ウルフェンロード】を召喚することが可能なのかもしれない。
材料の代わりに魔力を媒介にすれば、理論上魔物を召喚できるはずだ。
だが、それだけではまだ説明がつかない部分がある。
「【ウルフェンロード】を召喚出来るほどの魔力を持った粉なんてあったか?」
【ウルフェンロード】ほどの魔物を召喚できるだけの魔力の込められた粉なんて、俺は一つしか知らない。
「【聖者の灰】ではあるまいし」
【聖者の灰】というのは、聖者と呼ばれる神のご加護を受けた者によって魔力が込められた粉のことだ。
神のご加護という点で、その灰はとても貴重なもので、不思議な力を持っているらしい。
その不思議な力を媒介にしてなら【ウルフェンロード】を召喚できるかもしれない。
だが、大量の【ウルフェンロード】を召喚できるほどの【聖者の灰】を誰が持っているだろう。
神殿の秘宝とも呼ばれるほどで、厳重に守られているはずだが。
それを盗まれた、なんて話も俺に回ってきていない。
だが、シルヴィは青い顔をすると、ためらいがちにそれを口にした。
「いえ……あれは【せいじゃの灰】でした」
「マジかよ……。あれは神殿の大神官ぐらいでないと、持ち運びどころか見ることも許されない物だぞ。それを盗んだのか?」
それほど大事なものだ。もしかしたら公にしていないという可能性も考えられなくもない。
「……いえ、そうではなく」
「まさかと思うが、黒幕はその大神官とでも言う気じゃ」
それに対しても、シルヴィは首を横に振る。
それじゃ、一体なんだというのか。
少しイラつき始めたところで、シルヴィの体が僅かに震えていることに気付いた。
「シ、シルヴィ?」
「あの粉は……生きている。……いえ、生きていた者の灰です」
「ま、まさか……」
そう言われて思い当たる節が一つだけあった。
そういえば、ついこの間、俺はどんなクエストを受けていただろうか。
いやいや、そんなことがあるわけがない。
心でそれを否定しても、理性がそれしかないだろう、と叫んでいた。
「あれは人の灰でした」
シルヴィの言ったことと俺の思っていたことは一致していた。
聖者ではなく生者。
「……あのクエストだな?」
シルヴィがゆっくりと頷いた。
つい先日まで俺が調べていたクエスト。
大量に行方不明になった人達。
今になって思えば、あの行方不明になった者達の中でも、有力な魔法師が揃っていたような気がする。
つまり、あの行方不明事件の本来の目的は、その彼らを捕まえ【ウルフェンロード】の媒介にするためのもの。
それ以外の人達はフェイクってことだったのか。
「クソッ!」
その話が本当なら……いやおそらく事実なのであろう。
だとすれば、その責任は俺にあると言っていい。
ランク『A』である俺が「情報待ち」といって、蔑ろにしてしまった責任が俺にある。
この件を境にランク『A』という称号を剥奪されてもおかしくないほどの案件だったのだ、あれは。
「つまり、俺がそれを行った犯人を特定して倒せばいいわけだな?」
そう言ったが、それでも俺の考えは甘かったようだ
「いえ、もう犯人はついさっき特定しました。犯人はアデラントという人です」
「アデラント……だと?」
それは確か、その事件のクエストを持ってきた依頼主ではなかったか?
まんまと騙されたわけだ。
あの見つかった一割の人も、もしかしたらアデラントの差し金だったかもしれない。
「説明は後です! それよりも今まずいことが起きています! さっきエリクさんが言っていた金髪の彼女。ミーシャという名前なんですが、その彼女が、そのアデラントに攫われてしまったのです!」
「なんだと!?」
なぜだ!? 俺は一目しか彼女を見ていないが、それほど魔力を持ち合わせていただろうか。
少しだけ、人とは違う気配を感じてはいたが、それほどの人物だったかというと、俺にはそうは見えなかった。
だが、待て。
その彼女が攫われたってことは、まさか!
俺の悪い予感は最近よく当たる。
「ミーシャ様を助けに、ジン様が一人で助けに行ってしまわれて!」
「あのバカ……!!」
相手は【ウルフェンロード】を大量召喚できる可能性がある相手だぞ。
アイツがどれほどの実力を持っているのかは定かではないが、一人で勝てる相手ではないのは確かだ。
それこそランク『A』を連れていない限り。
「それで今、ソルド様を中心に冒険者を集めて、ジン様を助けに行こうとしているのです!」
「なら早くギルドまで行くぞ! これは俺にも非があるんだからな!」
こうしてはいられないと、シルヴィを置いて俺はギルドへと全速力で走った。
ギルドに着くと、冒険者達がすでに五十人ぐらい集まっていた。
その輪の中心で、ソルドが熱い演説をしている最中だった。
応援を集めている最中か、まだ。
「話は以上だが、わかったな!? 男が体を張って仲間の女を助けに一人で行ったんだ! だが、それだけで助けられるほど世界は甘くない。なら俺達が動くべきだろ! いいか、今からやるのは、俺達による緊急クエストだ! 覚悟のある奴だけ俺に付いて来い!」
「「「「おおーーーーーーー!!」」」」
なかなかうまい演説だ。
最初の部分はわからないが、今この場で逃げ出す者がいれば、それは冒険者とは言えないだろうな。
まぁ、そもそも、そんな覚悟もない奴が冒険者ギルドに存在していいはずがない。
俺達は自由を求めてギルドに入る。
だからこそ、他人の自由をなんとしてでも守ろうとするのだ。
見た感じ、あのソルドがこの中で最も強いのだろう。
俺以外のランク『A』がいるならなかなかに心強いな。
仲間も集まり、準備ができたところで、ソルドは大きく息を吸った。
「いくぞぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「「「「おおおおぉぉぉぉっっっっ!!」」」」
そして、俺達はジンが戦っているであろう場所へと向かった。
次でプロローグに戻りますが、実はエリクがプロローグで出てきています。
いくつか候補がいるので、予想してみるのもいいかもしれませんね。
2018/02/22 改稿




