転生?憑依?よくわからん 嫁かわいい
落内円は落ちている 別ストーリーです よかったらお読みください 本編とは世界観が一緒です。
目が覚めると、見慣れない天井が目に入った。
「……どこだ、ここ」
ゆっくりと身体を起こして部屋を見回す。豪華な家具、大きな窓、壁に飾られた見覚えのない紋章。どう考えても、自分が昨日まで暮らしていた部屋ではない。
ベッドから降りて、部屋の中に置かれていた鏡を覗き込む。
そこに映っていたのは、見知らぬ男だった。
黒髪で、整った顔立ちをしている。しかも、自分よりずっと若い。
「……誰だ、こいつ」
そう呟いた瞬間、不思議な感覚があった。
知らない顔のはずなのに、名前だけはすぐに分かった。
**ルードリッヒ・フェルネ。**
この世界で伯爵家を継いだ男。
そして――俺自身だった。
頭の中に、これまで知らなかったはずの記憶が一気に流れ込んでくる。
幼い頃の記憶。父親から家督を継いだこと。領地のこと。使用人たちの顔。そして、この世界での生活。
その中に、一人の女性の姿があった。
マリアンヌ。
男爵家から嫁いできた、二十一歳の妻。
記憶を辿っていくうちに、俺は彼女との結婚生活についても理解していった。
ルードリッヒは、マリアンヌに一目惚れしていた。
それなのに、とにかく女性が苦手だった。
話しかけたいと思っても、「迷惑じゃないだろうか」「嫌われたらどうしよう」と考えてしまう。妻になってくれた後も、彼女を大切に思っているくせに、どう接すればいいのか分からず、どこかよそよそしい態度になっていた。
もちろん夫婦としての時間はあった。
けれど、そこにあるのは互いに愛を確かめ合うような関係ではなく、どこかぎこちなさの残ったものだった。
そして、そんな自分を何度も責めていた。
――ああ、なんて不甲斐ないんだ俺は。
――もっと女性の扱いが上手ければ。
――恋愛マスターみたいな人間だったら、マリアンヌをもっと幸せにできるのに。
「……お前、そこまで好きだったのかよ」
思わず苦笑した。
情けないと思う気持ちはある。それでも、馬鹿にすることはできなかった。
こいつは本当にマリアンヌのことが好きだったのだ。
好きだからこそ、どうしていいのか分からなかった。
そして俺は、その感情を理解できた。
なぜなら――こいつも俺だからだ。
前世の俺と、この世界で生きてきたルードリッヒ。その二つの記憶と経験が、今の俺の中にある。
だったら、難しく考える必要もない。
俺はルードリッヒだ。
あいつもルードリッヒだった。
どちらも俺なら、マリアンヌは俺の妻だ。
そのとき、扉が軽く叩かれた。
「旦那様。お目覚めですか?」
「ああ。入ってくれ」
扉が開き、一人の女性が姿を見せる。
「奥様がお待ちです」
「マリアンヌが?」
「はい」
そう聞いた途端、妙に緊張した。
そして次の瞬間、部屋の入口に立つ女性を見て、俺は言葉を失った。
長い髪に、整った顔立ち。少し緊張したような表情を浮かべながら、それでもこちらを気遣うような優しい瞳をしている。
マリアンヌだった。
「おはようございます、ルードリッヒ様」
「……おはよう、マリアンヌ」
名前を呼ぶだけなのに、胸の奥が温かくなる。
その感情が前世の俺のものなのか、こちらのルードリッヒのものなのかなんて、もうどうでもよかった。
どちらも俺なのだから。
それよりも、目の前の女性を悲しませたくないという気持ちのほうが大きかった。
「今日、時間ある?」
「はい?」
「よかったら、一緒に朝食を食べよう」
マリアンヌが少し驚いたように目を丸くする。
「……ご一緒しても、よろしいのですか?」
「もちろん。俺たち夫婦なんだから、一緒に朝食を食べるくらい普通だろ?」
「……はい」
マリアンヌは少し照れながら、嬉しそうに笑った。
その笑顔を見ていると、自然とこちらまで嬉しくなってくる。
なるほど。
こいつが惚れるのも分かる。
いや。
俺も惚れるわ、これ。
そんなことを考えながら、二人で朝食の席へ向かった。
その日の夜、俺は夢を見た。
真っ白な空間に、一人の男が立っている。
鏡で見た顔と同じだった。
「……お前か」
「うん。僕もルードリッヒだよ」
「俺もだけどな」
「そうだね」
男は少し笑った。
「僕は消えたわけじゃない。君の中にあるし、君の記憶もこれから僕の中に馴染んでいくんだと思う」
「そういうことか」
「だから、変に気にしなくていいよ。君が僕の人生を奪ったわけでもないし、僕が君を消すわけでもない。結局、どっちも僕で、どっちも君なんだから」
「……まあ、そうだな」
少し考えてから、俺は笑った。
「だったら簡単だ」
「うん?」
「マリアンヌを幸せにする。それでいいだろ?」
男は嬉しそうに笑った。
「僕も、それをずっと望んでた」
「じゃあ一緒にやろうぜ」
「うん」
そこで目が覚めた。
朝だった。
隣ではマリアンヌがまだ眠っている。
俺はその寝顔を眺めながら、昨日までとは少し違う気持ちで彼女を見ていた。
夫婦として過ごしてきた時間はある。
けれど、まだ俺たちは本当の意味で互いの気持ちを確かめ合えているわけじゃない。
だからこそ、これからだ。
俺はマリアンヌをもっと知りたいし、俺のことも知ってもらいたい。
そして、いつか彼女が心から俺を愛してくれていると分かるようになったら――そのときは、きっと今よりもっと幸せになれる。
「……さて」
俺はベッドから起き上がった。
服も作りたい。食事も改善したい。領地のことだって、やりたいことは山ほどある。
それでも、まずは――。
「マリアンヌ」
「……ん……ルー様?」
眠そうに目を開けた彼女が、俺を見て微笑む。
「おはよう」
「……おはようございます」
その笑顔を見て、俺も笑った。
まあ。
悪くない人生になりそうだ。
いや――たぶん、かなり良い人生になる。
俺の妻は、とても可愛いのだから。




